Huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye


      
                            
庚午元日
 

成島柳北
婦子朝來掃甑塵,
蕭條破屋又新春。
賣書賣劍家貲盡,
幸是先生未賣身。




                                               
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庚午(かう ご )の元日

婦子(ふし) 朝來(てうらい)  甑塵(そうぢん)(はら)ひ,
蕭條(せうでう)たる破屋( は をく)に  ()た新春。
(しょ)()り 劍を賣りて  家貲(かし) ()くるも,
(さいは)ひに是れ 先生  (いま)だ身を賣らず。

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◎ 私感註釈

※成島柳北:(幕末〜)明治維新の漢詩人・随筆家・ジャーナリスト。天保八年(1837年)〜明治十七年(1884年)。名は弘、字は叔氏E保民。江戸の人。十四代将軍徳川家茂の侍講となった。幕末、外国奉行・会計副総裁など歴任したが、明治維新後隠退。維新後、欧米を漫遊し、朝野新聞社長となり、文明批評を展開した。漢文戯作体で文明開化を諷刺した『柳橋(りゅうきょう)新誌』や『柳北詩抄』など。

※庚午元日:明治三年(1870年)の正月一日。 *明治維新を迎えた幕府の旧臣の(商いに)困窮した生活を描く。困窮しても二君に事(つか)えることなく、徳川幕府に忠節を尽くすことを詠った。殷末周初の伯夷や叔斉の『采薇歌』「登彼西山兮,采其薇矣。以暴易暴兮,不知其非矣。神農虞夏,忽焉沒兮,吾適安歸矣!吁嗟徂兮,命之衰矣!」の伝統を継いだものと謂えるか。 ・庚午:〔かうご;geng1wu3○●かのえうま〕干支で表した年で、ここでは、明治三年(1870年)を指す。作者にとっての明治三年度は、浅草森田町に薬屋を開き、馬喰町に雑貨店を開いた頃のこと。干支とは、十干と十二支の組み合わされた序列の表記法のこと
で、(作者の存命期間(=天保八年(1837年)〜明治十七年(1884年))から考えて、)明治三年(1870年)のこと。十干とは、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸のことをいい、十二支とは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥のことをいう。十干のはじめの「甲」、十二支のはじめの「子」から順次、次のように組み合わせていく。 甲子、乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、庚午、辛未、壬申、癸酉、(以上、10組で、ここで十干は再び第一位の「甲」に戻り、11組目が始まる)甲戌、乙亥、……(ここで、十二支は「子」に戻り、13組目は)丙子、丁丑…となって、合計は(ページの)60組になる。これで、1から60までの順を表し、年月日の表示などにに使われる。なお、61番目は、1番目の甲子にもどる。還暦である。蛇足になるが、庚午年は、明治三年(1870年)だけに限らず、±60年(の倍数年)も庚午年となる。(例えば:1930年、1990年…。また、1810年、1750年、1690年…と)。 ・元日: 正月一日。 一年の最初の日。

※婦子朝来掃甑塵:女や子供が、朝早くから(清貧を旨とする我が家の)(炊事道具の)こしきの塵(ちり)をはらいきよめている。 ・婦子:〔ふし;fu4zi3●●〕女や子供。 ・朝来:朝早くから。 ・掃:〔さう;sao3●〕はらう。はく。そうじする。はらいきよめる。 ・甑塵:こしきの塵(ちり)。清貧を形容する。炊事道具のこしきに塵が積もっているということは、家が貧しいために屡々炊事することも出来ず、そのために炊事道具のこしきの上に塵が積もるさまを謂う。「甑塵釜魚」のこと。また、「塵甑」のこと。「塵甑」を「甑塵」としたのは、「塵」を韻脚にするため。また、第六字目、第七字目は「●○」とすべきところなので、「甑塵」(●○)とすれば平仄上も都合がよい。『後漢書・卷八十一 獨行列傳第七十一』(中華書局版697ページ 巻八十一 2689頁)に「議者欲以爲侍御史,因遁身逃命於梁沛之閨C徒行敝服,賣卜於市。遭黨人禁錮,遂推鹿車,載妻子,捃拾自資,或寓息客廬,或依宿樹蔭。如此十餘年,乃結草室而居焉。所止單陋,有時粮粒盡,窮居自若,言貌無改,閭里歌之曰:「
甑中生塵范史雲,釜中生魚范莱蕪。」とある。 ・甑:〔そう;zeng4●〕こしき。せいろう。釜の上に載せて湯気で穀物を蒸すための土焼きのおけ。

※蕭条破屋又新春:もの寂しいあばらやで、またしても新春を迎え(ようとし)ている。 ・蕭条:〔せうでう;xiao1tiao2○○〕ものさびしいさま。ひっそりとしたさま。漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』の第七拍に「日暮風悲兮邊聲四起,不知愁心兮説向誰是。原野
蕭條兮烽戍萬里,俗賤老弱兮少壯爲美。逐有水草兮安家葺壘,牛羊滿野兮聚如蜂蟻。草盡水竭兮羊馬皆徙,七拍流恨兮惡居於此。」とあり、東晋・陶淵明の『挽歌詩其三』に「荒草何茫茫,白楊亦蕭蕭。嚴霜九月中,送我出遠郊。四面無人居,高墳正嶢。馬爲仰天鳴,風爲自蕭條。幽室一已閉,千年不復朝。千年不復朝,賢達無奈何。向來相送人,各自還其家。親戚或餘悲,他人亦已歌。死去何所道,託體同山阿。」とあり、中唐・白居易の『杪秋獨夜』に「無限少年非我伴,可憐C夜與誰同。歡娯牢落中心少,親故凋零四面空。紅葉樹飄風起後,白鬚人立月明中。前頭更有蕭條,老菊衰蘭三兩叢。」とあり、日本・江戸・華岡洲の『寄病客』に「風雪蕭條丹竈烟,何時黄鶴到天。年年玉兎頻操藥,知是月宮有病仙。」とある。 ・破屋:〔はをく;po4wu1●●〕あばらや。やぶれや。また、貧乏な家。 ・又:またしても。また。

※売書売剣家貲尽:書物を売り、剣(≒刀)を売って、家財を(売り)尽くしたが。 *家財を売り尽くしたことを表現するが、後出の「未売身」を導き出すための大仰な表現でもあろう。 ・家貲:家財。「貲」:〔し;zi1○〕宝。財産。=資。 ・尽:つきる。

※幸是先生未売身:さいわいなことに、先生(=ここでは、作者自身)は、我が身は(明治新政府)に売ることはない。(「二君に事(つか)えず」滅んだ徳川幕府に忠節を尽くしているのだ) ・幸是:さいわいなことには、の意。 ・先生:老人で学問を教える人。ここは、作者自身を指す。また、先に生まれた人。年上の人。学問や技芸に長じている人の敬称。 ・売身:「身売り」を謂う。 身の代金を受け取って、年季の間勤め奉公することで、娼妓について謂うことが多いが、作者はこの言葉の裏に「我が身は、二君に事(つか)えず」(我が身は新しい政府(=明治政府)に売ることなく、滅んだ徳川幕府に忠節を尽くしているのだ)ということを主張している。

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◎ 構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「塵春身」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○,(A韻)
○○●●●○○。(A韻)
●○●●○○●,
●●○○●●○。(A韻)
平成28.1.6



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