奉勅將發滿洲示兩師團長 | ||
山県有朋 |
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馬革裹屍元所期, 出師未半豈容歸。 如何天子召還急, 臨別陣頭涙滿衣。 |
馬革 に屍 を裹 むは元 より期 せし所,
出師 未 だ半 ばならずして豈 に容 に歸るべき。
如何 ぞ 天子召還 の急 なる,
別 れに臨 みて陣頭 涙 衣 に滿 つ。
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◎ 私感註釈
※山県有朋:軍人・政治家。長州(萩)藩出身。天保九年(1838年)〜大正十一年(1922年)。吉田松陰の松下村塾に学び、奇兵隊軍監・総督として幕末の動乱に活躍。明治維新後、ヨーロッパを視察。帰国後、軍制の確立に努め、やがて、元老の筆頭格となる。日清戦争(明治二十七年:1894年〜明治二十八年:1895年)では第一軍司令官となり、日露戦争(明治三十七年:1904年〜明治三十八年:1905年)では参謀総長兼兵站総監を務めた。この詩は日清戦争時の第一軍司令官の時のもの。所属部隊に第三師団・第五師団がある。平壌の戦いから鴨緑江渡河した。
※奉勅将発満洲示両師団長:天皇陛下の命令を承って、これから満洲の地を立とうとする(に際して)第一軍の第三師団長と第五師団長に詩を作って示し与える。 ・奉勅:勅命を奉じること。勅命を承ること。 ・将:これから…しようとする。まさに…んとす。 ・発:出発する。たつ。 ・満洲:現・中国の東北地方。10世紀以降、ツングース系の女真人(=女直人≒満洲人)の住地であり、金や清はこの地から興起した。当時は清朝(=満洲民族の王朝)であり、満洲民族の故地。(タタールや女直の地)現・東北地区の遼寧省・吉林省・黒竜江省等。最近は屡々「満州」とも書き表すのを見るが、中国語でも“滿洲(=满洲)”と書く。 ・示:詩の贈呈形式の一で、目下の者に対して使う。中唐・白居易『燕詩示劉叟』「梁上有雙燕,翩翩雄與雌。銜泥兩椽間,一巣生四兒。四兒日夜長,索食聲孜孜。青蟲不易捕,黄口無飽期。觜爪雖欲弊,心力不知疲。須臾千來往,猶恐巣中飢。辛勤三十日,母痩雛漸肥。喃喃ヘ言語,一一刷毛衣。一旦苧ヰャ,引上庭樹枝。舉翅不回顧,隨風四散飛。雌雄空中鳴,聲盡呼不歸。卻入空巣裏,啁啾終夜悲。燕燕爾勿悲,爾當返自思。思爾爲雛日,高飛背母時。當時父母念,今日爾應知。」、無學祖元の『示虜』「乾坤無地卓孤筇,喜得人空法亦空。珍重大元三尺劍,電光影裡斬春風。」とあり、中唐・韓愈の『左遷至藍關示姪孫湘』に「一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。欲爲聖明除弊事,肯將衰朽惜殘年。雲横秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。」とあり、南宋・陸游の『示兒』に「死去元知萬事空,但悲不見九州同。王師北定中原日,家祭無忘告乃翁。」とあり、南宋・陸游の『村飮示鄰曲』に「七年收朝迹,名不到權門。耿耿一寸心,思與窮友論。憶昔西戍日,孱虜氣可呑。偶失萬戸侯,遂老三家村。朱顏捨我去,白髮日夜繁。夕陽坐溪邊,看兒牧鷄豚。雕胡幸可炊,亦有社酒渾。耳熱我欲歌,四座且勿喧。即今黄河上,事殊曹與袁。扶義孰可遣,一戰洗乾坤。西酹呉玠墓,南招宗澤魂。焚庭渉其血,豈獨C中原。吾儕雖益老,忠義傳子孫。征遼詔儻下,從我屬櫜鞬。」 とある。 ・両師団長:第一軍の第三師団長の桂太郎中将と第五師団長の野津道貫中将/(明治27.11)奥保鞏中将。
