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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第1章

 海からの風が心地よい。
 ピッコロはマントをはためかせて高度を下げた。うららかな日射しを受けて輝く海面の上を、ゆっくりとした速度で飛ぶ。左手にはドーム型のビルが林立する街が見える。
 西の都だ。

 セルゲームが終わってしばらく経った。セルに命を奪われた人々はドラゴンボールによって蘇り、ようやく世界は悪夢を忘れて落ち着きを取り戻しつつある。
 戦士たちはそれぞれ自分の生活に戻っており、悟飯もまた身重の母との生活に慣れた頃だった。
 悟飯のことはもちろん、悟空を失ったショックからまだ立ち直れないでいるチチの様子が気がかりで、ピッコロは時々自分からパオズ山に赴いては、悟飯の修行の相手をして帰って行く。
 今日も彼は弟子に会うためにパオズ山へと向かっていた。

 ピッコロはふと海面に目を落とした。桟橋さんばしのほど近くに白い波が立っている。どうやら人のようだ。気候がよくなったとは言え、泳ぐにはまだ水は冷たい。
「ふん、酔狂なやつもいるものだ」
 そのまま行き過ぎようとして、彼の耳は、がぼっ、ごぼっと苦しそうに水を飲み込む音を捕えた。

(溺れている!)
 思うが早いか、彼は急降下を始めていた。海面に近づくにつれ、もがいている人の姿がはっきりと確認できた。
(ガキだ! 悟飯と同じくらいか)
 ピッコロは意識を失って沈みかけているその者の脇に背後から腕を差し入れると、そのまま水の中から引き上げ、岸辺へと運んでいった。運んでいる途中で自分の腕が、抱えた体の柔らかな胸のふくらみに触れていることにふと気づく。
(体つきが悟飯とは違う。このガキ、男じゃないな)
 と、いうことは……。

「おまえ、女か?」
 砂浜に降ろして水を吐かせると、意識を取り戻した少女は、げほげほと咳き込み始めた。その背中に向かってピッコロは訊いた。
 コクリとうなずくと、気が緩んだのか彼女はすすり泣きを始めた。ピッコロは口の中で小さく舌打ちした。
(やっかいなことに関わってしまった)

 悟飯と同じくらいの年齢に見えたのは、きゃしゃな体つきと童顔のせいだとわかった。男の子のように短い栗色の髪が細いうなじに張りついている。
 両手を胸の前で握りしめ、一生懸命涙を飲み込むのに成功した少女は、ピッコロに礼を言ってから名を名乗った。
「わたし、アメリアといいます。14歳です。先週、西の都の郊外に越して来たばかりなんです」
 ピッコロは小さく息を飲み、その瞳を凝視した。
(このガキ、目が……)
 アメリアと名乗る少女の深い海の色をした瞳は、何ものも映し出してはいない。

 こわばった顔に微笑みを浮かべようと試みている彼女に向かって、ピッコロは詰問口調で尋ねた。
「なぜ目が見えないのにこんなところをひとりでうろうろしていた」
 ちょっとバツが悪そうにうつむいたあと、アメリアは顔を上げてやわらかく微笑んだ。笑うとあどけない顔になる。
「わたし、海に来るのは生まれて初めてなんです。ずっと内陸部に住んでいたから、今まで話に聞いたことしかなかったの。それが今度、海の近くに引っ越してきて……すぐそばに海があるんだって思ったら、いてもたってもいられなくなって、気がついたら来ていたんです。
 ちょっと海水に触れてみるだけのつもりだったから、桟橋からおっこちるなんて思わなかったわ」
「無謀なやつだ。そんな調子では命がいくつあっても足らんぞ」
 いまいましげに言うピッコロに、アメリアはクスッと笑いをもらした。
「よく言われます! 今まで生きてこられたのは、ものすごく悪運が強いんだって。 自分でもそう思う――」
「バカやろう! 笑っている場合か。オレがたまたま通りかかったからよかったようなものの……」
 彼女はシュンとして肩をすくめた。今度は神妙な顔で言う。
「ほんとに助かりました。こんどこそ死ぬかと思った。……こわかった」
 冷たい水の感触を思い出したのか、アメリアは身震いした。次いでくしゃみをし、両手で身体を抱くようにして二の腕をさすり始めた。その唇が紫色になっているのを見て、ピッコロは着替えがいることに気づいた。このまま服ごと取り換えてやるのは造作ないが、ひとまず濡れた体を拭いた方がいい。

