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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第9章

「なぜ知ってるのって……」
 こっちが聞きたいくらいだ。なぜ彼女はドラゴンボールのことを知っているのだ?
 アメリアは上ずりそうになる声を抑えながら、ひとことひとこと確かめるように言った。
「セルゲームのあとで殺された人々がみんな生き返ったのは、ドラゴンボールの力―――そうなのね?」
「なぜそう思う」ピッコロが静かに訊き返した。
「だって、そんな奇跡が起こせるのはドラゴンボールだけだもの! 父さんが言ってた。7つ集めれば何でも願いが叶う不思議な球があるって。父さんはわたしの目を治すためにドラゴンボールを探して山に登って――死んだのよ!」
「おまえの父親が?」
 ヤムチャが代わりに答えた。「ブルマだってピラフ一味だって古い文献を調べてドラゴンボールの存在を知ったんだ。オレたちの他に知っている人間が現れたっておかしくはないぜ」
 アメリアは深くうなずき、砂の上に膝を立てて座り直した。
「父は学生時代、歴史を専攻していて、その時に古文書を見つけて偶然知ったって言ってたわ。でも、その時は単なる伝説だと思って本気にしなかったって。信じるようになったのは、科学では解明できないような奇跡を目の当たりにしたからなの」
「科学では解明できない奇跡?」
「死んだ人が生き返ったんです。それも街ごと。見た人の話では、セルの時みたいに急に空が暗くなって、それで……」
「間違いない。神龍が現れたんだ。きみの言う通り誰かがドラゴンボールを使ったんだろう。いつのことだい?それは」
「わたしが生まれた時だから……14年前よ」
 ピッコロの片頬がピクッと動いた。そうとも知らず、ヤムチャは腕を組み、宙を見つめながら記憶をたどっている。
「14年前? 何かあったっけ。街中の人間が死んでしまうような大きな事故、いや、事件―――」
 彼は腕をほどいてあっと叫んだ。
「ピッコロ大魔王―――」
「そうよ!」
 アメリアは両目を手で覆って激しくかぶりを振った。
「14年前、中の都を破壊してたくさんの人を殺し、わたしの幸せをズタズタにした悪魔、ピッコロ大魔王よ!!」


 座っているアメリアを挟んでピッコロと向かい合って立っていたヤムチャは、口を半開きにしたまま呆然と顔を上げた。ピッコロは顔をこわばらせたまま、余計なことは言うなと目顔で告げている。
(この娘の身に何が起きたのか知りたい)
 口を閉じてごくりと喉を鳴らし、青ざめた顔でヤムチャはうなずいた。

 そして……アメリアは語り始めた。
「わたしの両親は結婚してからずっと中の都の郊外に住んでいたの。14年前、ピッコロ大魔王の放った一撃で、中の都が街ごと吹っ飛んだのは知ってるでしょう?」
 そうだ、あの時キングキャッスルの方角で、巨大なキノコ雲が上がったのをヤムチャは飛行機から見ている。世界征服を企んでいたピッコロ大魔王は、ちょうどあの時、悟空と闘っていたのだ。やつは闘いのさなか、中の都を吹き飛ばした。跡形もないほど徹底的に。
「その中に……吹き飛ばされた中にきみたちはいたのか?」
 アメリアはかすかに首を振った。
「いいえ。両親は都から山ひとつ隔てたところに住んでいたおかげで、直撃は受けずにすんだわ。でも、その代わり、爆風で家が全壊してその中に閉じこめられてしまったの。
 大怪我を負った父は動けず、身重だった母はそのショックで4ヶ月も早くわたしを産んだ。崩れ落ちた天井を家具が支えたわずかな隙間の中で……」
「それできみは目が……」
 ピッコロは打たれたように目を見開き、彼女の瞳を凝視した。彼が苦しそうに歯を食いしばり、アメリアから顔を背けるのを目の隅で見て、ヤムチャはためらいがちにそっと先を促した。
「どうやって助かったんだい? きみたち一家は」
「父の親友の――わたしは大きくなってからその人のことをボリジおじさまと呼んでたんだけど――その人が来てくれたの。連絡の取れない父の安否を気づかってやって来た彼は、壊れた家からわたしたちを救出すると、一番近いオレガノシティの大きな病院にすぐ搬送してくれたんです。そのおかげで両親は命を取り留めることができたの」

