「いきなり人の前に現れるなんて趣味が悪いぞ、サラマンダー。」
「すみません……でも、貴方と二人っきりで話をするにはこうするしかなかったんです。」 寺の中は、目が潰れたと錯覚してしまうほどの完全な暗闇と静寂に包まれている。 重樹(しげき)は気配だけでサラマンダーのことを「感じ取った」のだ。 「シルフィードとノームはどうしている?」 「シルフィードは勝手に『家』へと帰りました。ノームは、貴方が帰るまで待つつもりだったようですが、 私が帰らせました。」 「家」というのは、普段精霊たちが封印されている……というより、住処にしている、 と言った方がいいか……水晶球のような丸い物体のことである。人間はそれのことを 「精珠(せいじゅ)」などと呼んだりしているのだが。 「ほう。お前が勝手に帰らせるとは珍しいな。まあいい。こうして二人っきりになることなど めったになかったからな。たまには二人っきりで会うのもいいかもしれん。 私の心にもまだまだ迷いがあるからな。」 「重樹(しげき)様……貴方ほどの力をお持ちの方でもまだ迷いが……?」 「サラ。人というのはな。力を持っていたからといって迷いから開放されるわけじゃないんだ。 いつも迷い、苦しんで、それでも生きていく、それが人間だ。」 「サラ」と呼ばれることを嫌っているサラマンダーだったが、重樹(しげき)に「サラ」と呼ばれても なんとも思わないのか、それともまた別の感情があるのか、とにかくサラマンダーは、 その表情は穏やかなままにこう言った。 「やはり貴方はあのことを……?」 「思い出したくもなかったのだがな。やはりいつまでも隠し通せるものでもないだろう。 人というものはいつかは自分の過去と向き合わねばならぬものよ……。 人という生き物とはまったく不便なものだな……。いっそのこと心を無くしてしまえれば どんなに楽か、と思ったこともあるよ……そうすれば悩まずにすむからな……。」 サラマンダーは激しく首を振り、 「重樹(しげき)様、そのようなことを言わないでください……!もしもあなたに心がなかったら…… そんな事……私には耐えられない……!」 重樹(しげき)には、サラマンダーの美しく澄んだ瞳の奥に、 何か激しい炎が燃え上がっているように思えた。 サラマンダーは、何も言わずにその身をそっと重樹(しげき)に委ねた。 いきなりな展開に一瞬うろたえた重樹(しげき)だったが、次の瞬間、重樹(しげき)の両腕は 意外にか細いサラマンダーの体をしっかりと受け止めていた。 「本当に心というものは面倒だな……。」 「でも、私達精霊にも心があってよかったと思います……。 そのおかげであなたに出会えたのですから……。」 (21) |
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