噶爾日 | ||
森鴎外 |
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赫赫兵威及米洲, 平生戰鬪捨私讐。 自由一語堅於鐵, 未必英雄多詭謀。 |
赫赫 たる兵威 米洲 に及び,
平生の戰鬪私讐 を捨 つ。
自由の一語鐵 よりも堅 く,
未 だ必ずしも 英雄詭謀 多からず。
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◎ 私感註釈
※森鴎外:小説家、戯曲家、評論家、翻訳家。軍医。1862年(文久二年)〜1922年(大正十一年)。本名は林太郎。石見国(現・島根県)の生まれ。現・東大医学部卒業。軍医としてドイツ留学後、軍医総監、陸軍医務局長に進む一方、文学に励み、訳詩集『於母影』…を発表、『舞姫』『うたかたの記』『青年』『「ヰタ・セクスアリス』『雁』などを発表。大正時代に入って、『高瀬舟』『阿部一族』『山椒大夫』などの歴史小説を発表、更に『伊澤蘭軒』などの史伝体小説を書き、実証性と冴えた心理描写において、徹底した境地を示した。この詩は明治二十二年に発表された、明治十七年の『航西日記』の中のもの。
※噶爾日:ガリバルディ〔Giuseppe Garibaldi 〕近代イタリアの愛国者。イタリア統一運動の指導者。1807年〜1882年。青年イタリア党に入り、南米・ブラジルの独立運動などに参加。1860年、赤シャツ隊を率いて全シチリアを解放し、国民的英雄としてたたえられている。後世、與謝野鐵幹の詩『人を戀ふる歌』(明治三十年)で、「妻をめとらば 才たけて,みめ美(うるは)しく 情けある。友を選ばば 書を讀みて,六分の侠氣 四分の熱。…妻子(つまこ)を忘れ 家を捨て,義のため 恥を忍ぶとや。遠くのがれて 腕を摩す,ガリバルディや 今いかに。」と詠われているその人。なお、『鷗外歷史文學集』第十二巻(2001年岩波書店)では噶爾 日 。「噶 爾 日 」の「」字は、フォントがないので、表示不能。
※赫赫兵威及米洲:功績や名声の盛んな武力が、(南)アメリカ洲に(まで)及び。 ・赫赫:〔かくかく;he4he4●●〕あきらかでさかんなさま。光り輝くさま。功績や名声が盛んなさま。『詩経・大雅』に「明明在下,赫赫在上。天難忱斯,不易維王。天位殷適,使不挾四方。摯仲氏任,自彼殷商。來嫁于周,曰嬪于京。」や、少し後世の秋瑾も『寶刀歌』で「漢家宮闕斜陽裏,五千餘年古國死。一睡沈沈數百年,大家不識做奴恥。憶昔我祖名軒轅,發根據在崑崙。闢地黄河及長江,大刀霍霍定中原。痛哭梅山可奈何?帝城荊棘埋銅駝。幾番囘首京華望,亡國悲歌涙涕多。北上聯軍八國衆,把我江山又贈送。白鬼西來做警鐘,漢人驚破奴才夢。主人贈我金錯刀,我今得此心英豪。赤鐵主義當今日,百萬頭顱等一毛。沐日浴月百寶光,輕生七尺何昂藏?誓將死裏求生路,世界和平ョ武裝。不觀荊軻作秦客,圖窮匕首見盈尺。殿前一撃雖不中已奪專制魔王魄。我欲隻手援祖國,奴種流傳禹域。心死人人奈爾何?援筆作此《寶刀歌》,寶刀之歌壯肝膽。死國靈魂喚起多,寶刀侠骨孰與儔?平生了了舊恩仇,莫嫌尺鐵非英物。救國奇功ョ爾收,願從茲以天地爲鑪、陰陽爲炭兮,鐵聚六洲。鑄造出千柄萬柄刀兮,澄C~州。上繼我祖黄帝赫赫之成名兮,一洗數千數百年國史之奇羞!」とする。明治・佐原盛純の『白虎隊』に「少年團結白虎隊,國歩艱難戍堡塞。大軍突如風雨來,殺氣慘憺白日晦。鼙鼓喧闐震百雷,巨砲連發僵屍堆。殊死突陣怒髮立,縱奮撃一面開。時不利兮戰且退,身裹瘡痍口含藥。腹背皆敵將何行,杖劍闕s攀丘嶽。南望鶴城砲煙颺,痛哭呑涙且彷徨。宗社亡兮我事畢,十有六人屠腹僵。俯仰此事十七年,畫之文之世陌B。忠烈赫赫如前日,壓倒田横麾下賢。」とある。 ・兵威:軍隊の威力。武力。軍事力。 ・米洲:南北アメリカ洲の意で、ここでは南米・ブラジルを中心としたところ。
