大久保利通偶成　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩


偶成

	大久保利通
鳳闕煙橫日欲昏，上林空聽鳥聲喧。孤懷元抱囘天志，敢解衣冠挂府門。

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偶成　

鳳闕(ほうけつ)　煙橫(よこ)たはりて　　日昏(く)れんと欲(ほっ)し，
上林(じゃうりん)　空(むな)しく聽(き)く　　鳥聲(てうせい)の喧(かまびす)しきを。
孤懷(こくゎい)　元(もと) 抱(いだ)く　　囘天(くゎいてん)の志，
敢(あ)へて　衣冠(いくゎん)を解(と)きて　　府門に挂(か)けんや。

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◎　私感註釈

※大久保利通：幕末～明治初期の政治家。天保元年（１８３０年）～明治十一年（１８７８年）。薩摩藩出身。通称は一蔵、号して甲東。西郷隆盛と結んで藩政改革以後、藩主島津久光のもとで公武合体運動に尽力。後、討幕運動に転じて長州藩との聯合に成功し、岩倉具視らと王政復古実現を劃策。維新後新政権の参与・参議として、版籍奉還・廃藩置県を断行。大蔵卿となり、岩倉遣外使節団副使として外遊。帰国後、参議となり西郷隆盛の征韓論に反対。佐賀の乱・神風連の乱・西南戦争などを鎮圧。地租改正をおこない、元老院・大審院・地方官会議の設置による立憲制の樹立をめざした。明治十一年、不平士族島田一郎らに暗殺された。

※偶成：たまたま出来上がった詩。＊明治六年（１８７３年）征韓論をめぐって、作者・大久保利通や岩倉具視は反対の立場をとったが、西郷隆盛、板垣退助、副島種臣、後藤象二郎、江藤新平は賛成して下野し、政府は割れた。作者・大久保利通は、欧米を視察し、欧米の実態と欧米のアジアに対する意図を理解していたため、征韓論には反対し、征韓論者の政府を割って下野する行動に対しても反対の思いがあり、それを詩に託した。

※鳳闕煙横日欲昏：宮城の門には（夕）靄が立ち籠めて、日は（沈みかけて）暗くなりかけている。廟堂は、日が沈みかけて。＊この句の後半の「煙横日欲昏」は「煙横＋日欲昏」　・鳳闕：〔ほうけつ；feng4que4●●〕宮門。漢代の宮城の門の名。門の上に銅製の鳳凰が飾り付けられてあったのでいう。幕末・吉田松陰に『拜鳳闕』「山河襟帶自然城，形勢依然舊神京。今朝盥漱拜鳳闕，野人悲泣不能行。上林黄落秋寂寞，空有山河無變更。聞説今上聖明德，敬天憐民發至誠。鷄鳴乃起親齋戒，祈掃妖氛致太平。安得天詔勅六師，直使皇威被八紘。從來英皇不世出，悠悠失機今公卿。人生如萍無定住，何日重拜天日明。」がある。

※上林空聴鳥声喧：天子の庭園では、鳥が騒がしく鳴いているのが空しくきこえる。天子のお側近くでも、無意味に騒がしい。　・上林：天子の庭園の名。御苑。漢代の上林苑を借りて同時代の宮中を暗に謂う。漢代の上林苑（前漢は長安　後漢は洛陽）のこと。　・聴：意識して聴く。聴き耳を立てて聴く。耳をすまして聴く。　・喧：〔けん；xuan1○〕さわがしい。やかましい。かまびすしい。

※孤懐元抱回天志：（わたしの）ただひとりだけの思いは、もともと天を回（めぐ）らす（が如き難局を打開する大行動）のこころざしを持っている（のに）。　・孤懐：ただひとりだけの思い。寂しい心。やるせない思い。　・元：もともと。もと。ここでは冒韻（上平十三元）となる。　・回天：衰えた勢いを盛り返す喩え。難しい局面を打開する力。革命的行為。天を回（めぐ）らすが如き革命的大行動で、時勢を一変させること。明末～・朱舜水の『述懷』に「九州如瓦解，忠信苟偸生。受詔蒙塵際，晦跡到東瀛。囘天謀不就，長星夜夜明。單身寄孤島，抱節比田橫。已聞鼎命變，西望獨呑聲。」とあり、清末・譚嗣同の『絶命詞』に「有心殺賊，無力回天。死得其所，快哉快哉。」とあり、清末・秋瑾の『昭君怨』に「恨殺回天無力，只學子規啼血。愁恨感千端，拍危欄。　　　枉把欄干拍遍，難訴一腔幽怨。殘雨一聲聲，不堪聽！」とあり、清・丘逢甲の『韓江有感』に「道是南風竟北風，敢將蹭蹬怨天公。男兒要展回天策，都在千盤百折中。」とあり、幕末・藤田東湖に『回天詩』「三決死矣而不死，二十五回渡刀水。五乞閑地不得閑，三十九年七處徙。邦家隆替非偶然，人生得失豈徒爾。自驚塵垢盈皮膚，猶餘忠義填骨髓。嫖姚定遠不可期，丘明馬遷空自企。苟明大義正人心，皇道奚患不興起。斯心奮発誓神明，古人云斃而後已。」がある。

※敢解衣冠挂府門：（それなのに、あなた方は）政府の門に政府の官僚の服をおしきって脱ごうとするのか。（西郷隆盛、板垣退助、副島種臣、後藤象二郎、江藤新平）らは下野しようとするのか。　・敢：おしきって…するのか。あへて…んや。反語的な使い方。前出・清・丘逢甲の『韓江有感』に「道是南風竟北風，敢將蹭蹬怨天公。男兒要展回天策，都在千盤百折中。」とある。　・解：脱ぎとる。とく。　・衣冠：衣服と冠（かんむり）。正しい装束。服装。衣冠を着ける身分の者。官吏。ここではを官服を謂う。　・挂：かける。　・府門：役所の門。官庁の門。政府の門。

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◎　構成について

韻式は、「ＡＡＡ」。韻脚は「昏喧門」で、平水韻上平十三元。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●○○，
○○○●●○○。（韻）
○○○●●○●，
○●●●●○○。（韻）