摩島長弘聚楽懐古　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


聚樂懷古

	摩島長弘
恨望萋萋春草繁，無人芳樹護壞垣。機聲伊軋斜陽裏，猶傍桃花織夢魂。

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聚樂懷古　

恨望すれば　萋萋(せいせい)として　　春草(しゅんさう) 繁(しげ)く，
人(ひと) 無くして　　芳樹(はうじゅ)　壞垣(くゎいゑん)を護(まも)る。
機聲( きせい)　伊(た)だ軋(きし)る　　斜陽(しゃやう)の裏(うち)，
猶(な)ほ　桃花(たうくゎ)に傍(そ)ひて　　夢魂( むこん)を織(お)るがごとし。

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◎　私感註釈

※摩島長弘：江戸時代の詩人。１７９１年～天保十年（１８３９年）。俗称は摩島助太郎。字は子穀。号して松南。と称す。若槻幾斎に学び、書を能くした。京都の人。

※聚楽懐古：聚楽第のあった昔を懐かしく思う。　・聚楽：聚楽第（じゅらくだい/じゅらくてい）・聚楽城のこと。豊臣秀吉が京都に造営した城郭風の邸宅。天正十四年（１５８６年）春に着工。翌年秋完成。東は大宮通、西は浄福寺通、南は出水通、北は一条通を限るといわれる壮大なもので、天正十六年（１５８８年）には、後陽成天皇の行幸を仰ぎ、天下にその勢威を誇示した。天正十九年（１５９１年）、甥・養子の豊臣秀次の居所となり、文禄四年（１５９５年）、秀次滅亡後、破壊された。　・懐古：昔のことを懐かしく思う。

※恨望萋萋春草繁：恨みが繁って、春の草（も）繁り。　・恨望：うらむ。（「望」も「うらむ・うらみ責める」の意）。　・萋萋：〔せいせい；qi1qi1○○〕木や草の繁っているさま。『楚辞・招隱士』「桂樹叢生兮山之幽，偃蹇連蜷兮枝相繚。山氣巃嵸兮石嵯峨，溪谷嶄岩兮水曾波。猿狖群嘯兮虎豹嗥，攀援桂枝兮聊淹留。王孫游兮不歸，春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊，蟪蛄鳴兮啾啾。」「王孫遊兮不歸」による。王昭君の『昭君怨』（『怨詩』）「秋木萋萋，其葉萎黄。有鳥處山，集于苞桑。養育羽毛，形容生光。既得升雲，上遊曲房。離宮絶曠，身體摧藏。志念抑沈，不得頡頏。雖得委食，心有徊徨。我獨伊何，來往變常。翩翩之燕，遠集西羌。高山峨峨，河水泱泱。父兮母兮，道里悠長。嗚呼哀哉，憂心惻傷。」や、崔顥の『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去，此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返，白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹，芳草萋萋鸚鵡洲。日暮鄕關何處是，煙波江上使人愁。」や温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西，遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切，不關春草綠萋萋。」、唐・温庭の『菩薩蠻』に「玉樓明月長相憶。柳絲娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。　　　畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。綠窗殘夢迷。」とある。　・春草：春になって萌え出る草。若草。『楚辭』の招辞の一種である前出・『招隱士』「王孫遊兮不歸，春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊，蟪蛄鳴兮啾啾。」に由来する。なお、『楚辭』のこの詩では、王孫とは屈原のことになる。

※無人芳樹護壊垣：誰もいなくなって、花の咲いた木が壊れた石垣（の聚楽第址）を護っている。　・芳樹：花の咲いた木。　・壊垣：壊れた石垣。

※機声伊軋斜陽裏：機（はた）織（お）りの音だけが夕陽の中で軋（きし）っている（が）。　・機声：機（はた）織（お）りの音。　・伊：ただ。また、これ。ここは、前者の意。　・軋：〔あつ；ya4●〕きしる。　・斜陽：夕陽。　・裏：中（に）。内（に）。

※猶傍桃花織夢魂：（その音は、）なおいまだに傍（かたわら）で、桃の花が夢の中にある魂を織っているかのようである。　・猶：なお。なおまだ。いまだに。ちょうど…のようだ。なお…のごとし。　・傍：かたわら。　・夢魂：夢の中にある魂。中唐・白居易『長恨歌』に「臨邛道士鴻都客，能以精誠致魂魄。爲感君王輾轉思，遂敎方士殷勤覓。排空馭氣奔如電，升天入地求之遍。上窮碧落下黄泉，兩處茫茫皆不見。忽聞海上有仙山，山在虚無縹緲間。樓閣玲瓏五雲起，其中綽約多仙子。中有一人字太真，雪膚花貌參差是。金闕西廂叩玉扃，轉敎小玉報雙成。聞道漢家天子使，九華帳裡夢魂驚。」とある。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は、「繁垣魂」で、平水韻上平十三元。この作品の平仄は、次の通り。

○○○●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
●●●○○●●，
○○○●●○○。（韻）