木戸孝允（桂小五郎）戊辰之歳　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


戊辰之歳

	木戸孝允（桂小五郎）
去歳千軍逼我疆，今朝孤劍入他鄕。浮生萬事變如夢，一片依然男子腸。

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戊辰( ぼしん)の歳(とし)　

去歳(きょさい)　千軍　　我が疆(きゃう)に逼(せま)り，
今朝(こんてう)　孤劍( こけん)　　他鄕(たきゃう)に入(い)る。
浮生( ふせい)　萬事　　變(へん)ずること夢の如く，
一片(いつぺん)　依然　　男子(だんし )の腸(はらわた)。

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◎　私感註釈

※木戸孝允：政治家。桂小五郎。号して松菊。長州藩出身。吉田松陰に師事。慶応二年（１８６６年）、薩長連合を結び、倒幕・王制復古運動を指導した。維新後、新政府の中心となり、版籍奉還、廃藩置県を断行し、政体書による官吏公選など開明的諸施策を建言し続け、参議内閣制の確立に努めた。天保四年（１８３３年）～明治十年（１８７７年）。

※戊辰之歳：戊辰の年（１８６８年＝慶応四年/明治元年）。戊辰戦争があった歳。 *変わりゆく時代と、それに反して変わることのない自分の心を詠う。　・戊辰：戊辰戦争を指す。戊辰年とは、１８６８年（慶応四年/明治元年）。「戊辰年の戦争」（１８６８年の戦争）の意である。戊辰戦争は、薩摩藩・長州藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力との戦い。「戊辰」：〔ぼしん；wu4chen2〕つちのえ・たつ。干支で表した序列表示の５番目。干支とは、十干と十二支の組み合わせのことで、十干とは、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸のことをいい、十二支とは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥のことをいう。干支は、この十干と十二支の組み合わせによる序列表示をいい、十干のはじめの「甲」、十二支のはじめの「子」から順次、次のように組み合わせていく。甲子、乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、庚午、辛未、壬申、癸酉、（以上、１０組で、ここで十干は再び第一位の「甲」に戻り、１１組目が始まる）甲戌、乙亥、……（ここで、十二支は「子」に戻り、１３組目は）丙子、丁丑…となって、合計は６０組になる。これで、１から６０までの順を表し、年月日の表示などにに使われる。なお、６１番目は、１番目の甲子にもどる（＝還暦）。なお、戊辰年は、１８６８年（＝慶応四年/明治元年）だけではなく、その６０年後の１９２８年（昭和三年）、更にその６０年後の１９８８年（昭和六十三年）…、或いはその６０年前、そのまた６０年前…も、戊辰年である。

※去歳千軍逼我疆：往年、（幕府の）大軍が、我が国（＝長州藩）境に迫り。　・去歳：過ぎ去った年。往年。また、去年。昨年。ここは、前者の意。ここでは、戊辰戦争の数年前のことで、幕府軍による長州征討戦（１８６４年　元治元年）や第二次長州征討戦（１８６５年　慶應元年）を指す。　・千軍：多くの軍兵。ここでは、幕府軍を指す。　・逼：せまる。中唐・白居易の『讀道德經』に「玄元皇帝著遺文，烏角先生仰後塵。金玉滿堂非己物，子孫委蛻是他人。世間盡不關吾事，天下無親於我身。只有一身宜愛護，少敎冰炭逼心神。」とあり、現代・毛澤東の『漁家傲・反第二次大「圍剿」』一九三一年夏に「白雲山頭雲欲立，白雲山下呼聲急，枯木朽株齊努力。槍林逼，飛將軍自重霄入。　　　七百里驅十五日，贛水蒼茫閩山碧，橫掃千軍如捲席。有人泣，為營歩歩嗟何及！」とある。　・疆：〔きゃう；jiang1○〕境。国境。（蛇足になるが、「疆」〔きゃう；jiang1○〕と「彊」〔きゃう；qiang2○〕とは、別字。「彊」〔きゃう；qiang2○〕（＝つよい）は、「強」〔きゃう；qiang2○〕の本字。また、「疆」〔きゃう；jiang1○〕と「境」〔きゃう；jing4●〕とは、別字。）

※今朝孤剣入他郷：（それとは相反して、）今日、たったひとふりだけの剣（＝作者）は、（官軍として）他国に入った。　・今朝：今日。また、けさ。 *ここでは、「けさ」の意はなくて、「今日（こんにち/きょう）」の意。「今朝」と「今日」の使い分けは、「今朝」（○○）は、詩中の○○とすべきところで使い、「今日」（○●）は、●●とすべきところで使う。「……孤剣入他郷」の句は、「○○●●●○○」とすべき句で、該当の箇所は「今朝」（○○）が相応しい。　・孤剣：たったひとふりだけの剣。他の武器は身に帯びていないこと。ここでは作者（＝木戸孝允（桂小五郎））のことをいう。　・他郷：他国。よその土地。

※浮生万事変如夢：はかない人生は、何事も夢のように変わっていく（が）。　・浮生：はかない人生。盛唐・李白の『春夜宴桃李園序』「夫天地者，萬物之逆旅；光陰者，百代之過客。而浮生若夢，爲歡幾何？古人秉燭夜遊，良有以也。況陽春召我以煙景，大塊假我以文章。會桃李之芳園，序天倫之樂事。群季俊秀，皆爲惠連。吾人詠歌，獨慚康樂。幽賞未已，高談轉清。開瓊筵以坐華，飛羽觴而醉月。不有佳作，何伸雅懷？如詩不成，罰依金谷酒數。」とあり、晩唐・杜牧の『汴河河阻凍』に「千里長河初凍時，玉珂瑤珮響參差。浮生恰似冰底水，日夜東流人不知。」とあり、晩唐・李渉の『題鶴林寺』に「終日昏昏醉夢間，忽聞春盡強登山。因過竹院逢僧話，又得浮生半日閑。」とあり、南唐後主・李煜の『烏夜啼』「昨夜風兼雨，簾帷颯颯秋聲。燭殘漏斷頻欹枕，起坐不能平。　　　世事漫隨流水，算來夢裏浮生。醉鄕路穩宜頻到，此外不堪行。」とあり、北宋・蘇軾の『鷓鴣天』に「林斷山明竹隱牆，亂蝉衰草小池塘。翻空白鳥時時見，照水紅蕖細細香。　　　村舍外，古城旁，杖藜徐歩轉斜陽。殷勤昨夜三更雨，又得浮生一日涼。」とある。　・-如夢：夢のようである。

※一片依然男子腸：（一片の氷心ともいうべき）まことの心は、変わることなく、男の心胆（を持ち続けている）。　・一片-：まことの（心）。まったくの（心）。また、ひとひらの。心、誠意、熱心などをいう際の量詞（助数詞）。…の（心）。盛唐・王昌齡の『芙蓉樓送辛漸』に「寒雨連江夜入呉，平明送客楚山孤。洛陽親友如相問，一片冰心在玉壺。」とある。　・依然：もとのままであるさま。相変わらず。　・腸：はらわた。こころ。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は、「疆郷腸」。平水韻下平七陽。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○，（韻）
○○○●●○○。（韻）
○○●●●○●，
●◎○○○●○。（韻）