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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第11章

「何をおたおたしてんのよ。変な人ね」
 マリーンがテーブルを拭きながら呆れて言う。
「大丈夫? ヤムチャさん。苦しそうだわ」
 アメリアの差し出すティッシュで口を押さえ、ヤムチャは咳き込みながらとぎれとぎれに「大丈夫だ」と答えた。こんなに気苦労が多いと一気に老け込んでしまうかもしれない。
 彼の咳が収まるのを待ってから、マリーンは目を輝かせ、身を乗り出して尋ねた。
「ね、ほんとにマジュニアさんはアメリアのために、その何とかってボールを集めてくれるのね?」
「ドラゴンボールよ」横からアメリアが口を出す。
「そう、そのドラゴンボール」

 ヤムチャは歯切れ悪く答えざるを得ない。
「む、いや、その……あれも7つ揃えようと思ったら大変だからな。あまり期待しない方がいいかもな」
「何よ」マリーンが眉をしかめた。「元はと言えば、あんたがこの話を持ってきたって言うじゃない。今さらケチつけてどうしようっての?」
「マリーン」アメリアがたしなめた。
「でも、これで脈はあるってことよね」
「え?」
「わかんないの? マジュニアさんはあんたのために、自分だけでドラゴンボールを集めるって言ってくれてるのよ。女心のわからない、どうしようもない朴念仁かと思って心配してたけど、あんたの想いが通じたのね。よかったじゃない。アメリア」
「や、やだっ」真っ赤になったアメリアがあわててマリーンに飛びつき、その口を押さえようとする。「やめてよ、ヤムチャさんの前で」
「何言ってんのよ。あんたってば、みんな顔に出ちゃうんだから。きっと神様だって知ってるわよ。あんたの――」
 全部言い終わらないうちに、アメリアがマリーンの口を手でふさいだ。マリーンは自分の口を覆っている掌をぺろっと舐め、アメリアがきゃっと叫んで思わず手を離すと、反対にその手を取って彼女を羽交い締めにした。
「やめてよ、マリーン! 子どもみたい」
 アメリアの抗議にも構わず、マリーンは彼女の両方の頬をつまんで左右に引っ張り、無理矢理ヤムチャの方へ向けて叫ぶ。
「ほら、見て見て、ヤムチャさん。アメリアの顔に書いてあるでしょ。『わたしはマジュニアさんが好きです』―――きゃあ!」
 アメリアがマリーンの脇腹をくすぐって逆襲に出た。少女たちはきゃあきゃあと悲鳴を上げながら、仔猫のようにじゃれ合っている。その笑顔を見ているとヤムチャは胸が痛んだ。頭の中に垂れこめてくる暗雲に無力感を覚えながら、彼は顔だけで笑っていた。


 それから数週間がたった。
「マジュニアはもうおまえに会わないと言ってる。待っててもムダ。おまえ、帰った方がいい」
 応対に出たポポが気の毒そうにアメリアに告げた。
 これでもう何度目だろう。ポポがその場を去ったあと、霧雨のけぶる神殿の前庭で、アメリアは傘もささずに立ちつくしている。
 デンデが気遣わしげに神殿の窓から外を見てピッコロに言った。
「まだ待っていますよ。アメリアさん、風邪を引かなきゃいいけど」
「放っておけ。今にあきらめて帰るだろう」
 ピッコロは顔をそらしたままで答えた。
「でも……」
 デンデはそっと神殿を忍び出た。事情はヤムチャから聞いて知っている。自分の力ではどうにもできないのが神として、ピッコロを慕う者として悲しかった。

「アメリアさん……」
 デンデが声をかけると、アメリアは振り返った。その髪に雨粒が露のように光っている。
「マジュニアさんは今出かけてるんです。あの……ごめんなさい」
 デンデの言葉も耳に入らないかのように、彼女は小さくつぶやいた。
「どうして会ってくれないの。あの日から一度も。わたし、何かいけないことをしたのかしら。思い当たることが多すぎてわからないわ」
(あなたは何も悪くないんです。ピッコロさんだって……。悪さをしたのは運命のほうなんだ)
 どう言っていいのかわからず唇をかんでいるデンデに、アメリアは茂みから手探りで一本の花を手折ってきて渡した。
「これ、マジュニアさんに」

 アメリアが神殿を辞したあと、デンデは自分の部屋でぼんやりと窓の外の雨を眺めているピッコロの元へやってきて、彼女から託されたものを渡した。
「アジサイか」ピッコロは露を含んだ花に目を落とした。
「地球では花にいろいろな意味を込めた言葉を託すそうです。ピッコロさん、アジサイの花言葉を知っていますか?」
「花言葉だと? いや、オレは知らん」
 ピッコロは部屋から出ていこうとするデンデを目で追った。デンデはドアのところでちょっと振り向き、硬い表情のままで言った。
「アジサイの花言葉。それは、『あなたは冷たい』」
 ピッコロは何とも言えない表情でじっとデンデの顔を見つめている。その目に苦渋の色が浮かんでいるのを承知でデンデは言った。
「いつまで中途半端な態度を続けるつもりですか。迷うことがあの人を傷つけるなら、あなたのすべきことはただひとつじゃないですか」
 ピッコロは苦笑を浮かべた。「神らしくなったな、デンデ」
「ありがとうございます」
 デンデは優しく微笑んで部屋を出ていった。


