「まさか颯樹(さき)が冒険に出たいなどと言い出すとは思わなかったな……。
これも運命なのかもしれんが……。」 晴れていればきれいな満月であっただろうが、この日は空に薄く雲がかかっていて、 おぼろ月夜になっていた。やわらかな月の光が、重樹(しげき)の心にさまざまな思いを 浮かび上がらせるようだった。 「……いずれにしろ、私は我が子の成長を祝わねばならんのだろうな……。 まさか、この私が『我が子』などという言葉を口にできるようになるだなんて、 人の運命とは不思議なものだな……。」 この寺は、以前は化け物の巣窟と化していただけあって無駄に広いが、 重樹(しげき)達が住居としているところや、毎日の勤めなどをしているところは その寺の一部分に過ぎなかったので、特に迷うことなどはなかった (それでも重樹{しげき}は時々迷子になったりしているが)。 颯樹(さき)の部屋は寺の入り口から最も遠い裏庭のそばにあった。 「颯樹(さき)の部屋か……。入るのは何ヶ月ぶりだろうな……。」 颯樹(さき)とて年頃の女性である。自分の父親に部屋をのぞかれることなど許すはずもない。 こんな時でないと重樹(しげき)に颯樹(さき)の部屋に入る機会などありはしなかった。 「ちょっとドキドキするな……。」 重樹(しげき)は軽い罪悪感を覚えつつも、颯樹(さき)を背中に 背負ったまま颯樹(さき)の部屋に入った。 「なんだ、意外と普通の部屋だな……。」 「な……にが……意外……よ……。」 重樹(しげき)はさっさと颯樹(さき)を布団に寝かせると部屋を出た。背後からは颯樹(さき)の 寝言が何やら聞こえてくるが、いちいち取り合っていたら身が持たない、 と、重樹(しげき)は悟りきっていたので寝言は黙殺された。 「さあ、私も寝ようか……。」 重樹(しげき)の部屋は本堂の近くにある。颯樹(さき)の部屋とはちょうど反対の位置にあたる。 「もしかしたら今夜は眠れんかもしれんな……。」 精霊を召喚するなどという精神力をかなり消耗する行為を行った後のはずなのに、 なぜか重樹(しげき)の目は冴え切っていた。 「ふう……。」 なにせ無駄に広いので、自分の部屋にたどり着くのも一苦労である。 「重樹(しげき)様……。」 「うわあっ!?驚かすな!!」 突然響いてきたのはサラマンダーの声だった。 いつの間に現れたのか重樹(しげき)にも分からなかったが、 とにかくサラマンダーは重樹(しげき)の前にひざまずいている。 彼女は過酷な運命を背負ってきた重樹(しげき)の数少ない理解者だった。 (20) |
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