「まあ、いいじゃない。他人同士ってわけでもないんだし、ね?」
他人同士ではなくとも親子なのだからそれなりの礼儀はあってもいいようなものだが、 颯樹(さき)の頭にはそのような考え方は全くなかった。颯樹(さき)はこういう所も亡夫人 ……颯樹(さき)の母親……にとてもよく似ていた。 「とにかく、私はもう寝るわ。何だか疲れちゃって……。」 颯樹(さき)は突然体をふらふらと揺らすとその場で倒れこんでしまった。 「颯樹(さき)!?」 「ふっ……さすがに颯樹(さき)殿もシルフィードの攻撃を受けた後では正気を保つのが 精一杯だったようですな。だが、安心なさってください、重樹(しげき)様。颯樹(さき)殿は 力を使い果たして眠り込んでしまっただけのようです。」 顔を真っ青にした重樹(しげき)が慌てて颯樹(さき)の元に駆け寄ると、サラマンダーは 重樹(しげき)を安心させるような声で答えた。 「よし、私が部屋まで運んでいこう。」 重樹(しげき)は眠りこけている颯樹(さき)を背中に背負うと歩き始めた。 「重樹(しげき)もやっぱり父親なのねー。颯樹(さき)ちゃんが倒れただけで あんなに顔色変えちゃって。」 「我々には無縁の感情だがな。」 「えー?そんなことないんじゃない?だって、赤ちゃんだった颯樹(さき)ちゃんの面倒を 一番よく見てたのってサラじゃない?」 「私のことを『サラ』と呼ぶなと言っただろう!!」 「まあまあ。サラマンダーももうちょっと素直になればいいのに……。」 「ノーム、貴様までシルフィードの肩を持つのか!?」 彼女たちのたわいもない雑談は重樹(しげき)が帰ってくるまで続いた。 この光景を見て、誰が彼女たちを「精霊」であるなどと想像できるだろう。 彼女たちにわざわざこれほどまでの人間性を与えた神の意志は誰にもわからない。
「お、重い……。こいつ……いつの間に太ったんだ……。」 重樹(しげき)は久し振りに我が子を肩に背負いながら遠い昔のことを思い出していた。 あの頃の重樹(しげき)の周りには仲間がいた。夢があった。そして、最愛の妻がいた。 悲しい思い出があった。絶望があった。裏切りがあった。 重樹(しげき)が過去に思いをはせていると、颯樹(さき)の寝言が重樹(しげき)の耳に入る。 「誰が……太ってる……ですって……。」 「寝言で人の独り言にツッコミを入れるか、普通……?」 重樹(しげき)は一人呟きながら、最近は、自分の手の届かないところへ行き始めている 最愛の娘がこれから歩もうとしている、過酷であろう運命に思いをはせた。 (19) |
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