※平生戰鬪捨私讐:日頃の戦闘は、私怨を捨てた(公的な)もの(=公憤)である。 ・平生:日ごろ。ふだん。いつも。つねづね。平常。また、かつて。昔。ここは、前者の意。白居易の『香鑪峰下新置草堂即事詠懷題於石上』に「香鑪峯北面,遺愛寺西偏。白石何鑿鑿,C流亦潺潺。有松數十株,有竹千餘竿。松張翠傘蓋,竹倚青琅。其下無人居,惜哉多歳年。有時聚猿鳥,終日空風煙。時有沈冥子,姓白字樂天。平生無所好,見此心依然。如獲終老地,忽乎不知還。架巖結茅宇,壑開茶園。何以洗我耳,屋頭飛落泉。何以淨我眼,砌下生白蓮。左手攜一壺,右手挈五弦。傲然意自足,箕踞於其間。興酣仰天歌,歌中聊寄言。言我本野夫,誤爲世網牽。時來昔捧日,老去今歸山。倦鳥得茂樹,涸魚返C源。舍此欲焉往,人間多險艱。」とあり、南宋・戴復古の『琵琶亭』に「潯陽江頭秋月明,黄蘆葉底秋風聲。銀龍行酒送歸客,丈夫不爲兒女情。隔船琵琶自愁思,何預江州司馬事。爲渠感激作歌行,一寫六百六十字。白樂天,白樂天。平生多爲達者語,到此胡爲不釋然。弗堪謫宦便歸去,廬山政接柴桑路。不尋黄菊伴淵明,忍泣衫對商婦。」とあり、明・戚繼光の『馬上作』に「南北驅馳報主情,江花邊草笑平生。一年三百六十日,キ是戈馬上行。」とある。 ・私讐:〔ししう;si1chou2○○〕個人的なうらみ。私怨。
※自由一語堅於鐵:「自由」の一語は、鉄よりも硬く。 ・自由:ここでは、近代西洋哲学での意で、他から規定・拘束・強制・支配を受けないで、すべて自分の意志によって行動できることを謂う。また、気まま、思うままにする。わがまま。ここは、前者の意。パトリック・ヘンリーは、1775年にイギリスの支配に抵抗し、アメリカの独立を願っての演説で、「我に自由を与えよ。然らずんば死を」(不自由,毋寧死)(Give me liberty, or give me death!)と言った。 ・堅於鐵:鉄よりも硬い。 ・(堅)於:…よりも(かたい)。〔形容詞+於〕…よりも。比較表現。杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」 に同じ。
※未必英雄多詭謀:(真の)英雄は、必ずしも詭計が多いとはかぎらない。 *この句「英雄未必多詭謀」の意。平仄の関係上、(「●●○○●●○」とすべき句なので)こうした。 ・未必:必ずしも…とはかぎらない。必ずしも…ではない。 ・詭謀:〔きぼう;gui3mou2●○〕人をあざむく計略。=詭計。詭策。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「洲讐謀」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
●○●●○○●,
●●○○○●○。(韻)
平成23.7.29 7.30 |
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