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  颯樹(さき)は、そんな事をほろ苦い思いと共に思い出していた。

  その剣の師はある日、突然彼女の前から姿を消した。

  その理由について、彼の冒険者仲間であった筈の父親も、なぜか口を開こうとはしなかった。

………最も、その事に関しては、颯樹(さき)は何も感じてはいない。

  ただ、いなくなる直前に颯樹(さき)の家(もちろん重樹{しげき}の家でもあるが)を訪ねた

彼のそばに1人のとても美しい女性がいたのを見てしまったことが、彼女の心に重くのしかかっていたのだ。

  別に、その剣の師と特別な男女関係があったわけではないが、やはり憧れの人であった事に違いは

なかった。たとえその憧れがほのかな愛情に変わったとしても、年頃の娘である颯樹(さき)を

誰が責める事ができるだろうか。

  まあ、本人もそれと気付かないほどのほんの僅かな愛情だったのだが。

  颯樹(さき)はそのような思いを断ちきろうとするかのように、ゆっくりと練習用の鉄の剣を構えた。

そして、裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。

「てやあああっ!!!」

  はっきり断言するが、颯樹(さき)の腕前ならば、この刃の無い練習用の鉄の剣でも、並みの相手となら

充分以上に渡り合えるだろう。

  実際、鉄の剣を使っての練習中に、死傷者が出るというのはよくある事だった。

「ふっ!!はっ!!たあああああっ!!!」

  数回剣を振り回した所で、颯樹(さき)は話し声が表から聞こえてくるのに気がついた。

こんな時間に寺を訪ねるような物好きがいないわけではなかったが、寺の門の外から聞こえるのではなく、

寺の中庭から聞こえてきている、という時点で異常だ。
 
 

  実は、颯樹(さき)達がすむこの寺は、昔魔物達が巣食っていた、という過去がある。

  (重樹{しげき}がやったわけではないが)誰かが以前この寺に巣食っていた魔物達を一掃したらしいのだ。

  そんな施設をそのまま使うというのも薄気味が悪い話ではあるが、いちいち取り壊して新しく

立て直すだけの資金を国が出す余裕がなかった、という事情もあり、そのまま使用されている。

  そういう事情がある寺だから、夜中になると、浮かばれぬ魔物の魂が幽霊と化してそこらを徘徊する、

ということも無いわけではなかった。

  実際、颯樹(さき)もその手の幽霊退治に立ち会った事(「立ち会った」というだけで、実際に退治したのは

住職である重樹{しげき}だったが)が何度かある。

  だから、颯樹(さき)はその話し声が、その手の幽霊なのではないか、と思い、物陰に身を隠し

(幽霊相手にそんな事をしてどの程度有効なのかは疑問だったが)、表の様子をうかがった。やはり、

表から話し声は聞こえてくる。どうやら相手は1匹(幽霊は独り言が大好きなのだ)や二匹ではなさそうだ。

数人の話し声が同時に聞こえてくる。

  颯樹(さき)は、とりあえずいつでも飛び出せる準備だけはしておいた。

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