 うつむいて波の音に耳を傾けるようにしばらく言葉を切ってから、やがてまっすぐ顔を上げ、訴えかけるように彼女は言った。
「ボリジおじさまは都心部に住んでいたんです。この意味がわかる? 壊滅状態の中の都から、彼は生きて……ううん、『生き返って』やって来て、そして、わたしたちを助け出してくれたの」
 中の都の住民が全滅してから、ドラゴンボールで生き返り、その中の一人、アメリアのいうところのボリジおじさまが彼女たちを救いに来るまでの間、アメリアの一家は全壊した家の中にずっと閉じこめられていたことになる。

「おじさまは何も覚えていなかった。死んだのも一瞬なら、生き返ったのも一瞬で……。自分たちの身に何が起こったのか、あとになってニュースで知ったそうよ」
「それできみの親父さんはドラゴンボールの存在を信じたわけか。親友の口から直接、奇跡の体験談を聞いて……」
「ええ。それでも、わたしの目は初めのうち、治療次第で治る見込みがあったから、父もすぐにはドラゴンボールのことは考えなかったみたい。望みをつなげながら、わたしは何度か手術を受けていたの。だけど、どうにも手の施しようがなくなって、とうとう失明してしまった。6歳の時だったわ」
 ピッコロは重い足取りで海へ向かって数歩踏み出した。アメリアとヤムチャから背を向けたまま、彼の目は海に向けられている。しかし、彼の見ているものが海ではないことを痛いほどにヤムチャは知っていた。


 日が傾き、風が強くなってきた。ヤムチャは麻のジャケットを脱ぐと、そっとアメリアに着せかけた。
「ありがとう」
 アメリアは微笑し、片手でジャケットの襟元をかき合わせるように押さえた。もう片方の手で砂をすくい上げて指の間からさらさらとこぼしながら、物思いにふけるような表情で想い出を整理している。やがて彼女は再び口を開いた。
「それから父のドラゴンボール探しの旅が始まったの。医学では治せないわたしの目を奇跡の力で治すために。願いを叶えた後のドラゴンボールが石になって飛び散ることを知った父は、図書館のパソコンで世界中の天文データを検索したわ。中の都で奇跡が起こったあと、隕石のようなものが飛んできた地方はないか。そしてそのデータを元に世界中をしらみつぶしに探して回った。
 母は止めたそうよ。そんな途方もないこと、たとえドラゴンボールを見つけることが出来たとしても、全部揃うまでに何年かかるかわからないって」
 アメリアの母親の言う通りだ。非力な人間ひとりがドラゴンレーダーもなしに、7つものドラゴンボールをおいそれと見つけられるわけがない。
 オレたちはレーダーを持っていたんだ!
 ヤムチャにはとても言えなかった。なぜその時、オレたちはアメリアと知り合っていなかったんだろう。なぜ「今」なんだ?


「その頃、いろいろとよくしてくれたのがボリジおじさまだったの。世界中を放浪する父に代わって、必死に働いてわたしを育ててくれた母のために、彼はいい働き口を紹介してくれたわ。目の見えないわたしを受け入れてくれる保育園もね。安い家賃に釣り合わないほどいいアパートを借りられたのも、みんなおじさまのお陰だったの。でも……」
 その先を言いかけて、アメリアは唇を噛みしめ、うつむいて涙をこらえている。幼心につらかった想い出があるに違いない。
 顔にかかる髪を払いのけるようにして正面を向き、彼女は気丈にまた語りだした。
「そんな暮らしが2年続いたわ。わたしが8歳の時、父は突然ふらりと帰ってきたの。とてもやつれて別人のように老け込んでいたらしくて、そんな父を見て母はとても驚いてた。
 父はドラゴンボールを見つけて帰って来たわけじゃなかった。そうよね、初めっから見つかる可能性なんてゼロに等しかったんだもの。
 でも、その代わり、リュックの中には赤ん坊の頭ほどもあるダイヤモンドの原石が入っていたの」
「ダイヤモンド!?」
「ええ。ドラゴンボールを探しているうちに、北の都近くの山の中で偶然見つけたと言うの。他にもいっぱいあったんですって。そのうちのいくつかを持って山を下り、一番大きなものだけを残してあとはお金に換えたの。その分だけでも軽く1年分の生活費にはなったらしいわ。
 お金を母に渡すと、父はまたドラゴンボールを探しに行こうとした。わたし何度も止めたわ。『もういいじゃないお父さん、ドラゴンボールなんてなくたって、目が見えないままだっていい、家族みんなで暮らしたい』って」
 それに対してアメリアの父親は、さすがにもう徒労に終わる旅の繰り返しに疲れ果てていたのか、その夜一晩考え込んでいたという。思いがけず手に入れたダイヤの原石も彼の心を動かしたに違いない。それがあれば妻子も自分も一生楽に暮らしてゆけるのだ。ドラゴンボールを手に入れる夢など忘れ、娘がこのまま盲目で生涯を終えるという事実を受け入れさえすれば―――。
 だが、翌朝になって彼はまた旅支度に身を包むと、「これが最後だよ。これで見つけることが出来なければ、父さんはあきらめる」
 そう言い残して出て行った。