 季節がひとつ移り変わろうとしている。雨の続く日が多くなった。
 珍しくぽっかりと晴れたある日、しばらくぶりでアメリアはやって来た。デンデは彼女の姿を見つけると駆け寄って行き、目を伏せて言った。
「お久しぶりです。ずいぶん長い間ご無沙汰でしたね。もう……来られないのかと思っていました」
 アメリアは寂しそうに笑った。「ちょっと体調が悪かったの。でも、もう大丈夫」
「このあいだの雨で?」
 心配そうに顔を上げた心優しい友に、アメリアはかすかにかぶりを振り、「ただの風邪。大丈夫よ」と笑った。
 心なしか顔がほっそりとしている。あの海で溺れた日にはうなじまでだった髪が、いつのまにか肩の上にまで伸びて、それが彼女を一層大人びて見せていた。
「アメリア」
 ケヤキの木に手をかけて立ち、ピッコロが声をかけた。とたんにアメリアの顔が輝く。
「マジュニアさん!」
「話がある」
 ピッコロの声の調子に彼女の表情は少し硬くなった。彼はデンデと、神殿の入り口に立ってこちらを心配そうに見守っているポポに「はずしてくれ」と言っている。
 心を痛めて何度もこちらを振り返りながら、デンデがポポと一緒に神殿の奥へと入って行った。

 ピッコロの元へゆっくりとアメリアが歩いて行く。これから何を告げられるのか、彼女は薄々気づいているようだった。彼の前で立ち止まり、それでも精いっぱい微笑んだ顔を上げる。
「もう会ってもらえないかと思ってたわ」
「ここへはもう来るな」
 表情のない声でピッコロが言うと、アメリアはビクッと震えた。その瞳に射抜かれるのを恐れるかのように、ピッコロは顔をそむけた。
「なぜ……? 理由を言って下さい」
「理由などない。おまえはもうここへ来るべきではない。それだけだ」
 ピッコロが立ち去ろうとする気配を察してアメリアは叫んだ。
「いやよ、そんなの。そんなの納得できない。教えて、わたしが秘密を知ってしまったから?」
「秘密?」
 ギクッとしてピッコロは足を止めた。
「ドラゴンボールの秘密よ。それとあなたたちが世界を救った本当の英雄だっていうこと。マリーンには言ってしまったけど……。でも、他の人には絶対言わない。誓うわ!」
 ピッコロは小さく息をついた。「そうじゃない。そういうことじゃないんだ」
 じゃあ何が―――と言いかけたアメリアを制してピッコロは彼女の前に立つと、両手をその頬に添え、瞳をのぞきこんだ。
「おまえの目……オレが光を取り戻してやる。それがせめてものオレの償いだ」
「償い?」
 ピッコロは彼女の顔から手をおろすと言った。「今はそれしか言えん」
「どういうこと?」彼女の声が震えた。「いやよ。目が見えるようになる代わりにマジュニアさんに会えなくなるなら、目なんて見えないままでいい!」
 彼女の口から飛び出した思いがけず激しい言葉にピッコロは驚いて言葉を失った。
「好きなの……マジュニアさんが」
「好き?」
 思い詰めた表情のままアメリアはうなずいた。
「オレは……」
ピッコロは必死で言葉を探した。が、何も出てこない。こういう時に自分の気持ちを正確に言い表せるだけの言葉を彼は持っていなかった。

 長い沈黙のあと、うつむいたままのアメリアがぽつんと言った。
「わかったわ。あなたはわたしのことは好きではないし、これからも好きにならない。……そうなのね」
 ピッコロが何か言おうとするのにかぶせて彼女は言った。
「帰ります。もうここへは……来ません」
 でも、と、ひたむきな声は続く。
「最後にお願い。もう一度だけマジュニアさんの顔を触らせて。この手で覚えていたいの。忘れたくないの……あなたのこと」
 少しためらってから、ピッコロはマントを後ろに払い、黙ってひざまずいた。姫君に仕える騎士のように。それから、彼女の手をとって引き寄せた。
 あの時、彼をおびやかした声は今度は聞こえてこなかった。
 アメリアは小さく息をついてからそっと両手を彼の顔に当て、慈しむように頬を撫でた。細い指がおずおずと唇をなぞってゆく。
 やがてゆっくりと彼女の顔が近づいてきて、その唇がピッコロの唇にやわらかく触れた。
「さようなら……マジュニアさん」
 そっと唇を離しながらアメリアが囁いた。


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