竹溪閑話

****平成二十四年（２０１２年）度****

（平成二十一年度（２００９年度）はこちらです。） 　　兵禍何時止 　　河上肇の詩に『兵禍何時止』「早曉厨下蟄蟲聲，獨抱�C愁煮野羹。不知兵禍何時止，垂死閑人萬里情。」というのがある。その中に「早暁厨下蟄虫声」の部分がある。 　　表面の意味は、「明け方の台所に下り立ったら、土の中に冬ごもりしている虫の声（がしていた）。ひとり清々しい愁いを抱いて、粗末な吸い物を煮ていた。…」の意になる。（「蟄」とは、虫が土中にかくれる、とじこもる、冬眠する、ひきこもる。「蟄虫」〔ちつちゅう；zhe2chong2●○〕は、土の中に冬ごもりしている虫の意）。何の変哲もない台所の描写だ。 　　しかし、この詩は現行・太陽暦の九月十九日という、まだ十分に暑い時期に作られたものである。「冬籠もり」とは関係のない時候であるが、これには「活躍する機会を得ないで、世にかくれている者」の意が隠されているとみれば解決する。（「蟄」には、「（活躍する機会を得ないで、世に）かくれている」意もあり、「蟄龍」では「活躍する機会を得ないで、世にかくれている英雄」の意がある）。 　　つまり、作者が起句で隠れて詠っているのは：「明け方の台所に下り立って、活躍する機会を得ないで世にかくれている者（＝作者自身）が、次のように呟（つぶや）いた。……」なのだ。 　　更にまた、屈原のことばも隠されている。承句の意の「（世の中は濁り、他の人は酔ってしまったが、自分ひとりは屈原のように）清らかな愁いをいだいて、粗末な吸い物を煮ている。」の「屈原のようにひとり清らかな愁いをいだいて」は、『楚辭・漁父』による。そこには、次のように詠われている：「屈原既放，游於江潭，行吟澤畔，顏色憔悴，形容枯槁。漁父見而問之曰：『子非三閭大夫與？何故至於斯？』屈原曰：『舉世皆濁我獨�C，衆人皆醉我獨醒，是以見放。』漁父曰： 『聖人不凝滯於物，而能與世推移。世人皆濁，何不淈其泥而揚其波？衆人皆醉，何不餔其糟而歠其釃？何故深思高舉，自令放爲？』屈原曰：『吾聞之：新沐者必彈冠，新浴者必振衣。安能以身之察察，受物之汶汶者乎？寧赴湘流，葬於江魚之腹中，安能以皓皓之白，而蒙世俗之塵埃乎？』漁父莞爾而笑，鼓�竡ｧ去。乃歌曰：『滄浪之水�C兮，可以濯我纓，滄浪之水濁兮，可以濯我足。』遂去，不復與言。」と。 　　まとめると、裏に詠まれた意は、次のようになる。 「明け方の台所に下り立って、活躍する機会を得ないで世にかくれている者（＝作者自身）は、次のように呟（つぶや）いた。 『（世の中は濁り、他の人は酔ってしまったが、自分ひとりは屈原のように醒（さ）めて）清らかな愁いをいだいて、粗末な吸い物を煮ている。 ああ、戦争は、いつになったら終わるのだろうねぇ。 出征兵士が遠い戦地で、苦労をしていることだろうに』と。」 　　反骨精神の諷刺は、熄（や）むことがなかった！ 　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２４．１１．１８） 　　このページのトップへの 　　前：平成二十一年度（２００９年度）はこちらです。 　　次：平成二十五年度（２０１３年度）はこちらです。

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