Huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye


      



                            
詠閣龍
 

栗本鋤雲


漂葉流屍驗有年,
磁針不誤達遙天。
蓬萊咫尺猶迷霧,
愧殺秦皇採藥船。






Wikipediaより

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      閣龍(コロンブス)を詠ず
漂葉(へうえふ) 流屍(りう し )  (けん)する(とし) 有り,
磁針 (あやま)らず  遙天(えうてん)に達す。
蓬萊(ほうらい) 咫尺( し せき)  ()迷霧(めい む )
愧殺( き さつ)す 秦皇(しんくゎう)  藥を()るの船。

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◎ 私感註釈

※栗本鋤雲:旧幕臣。新聞記者。文政五年(1822年)〜明治三十年(1897年)。名は鯤。通称は瀬兵衛。鋤雲は号。別号は匏庵。江戸の人。奉行組頭・学問所頭取・外国奉行を歴任。江戸幕府倒壊直前の幕府内親仏派の巨頭。維新後は新政府に仕えず、郵便報知新聞社編集主任。名記者として知られた。

※詠閣龍:コロンブスを詩に詠う。 *この詩、中唐・錢起の『江行無題』「
咫尺愁風雨,匡廬不可登。祗疑雲霧窟,有六朝僧。」と、雰囲気が似ている。 ・閣龍:〔Ge2long2〕コロンブス。アメリカ大陸に(キリスト教国世界の白人として)初めて到達した(≒アメリカ大陸を発見した)イタリア生まれの航海者。1451年〜1506年。1492年、スペイン女王・イサベルの援助を得て、アジアをめざして大西洋を横断。西インド諸島のサンサルバドル島に至る。都合、四回の航海で、第一、二回めは西インド諸島に、三回めは南米大陸に、四回めは中米に至った。なお、現代中国語では“哥倫布()”〔Ge1lun2bu4〕と表記する。イタリア語表記音の「コロンボ」に由るのか。

※漂葉流屍験有年:(海面を)漂ってくる木の葉や、流れ寄る屍体は、(海の向こうに葉の茂っている樹木のある陸地があり、海の向こうに人々の住んでいる陸地があるという)証(あか)しであることが年來あった。 ・漂葉:(海面を)漂ってくる木の葉。……海の向こうに葉の茂っていた樹木のある陸地がある。 ・流屍:流れ寄る屍体。……海の向こうに人々の住んでいる陸地がある。 ・屍:〔し;shi1○〕しかばね。かばね。屍体。死体。 ・験:〔げん(けん);yan4●〕しるし(証)。あかし。証拠。

※磁針不誤達遥天:羅針盤の磁針は、あやまたずに遥かな新世界(を指し示し、コロンブスを)至らせた。 ・磁針:羅針盤。方位磁針。 ・不誤:あやまたず(に)。 ・遥天:遥かな世界、新世界の意。

※蓬莱咫尺猶迷霧:(コロンブスの偉業に反して、東海では)蓬莱は非常に近い距離でありながら、それでもなお、迷いの霧つつまれて。 ・蓬莱:〔ほうらい;Peng2lai2○○〕渤海・東方海上にあり、不老不死の薬を持つ神仙の住む想像上の島。三神山の一。時には勃海の島や、台湾。場合によっては、日本を指す。ここでは、日本を指す。白居易の『長恨歌』に「蓬莱宮中日月長」とある。 ・咫尺:〔しせき;zhi3chi3●●〕非常に近い距離。短い。尺度の短い。20cmほど。簡単なこと。 ・咫:周尺で八寸≒約18cm。 ・尺:一尺≒約22.5cm。晩唐・韋莊の『浣溪沙』に「夜夜相思更漏殘。傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。   咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。」とあり、中唐・錢起の『江行無題』に「咫尺愁風雨,匡廬不可登。祗疑雲霧窟,猶有六朝僧。」とある。 ・猶:〔いう;you2○〕なお。なおも。まだ。やはり。引き続いて。ちょうど…のようだ。なお…ごとし。 ・迷霧:方角のわからないほどの深い霧。

※愧殺秦皇採薬船:秦の始皇帝が不老不死の霊薬を徐福に東海の仙島へ採りに行かせたが、戻らなかったことは、(コロンブスに対して)とても愧(は)じずかしく思う。 *明・朱元璋(大明太祖高皇帝)の『御製賜和』に「熊野峰高血食祠,松根琥珀也應肥。當年徐福求僊藥,直到如今更不歸。」とある。 ・愧殺:深く恥じ入る。(深愧) ・愧:〔き;kui4●〕はじる。(自分の見苦しいのを)人にはずかしく思う。 ・-殺:動詞に添えて,意味を強める助字。【〔動詞+殺〕:程度の甚だしいことを表す】ただし、「愧」に「-殺」を附けて、「愧殺」という表現が果たして可能か。 ・秦皇:秦の始皇帝。秦始皇。不老不死の霊薬を徐福に東海の仙島へ採りに行かせた。徐福:〔じょふく;Xu2Fu2○●〕とは、秦・始皇帝の時代の人物。秦・始皇帝のために東海の仙島(ここでは日本)から不老不死の霊薬を持ち帰ろうとした人物。徐巿(じょふつ=徐福)は始皇帝に上書して皇帝のために東海の仙島に渡り、不死の薬を求めてきて献上するとして、援助を得、少年少女(や技術者、五穀の種子)を積んで出かけた。前出・『史記・秦始皇本義』「二十八年」(秦・始皇帝二十八年:紀元前219年:孝霊天皇七十二年)に「齊人徐巿(じょふつ)=徐福(じょふく)。なお「巿()」〔ふつ;fu4●:4劃〕と「市()」〔し;shi4●:5劃〕とは別字)等上書,言海中有三神山,名曰蓬莱、方丈、瀛洲,仙人居之。請得齋戒,與童男女求之。於是遣徐巿發童男女數千人,入海求仙人。」とあり、その古註に「正義括地誌云:『亶洲在東海中,秦始皇使徐福將童男女入海求仙人,止在此州,共數萬家。』」とある。また、『史記・淮南衝山列伝』によると、秦の始皇帝に、「東方の三神山に不老不死の霊薬がある」と上書し、始皇帝の命を受け、三千人の童男童女と、それをたすけるために、五穀の種子と諸々(もろもろ)の技術者を携えてでかけた。徐福は、平野と湿地帯を得て、その地にとどまって王となり、戻らなかった。『史記・淮南衡山列伝』に「秦皇帝大説,遣振(振:幼童)男女三千人,資之五穀種種百工而行。徐福得平原廣澤,止王不來。」とある。北宋・歐陽脩の『日本刀歌』に「昆夷道遠不復通,世傳切玉誰能窮。寶刀近出日本國,越賈得之滄海東。魚皮裝貼香木鞘,黄白韋カ鍮與銅。百金傳入好事手,佩服可以禳妖凶。傳聞其國居大島,土壤沃饒風俗好。其先徐福詐秦民,採藥淹留丱童老。百工五種與之居,至今器玩皆精巧。前朝貢獻屡往來,士人往往工詞藻。徐福行時書未焚,逸書百篇今尚存。令嚴不許傳中國,舉世無人識古文。先王大典藏夷貊,蒼波浩蕩無通津。令人感激坐流涕,鏽澀短刀何足云。」とある。 ・採薬船:始皇帝のために東海の仙島から不老不死の霊薬を持ち帰ろうと仕立てた船。


               ***********





◎ 構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「年天船」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。

○●○○●●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成23.8.6
      8.7




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