※馬革裹屍元所期:(戦場で死んで)馬の皮で屍体をつつんで葬られるのは、もとより決めていたことで。 ・馬革裹屍:馬の皮で屍体をつつんで(葬る)意味で、戦闘で犠牲となっても立派な墳墓は要らない。ただ馬皮で屍体をつつんで葬ってもらえばそれでいいということ。戦闘の犠牲となることを厭わないことをいう。 ・裹:つつむ。 ・屍:しかばね。かばね。屍体。死体。 ・馬革:馬のなめし皮。屍体を包むもの。『後漢書』巻二十四馬援列傳第十四に「方今匈奴、烏桓尚擾北邊,欲自請撃之。男兒要當死於邊野,以馬革裹屍還葬耳,何能臥牀上在兒女子手中邪?」に由来する。南宋・辛棄疾の『滿江紅』に「漢水東流,キ洗盡、髭胡膏血。人盡説、君家飛將,舊時英烈。破敵金城雷過耳,談兵玉帳冰生頬。想王カ、結髮賦從戎,傳遺業。 腰間劍,聊彈鋏。尊中酒,堪爲別。況故人新擁,漢壇旌節。馬革裹屍當自誓,蛾眉伐性休重説。但從今、記取楚臺風,庚樓月。」とあり、南宋・陸游の『隴頭水』に「隴頭十月天雨霜,壯士夜挽穀セ槍。臥聞隴水思故ク,三更起坐涙數行。我語壯士勉自強,男兒堕地志四方。裹尸馬革固其常,量若婦女不下堂。生逢和親最可傷,歳輦金絮輸胡羌。夜視太白收光芒,報國欲死無戰場。」とあり、明・張家玉の『軍中夜感』に「裹屍馬革英雄事;縱死終令汗竹香。」とある。蛇足になるが、前出の例では「馬革裹屍」と「裹屍馬革」との二種がある。基となる『後漢書・馬援傳』では「馬革裹屍」である。それが詩詞では「馬革裹屍」と「裹屍馬革」とに分かれたのは、平仄に起因する。本来的に●●○○とすべきところで使う場合は「馬革裹屍」とし、○○●●を基本形とするところで使う場合は「裹屍馬革」とする。 ・元:もともと。元来。 ・所-:…ところ。…とき。…こと。名詞の前に附き、動詞を名詞化する。 ・期:決心する。決める。願う。
※出師未半豈容帰:軍勢を出して、まだ半分にも達していないのに、どうして帰るべきであろうか。 ・出師:軍勢を出すこと。『出師表』は、諸葛亮の『前出師表』、『後出師表』が有名。『昭明文選』『古文觀止』『文章軌範』に『前出師表』は諸葛武侯として、『後出師表』は諸葛孔明として出ている。『前出師表』は「臣亮言。先帝創業未半而中道崩。今天下三分,益州疲弊,此誠危急存亡之秋也。…」から始まり、「…臣不勝受恩感激,今當遠離,臨表涕泣,不知所云。」で、終わる心のこもった名文である。『文章軌範』の外、『三國志卷三十五・蜀書五・諸葛亮傳第五』等に見える。なお、上掲の原文は「文章軌範」のものであり、僅かに異同がある。南宋・陸游の『病起書懷』に「病骨支離紗帽ェ,孤臣萬里客江干。位卑未敢忘憂國,事定猶須待闔棺。天地神靈扶廟社,京華父老望和鑾。出師一表通今古,夜半挑燈更細看。」とある。 ・未半:まだ半分にも達していない意。 ・豈:あに。どうして…か。あに…(なら)んや。反語の辞。 ・容:(なすべきことを謂い、)まさに…べし。…べし。当為の意を示す助字。
※如何天子召還急:どうして天皇陛下は(わたしを)あわただしく呼び戻すのだろうか。 ・如何:どうしよう。どのようであるか。いかに。いかん(ぞ)。 ・天子:ここでは、明治天皇のことになる。 ・召還:〔せうくゎん;zhao4huan2●○〕)呼び戻す。 ・急:あわただしい。せっかちな。いそぐ。
※臨別陣頭涙満衣:軍陣の真っ先で、別れに臨んめば衣服に涙が満ちてきた。 ・臨別:別れに臨んでの意。白居易の『長恨歌』で「臨別殷勤重寄詞,詞中有誓兩心知。七月七日長生殿,夜半無人私語時:「在天願作比翼鳥, 在地願爲連理枝。」天長地久有時盡,此恨綿綿無絶期。」とある。 ・陣頭:軍陣の真っ先。また、宮中の衛士(えじ)の詰め所の前。ここは、前者の意。 ・満衣:衣服に満ちるの意。晩唐〜韋荘の『C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」とあり、両宋・李清照の『C平樂』に「年年雪裏,常插梅花醉。挼盡梅花無好意,贏得滿衣C涙。 今年海角天涯,蕭蕭兩鬢生華。看取晩來風勢,故應難看梅花。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「期歸衣」で、平水韻上平四支(期)・上平五微(歸衣)。この作品の平仄は、次の通り。
●●●○○●○,(韻)
●○●●●○○。(韻)
○○○●●○●,
○●●○●●○。(韻)
平成26.7.11 7.12 7.13 7.16 7.17 |
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