鴨東四時雜詞 | ||
畫餅居士(中島棕隱) |
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京洛少年多易狂, 平生賣錦識紅糚。 癡心誤被春雲引, 好夢樓前未夕陽。 |
京洛の少年 多くは狂 し易し,
平生 錦を賣って紅糚 を識る。
癡心 誤って 春雲に引かれ,
好夢 樓前 未だ夕陽 ならず。
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◎ 私感註釈
※畫餅居士:中島棕隱のこと。江戸後期の漢詩人。儒者。1779〜1856年。名は規。字は景寛。号は棕軒。棕隱。別号畫餅居士。狂号を安穴道人。通称は文吉。京都の儒者の家に生まれた。
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※鴨東四時雜詞:鴨川東岸にある祇園の花街(当時は遊郭)の四季折々の風物を詠んで、漢文で解説を加えた竹枝詞風の作品集。文化十三年(1816年)序、文政九年(1826年)峨眉山人序(=わたしの手許にある木版本の場合)後の出版。詩集は、『大阪繁昌詩』(漢詩と漢文の解説による大阪の名所案内)、『江戸繁昌詩』(漢詩による江戸の名所案内)に比べて、詩がよくこなれている。詩としての完成度はこの詩集のものは高いが、表現は清詩などに依り、現代語に通じる表現(=漢詩の解説でいわれるところの“俗語”)が極めて多用されている。作者が伝統的な唐詩ではなく民謡調の竹枝詞や宋詞の婉約詞等の軽妙な表現や俗語を好んでいたのがよく分かる詩集である。この詩には「賦ゥ樓讌席及遊客情致」と註記されている。 ・鴨東:鴨川東岸。蛇足になるが、幕末の頼三樹三郎の号は鴨香i鴨崖)であるが、これは鴨川べりの意。 ・四時:〔しいじ(しじ);si4shi2〕四季。 ・雜詞:いろいろな詩。 ・詞:詩のこと。「詞」を「詩」と区別していえば、韻文での「詞」は填詞のこと。作者は『竹枝詞』の意として使っていよう。また、「辞」と同じくして言語、字句の意。ここでは、前者の意。
※京洛少年多易狂:都の若者は、よく狂いやすい。 ・京洛:〔けいらく(きゃうらく);jing1luo4○●〕みやこ。京都。(「京」はみやこ、「洛」は唐の副都・洛陽のこと。洛陽:〔らくやう;Luo4yang2●○〕は唐代の副都。ここでは、「京都」(みやこ=平安京)の意として使う。京都(平安京)の雅称として「長安」(右京=西の京)、「洛陽」(左京=東の京)があったが、「長安」は廃れ、やがて「洛」が「京」のように使われたことによる。 ・少年:わかもの。現代日本語の指す「少年」と漢語のものとには、相違がある。李白の『少年行』「五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處,笑入胡姫酒肆中。」や、唐の崔國輔『長樂少年行』「遺卻珊瑚鞭,白馬驕不行。章臺折楊柳,春日路傍情。」や、王維も同様『少年行』「新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。」、唐・沈彬の『結客少年場行』「重義輕生一劍知,白虹貫日報讎歸。片心惆悵清平世,酒市無人問布衣。」のような雄々しい雰囲気も持っている。ここでは、中国詩での意で使われる。 ・多: ・易:たやすく。容易に。後世、石田魚門の『大阪繁昌詩 松島』で「東風芳艸一時新,年少易狂柳巷春。春色映櫻臺榭下,癡心蹈往落花塵。」と使う。 ・狂:くるう。北宋・蘇軾『江城子』密州出猟「老夫聊發少年狂,左牽黄,右フ蒼,錦帽貂裘,千騎卷平岡。爲報傾城隨太守,親射虎,看孫カ。 酒酣胸膽尚開張,鬢微霜,又何妨。持節雲中,何日遣馮唐。會挽雕弓如滿月,西北望,射天狼。」とある。
※平生売錦識紅糚:日ごろ高価な絹織物を売る商いをしているので、頬紅をつけての粧(よそお)いのことを(よく)知っている。 ・平生:日ごろ。ふだん。いつも。つねづね。平常。また、かつて。昔。ここは、前者の意。白居易の『香鑪峰下新置草堂即事詠懷題於石上』に「香鑪峯北面,遺愛寺西偏。白石何鑿鑿,C流亦潺潺。有松數十株,有竹千餘竿。松張翠傘蓋,竹倚青琅。其下無人居,惜哉多歳年。有時聚猿鳥,終日空風煙。時有沈冥子,姓白字樂天。平生無所好,見此心依然。如獲終老地,忽乎不知還。架巖結茅宇,壑開茶園。何以洗我耳,屋頭飛落泉。何以淨我眼,砌下生白蓮。左手攜一壺,右手挈五弦。傲然意自足,箕踞於其間。興酣仰天歌,歌中聊寄言。言我本野夫,誤爲世網牽。時來昔捧日,老去今歸山。倦鳥得茂樹,涸魚返C源。舍此欲焉往,人間多險艱。」とあり、南宋・戴復古の『琵琶亭』に「潯陽江頭秋月明,黄蘆葉底秋風聲。銀龍行酒送歸客,丈夫不爲兒女情。隔船琵琶自愁思,何預江州司馬事。爲渠感激作歌行,一寫六百六十字。白樂天,白樂天。平生多爲達者語,到此胡爲不釋然。弗堪謫宦便歸去,廬山政接柴桑路。不尋黄菊伴淵明,忍泣衫對商婦。」とあり、明・戚繼光の『馬上作』に「南北驅馳報主情,江花邊草笑平生。一年三百六十日,キ是戈馬上行。」とある。 ・売錦:高価な絹織物を売る商いをしている。『鴨東四時雜詞』の註釈では、「キ下商家子弟,其主不許暮夜出門。所以覓歡買笑,皆在晝間。」(キ下の商家の子弟,其の主暮夜に門を出づるを許さず。所以に歡を覓め笑ひを買ふ,皆晝間に在り)とある。商家では、夜の外出はできなかったので、花街へ遊びに行くのも、明るいうちにしたということ。 ・識:見知っている。 ・紅糚:頬紅をつけての粧(よそお)い。
※痴心誤被春雲引:愚かで色情に迷う心(=男の痴情)が、誤(あや)まって春の雲(=女性の情愛)に引きずり込まれて。 ・痴心:愚かで色情に迷う心。前出・石田魚門の『大阪繁昌詩 松島』で「東風芳艸一時新,年少易狂柳巷春。春色映櫻臺榭下,癡心蹈往落花塵。」と使う。 ・誤−:まちがって…。あやまって…。 ・被:…に…られる。受身表現。【被・名詞+動詞】…に…られる。 或いは【被・動詞】…られる。両用の表現がある。ここは、前者で「被・春雲+引」。 ・春雲:春の雲。男女間の情愛の謂い。「春」は男女間の慾情を謂い、「雲」は「巫山の雲雨」のように男女間の情愛を謂う。
※好夢楼前未夕陽:いい夢を見たが、妓楼の前はまだ日が傾く時刻になっていない。 ・好夢:すばらしい夢。 ・未夕陽:まだ日が傾く時刻になっていない。「夕陽」は動詞として使われている。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「狂糚陽」で、平水韻下平七陽。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○○●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成23.8.12 8.13 8.14 |
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