 そこで、悟飯より少し大きめのサイズの道着と下着に靴、それに大きなタオルを出すと、彼女に手渡しながら言った。
「とりあえずこれに着替えろ」
 いったんはそれらを受け取ったものの、困ったような顔で立ちすくむアメリアに、ピッコロは苛立って声を強めた。
「どうした、さっさと着替えんと風邪を引くぞ」
「で、でも……着替える場所が」
 ピッコロは鼻で笑った。
「お育ちがよくて他人の前では着替えられんということか。フン、気取ったガキだ」
「あ、当たり前でしょ。わたしは女よ。どこででも着替えられるわけないじゃない。無神経なひとね!」
 カッとなった彼女に怒鳴られてピッコロはたじろいだ。
「そ、そうなのか?」
 どうやら女性というものは、そのへんで気やすく裸になるわけにはいかないらしい。
(やっかいな種族だ)

 仕方なく当たりを見回してみると、おあつらえ向きに桟橋のすぐ近くに小さなボート小屋がある。回りにはシーズン前のボートがシートをかぶっていくつも出番待ちをしており、小屋は無人だ。
 ピッコロはアメリアを促してボート小屋へと導き、扉の南京錠を眼光線で焼き切った。
 そして、扉を開けながら、「そら、ここなら文句はあるまい。終わったらしらせろ」と、ためらっている彼女を中へ押しやった。

 扉を閉めて小屋を背に突っ立ち、腕組みをして海を眺めながら彼は思った。
(オレともあろう者が、くだばりぞこないのガキを助けただけじゃなく、こうやってそいつの着替えを待ってやっているとは……)
 彼は自嘲気味にフンと鼻を鳴らした。
(昔のオレが見たら、さぞかし腹を抱えて笑うだろうぜ)


 着替えがすんで小屋から出てきたアメリアに頼まれ、ピッコロは桟橋に落ちていた白い杖を拾って来て彼女に手渡した。感謝して何度も礼を言う彼女に、ついでに家まで送ると申し出たが、気丈な声で答が返ってきた。
「杖があれば大丈夫です。慣れてますから」
「そうか、ではオレは行くぞ」

 歩き出したピッコロの背中に向かって彼女は叫んだ。
「待って、あなたの名は?」
 ピッコロは振り向いて言った。「別に名乗るほどの者じゃない」
「なにを昔の西部劇みたいなこと言ってるんですか。ぜひお礼させて下さい。お借りした服だって返さないといけないし」
「礼などいらん。その服は全部おまえにくれてやる」

「そんな、もらうわけにいきません。ちゃんと洗ってお返しします。あっ、下着はもちろん新しいのを買って……」
 自分のはいている下着を思い出したのか、道着の上から手で押さえ、なぜか顔を赤らめている少女に、ピッコロはわずらわしそうに答えた。
「オレのやった服では不満か。着ろと言ったら着ろ。ごちゃごちゃぬかすな」
「着ろって。第一これ、上はともかく下は……トランクスだし」
「おまえはブリーフ派か。パンツくらいどっちでも一緒だろう。こだわらずにはけと言ってるんだ」
 アメリアは顔じゅう真っ赤になって叫んだ。
「ふ、ふざけるのもいいかげんにして下さい! いくらわたしが女っぽくないからって。男物の下着なんてはけません!!」
 ピッコロは目を白黒させた。「す、すまん」