「それが父と会った最後だったわ」
 アメリアの目に涙が光った。唇を引き結び、目をしばたたいてから彼女は先を続けた。
「そのあと、父がジングル村近くの山で遭難して亡くなったという知らせを受けたの。父のお葬式に参列したボリジおじさまは、ダイヤの原石のことを知ると母に言ったわ。遺されたわたしたちの暮らしが立ち行くように、それを売却してあげよう。自分は高く売れるルートを知っているからって……。母はおじさまを信じて原石を渡してしまった」
「えっ、それじゃ……」
 表情を曇らせ、アメリアはうなずいた。
「だまされたの。嘘だったんです。彼はそれを持ったまま、二度と戻ってこなかった。きっとダイヤに目がくらんで魔が差して、それで……」
 アメリアの目に涙が盛り上がり、頬に伝った。
「それからしばらくして、母は長年の過労がたたって亡くなり、わたしは孤児院に入ったの。何年かして、おじさまが大富豪として中の都で名を馳せていると知った時は悲しかった……」
「なんてやつだ!」義憤にかられてヤムチャが叫んだ。「ぶっとばしてやる」
「いいの。もういいんです」アメリアはかぶりを振り、両腕でひざを抱えてその上に顔を伏せた。
 心から信じていた人に裏切られた―――彼女の震える肩は、その苦しみがどんなに大きいものだったかを語っていた。


 いつのまにか満潮になり、ピッコロの足もとを波が洗っている。彼には海水の冷たさもマントをはためかせる風の強さも感じることが出来なかった。ただ腕を組み、海の方へ顔を向けたまま、こみあげてくる苦い想いを噛みしめている。
「そうか……それでわかったよ。きみがドラゴンボールを知っていた訳が」
 長い沈黙のあと、ピッコロを気づかいながら、ぽつりとヤムチャが言った。アメリアは伏せていた顔を起こすと涙を拭き、思い詰めた表情で尋ねた。
「教えて。セルと闘ったのも、そのあとドラゴンボールを使ったのもあなたたちなんでしょ?」
「そうだよ」
「14年前も?」
「ああ。仲間がやったんだ。そいつは今はもういない。14年前に世界を救ってくれたやつは、セルと闘って今度もまた世界を救ったあと、あの世に行っちまったんだ」
「そうだったの……」アメリアは深く溜息をついた。


 その時、ようやくピッコロはゆっくりとこちらへ歩いて来た。両方の拳を握りしめて立ちつくし、アメリアを見つめている。やっとのことで彼は口を開いた。
「憎んでいるだろうな。ピッコロ大魔王を」
「憎む?」アメリアは唇を歪めて笑いを浮かべた。「憎むですって? そんな言葉じゃ足りないくらいよ。わたしから父さんを奪い、母さんを奪い、光を奪った。出来ればこの手で殺してやりたかった。たとえ今頃、地獄でのたうち回っていたとしても、あいつの罪は消えないわ。永久に!!」
 彼女の言葉の激しさは、そのまま自分の幸せを奪った者への憎しみだった。
 もし、今、ドラゴンボールの力で彼女の目が見えるようになったら、彼女のピッコロ大魔王に対する憎悪の念は少しは弱まるだろうか?―――ヤムチャは考えた。
 いや、そんなに単純な問題じゃない。アメリアにとって、ピッコロ大魔王というのは、彼女の幸せの全てを奪った悪の象徴なんだ。たとえ目が見えるようになったところで、彼女がやつに対して抱いている憎悪や怒りや恐怖といった負の感情は和らぎはしないだろう。

 ではこのまま何もしないでほうっておくのか。彼女の目が見えるようになる最後のチャンスを、みすみす失ってしまってもいいのか。
 ヤムチャにはどうすればいいのかわからなかった。ひとつだけわかっているのは、アメリアの目が見えるようになれば、ピッコロはもはや“マジュニア”でいることはかなわなくなる。つまり、永遠に彼女に会えなくなるということだった。


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