(いかん、またやってしまった。服にも性別があったのか)
 こういう時、どんな態度を取ればいいのだ? 彼の頭の中は混乱していた。
「オ、オレは性別というものがわからん――い、いや、こだわらんのだ」
「こだわってください!!」
 かみつかんばかりの剣幕で叫んだ彼女は、ピッコロがへどもどしている様子に気づくと、やがてプッと吹きだして笑い転げた。
「へ、変な人……変な人!」
 ひとしきり笑ったあとで、アメリアは楽しそうに言った。
「ああ、おかしい。あなたみたいなおかしな人、初めて」

 誉められているのだろうか?
 ピッコロはアメリアがなぜ笑うのかわからなかった。ますます頭が混乱してくる。しかし、これ以上地球人の性別と服装の相関関係に深入りするつもりはない。そこで彼は、この少女を自宅へ送り届けて、それで終わりにすることにした。
 説明するのは面倒だ。有無を言わせずアメリアの手から白い杖を奪い取って片手に持つと、ピッコロはもう片方の腕で彼女の細い腰を抱えながら言った。
「オレの首に両腕をしっかり回せ。放すなよ」
 そのあと一気に空へ舞い上がるつもりだったのだが、いきなりピッコロの頬にアメリアの拳が飛んできた。
「なにするのよ! スケベ!!」

 ナメック語にはない罵倒の言葉だ。頬を押さえて唖然としているピッコロから必死で逃れると、アメリアは思い切り後ずさって身構えた。
「あ、あなた、わたしの目が見えないからって、いやらしいことする気なのね!」
 彼はめまいを覚えて片手で顔を覆った。
「誤解だ。オレはただ、おまえを家まで送り届けようと……」
「えっ、そ、そうなの?……うそ……」

 アメリアは半信半疑でまだ体をこわばらせている。ピッコロは大股で近づくと、今度は抵抗する暇も与えず、素早く彼女を抱えて空へ飛び上がった。
 小さく叫び声をあげ、もがこうとする彼女をピッコロは怒鳴りつけた。
「手をはなすな! 落っこちるぞ」
 アメリアはビクッと体を縮ませ、ピッコロの首にしがみついた。彼女から自宅のある場所を聞き出し、息を詰まらせないようにスピードを加減しながら、彼は一気にそこまで飛んだ。


 西の都の郊外に建つ、5階建ての小ぎれいなアパートの一室がアメリアの家だった。いや、正確には彼女はこの部屋に友達と2人で住んでいるのだ、と言った。家事を分担すればお互いに暮らしよくなるし、何よりも目の見えないアメリアにとっては同居人がいた方が心強いのだろう。
 玄関の前に降りて、ピッコロが体をかがめて彼女を下に降ろそうとすると、アメリアは彼の首にしっかりと両腕を回したまま離れない。
「あなたは何者なの? どうして空を飛ぶことができるの?」
 ピッコロはその言葉を無視した。「もう手を放していいぞ。おまえの家だ」
「放しません! 名前を教えてくれるまでは」
「……マジュニアだ」
 ピッコロは渋々答えた。無意識に本名を名乗るのを避けたのは、人々の間でまだピッコロ大魔王の恐怖が残っているからだ。
 こんな小娘がピッコロ大魔王を覚えているはずはないが、周囲の大人から聞かされて名前くらいは知っているかもしれない。二度と会うことがないにせよ、いたずらに驚かす事もあるまい。

「マジュニアさん」アメリアは一字一字かみしめるように繰り返した。「あなたのお家も教えて」
「だめだ」
「教えてくれるまで放しません」
 彼女は両腕に力を込めた。悟飯と組み手をするのとは訳が違う。柔らかな感触になぜかピッコロはうろたえてしまう。おまけに彼女の髪からは花のような香りが漂ってきて、彼の鼓動は意に反して速まってゆく。

「アメリア? 帰ったの?」
 彼らの話し声が聞こえたのか、ドアの横の小窓から女性の声がした。一緒に住んでいるという友達だろうか。その娘に加勢されたら、ますますやっかいなことになりそうだ。
 ピッコロは焦った。
「わ、わかった。教える。教えてやるからこの手をはなせ」
 気がつけばそう口走っていた。

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