Cool Cool Dandy 〜The First Step〜
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第4章
ポポに促され、一同は神殿の中の一室に移った。お茶がふるまわれたあと、アメリアは持参したもうひとつの紙袋からきれいにラッピングされた小さな袋を取り出した。 「これ、わたしが焼いたクッキーです。と言っても、ほとんどマリーンに手伝ってもらったんだけど……。お口に合えばいいんですが」 「みなさんでどうぞ」と勧められ、遠慮なくそのひとつを口にしたヤムチャは思わず「うまい!」と叫んだ。まずくても社交辞令でおいしいと言わなければいけないと、内心ちょっと心配だったが、彼女の焼いたクッキーはお世辞抜きで香ばしくておいしかった。 アメリアがデンデやポポにも勧めている間、ヤムチャは傍観している隣席のピッコロに素早く耳打ちした。 「おい、せっかく作って持ってきてくれたんだ。うまそうに食って、にっこり笑って『おいしいよ』と言ってやるのが礼儀だぞ」 「オレは水しか飲まん」 ピッコロは横目でジロリとヤムチャを見て囁き返した。もちろんそれはデンデとて同じことなのだが、こちらは礼儀として食べなくてもちゃんと受け取っているのだ。 アメリアは何も知らずに「マジュニアさんもどうぞ」と袋をこちらに向けてくる。ヤムチャに脇腹を小突かれ、彼は仕方なくクッキーのひとつを手にした。うさんくさそうに眺めたのち、意を決して口の中に放り込み、顔をしかめてぼりぼりと噛み砕く。 何か言って欲しそうにしているアメリアにピッコロは言った。 「食って食えないことはない」 ちょっと傷ついた風情の彼女を、ヤムチャは、「あいつは味オンチでゲテモノ食いでね」と言って慰めたあと、とりなすようにラッピングのセンスを一生懸命誉めた。 (まったく何て不器用なやつだ。もうちょっと言いようがあるだろうが) ラッピングを誉められてアメリアは嬉しそうに顔を輝かせた。 「ありがとう。これはマリーンが包んでくれたの。彼女、とてもセンスがいいのよ。大切な人にあげるプレゼントだからって、うんと凝ってくれたの。おかげで恋人にあげるみたいねってからかわれちゃった」 自分ひとりで何もかもしたかったんだけど……と話す彼女はちょっと残念そうだった。こんなところまでひとりで乗り込んでくるほど行動的ではあるが、さすがに目が見えないと出来ないことはあるのだ。 屈託のないその笑顔に、くるくるとよく動く瞳が加わればどんなにチャーミングになるだろう。 「きみのその目」思わず言いかけてヤムチャはあわてて言い直した。「いや、ごめんよ。いきなりぶしつけなこと聞くけど、きみの目は見えるようになる可能性はあるのかい?」 好奇心から出た言葉ではなかった。出来るものなら力になりたいという、温かい気持ちがこもっていることがアメリアにも伝わったのだろう。彼女は淡々と自分の境遇について語り始めた。 「わたし、予定日より4ヶ月も早く生まれたんです。そのせいで未熟児 見えるようになる見込みはない、ということだ。これから先もずっと。 みんなは思わずアメリアの澄んだ瞳を見つめた。ヤムチャがすまなそうに言った。 「ごめん。辛いことを思い出させてしまったね」 「ううん」アメリアは勢いよくかぶりを振った。「わたし、とても幸せだったんだと思ってます。父も母もいっぱい愛情を注いでくれたし、両親が亡くなった後で入った孤児院でも、みんな仲が良くてほんとの家族みたいでした。 ルームメイトのマリーンも同じ孤児院で育ったんです。わたしより4つ年上の18歳なんだけど、姉みたいな……ううん、それ以上の存在」 あの声の娘か―――ピッコロはアメリアを自宅まで送り届けた時に聞いた声を思い出した。歯切れのいい、張りのある低めの声。 アメリアは続けた。 「孤児院の院長先生はかなりのお年で、腰を痛めて引退することになったの。でも、後継者がいなくてそのまま廃院することになったんです。子どもたちはてんでばらばらに、他の孤児院に引き取られることが決まったんだけど、マリーンは18歳になってたから、この機会に一人立ちすることにしたんです。 彼女、一緒に来ないかって言ってくれて……。お荷物になるだけだから、ずいぶん迷ったんだけど」 ―――あんたひとりくらい養えないほど、あたしが薄給だとでも思ってるの? 院長先生のつてを頼り、西の都で美容師として就職が決まっていたマリーンは、アメリアに向かって、そう ―――余計なことなんて考えなくてもいいのよ。その分しっかり勉強しなさい。あんたの生活費は出世払いにしといてあげるから。 「結局、その言葉に甘えることにしたの。都のほうから福祉手当がもらえるし、それを足したら何とかやっていけそうだったから。……それに、何よりも、わたしも彼女と離れるのはいやだった。それが一番の理由」 アメリアは肩をすくめて笑った。 ヤムチャが訊いた。「孤児院も西の都にあったのかい?」 「いいえ。中の都近郊のオレガノシティにあったんです。わたしが内陸育ちで海に憧れているのを知って、彼女、どうせ引っ越すんなら、海の近くにしようって、あのアパートを探してくれたんです」 アメリアはピッコロの方に向かってうなずきかけた。なるほど、あのあたりなら、都心へ出るにも海へ出るにもちょうどいいところだ。 「そのマリーンとやらは一緒に海へ行ってくれなかったのか」 ピッコロの口調にかすかな非難の響きを感じ取り、アメリアは必死に言った。 「マリーンが悪いんじゃないの。わたしがいけないんです。やっと引っ越しの片づけが終わったときに、彼女、手が足りないからって急にお店に呼ばれて。ひとりでぼんやり待ってたんだけど、そのうちだんだん海へ行ってみたいっていう気持ちがふくらんできて……」 気がついたら海へ向かうバスに乗り込んでいた。 結局、マリーンは2時間ほどで帰って来た。待ってればよかった。ひとりだけで先に行ったバチが当たったのかしら、とアメリアは苦笑した。おかげで海に落ちて溺れるハメになってしまった。 「じゃ、マリーンはさぞかしきみのこと、怒ったんじゃないのか?」 ヤムチャは笑いながら訊いた。デンデもポポもにこにこして聴いている。 「ええ、もう絶対にひとりで出歩いちゃダメだって。『あんたはボケボケしてるから、命が5つくらいあって、ちょうどいいくらいだわ』って言うの。今日だってマジュニアさんにお礼を言いに行くって言って、やっと外出を許してもらったんです」 ―――いい? アメリア、命の恩人にお礼に行くんだからね、失礼のないようにするのよ。 そう言い聞かせながら彼女の髪をセットし、眉を整え、顔によく映えるような優しい色合いの服を選んでやる。そんな面倒見のいい女性の姿が目に浮かんだ。 そしてまた、アメリアを前にすれば、そんなふうに誰もが親身になって構ってしまいたくなるだろう。出来ることなら何でも力になってやりたい―――いつのまにかそんな思いを抱かせてしまうような、不思議な雰囲気を持つ少女だった。 ヤムチャはデンデを振り向くと意気込んで言った。 「デンデ、おまえの何でも治してしまう力でアメリアの目を治せないか?」 「えっ、僕の力でですか!?」 アメリアは飛び上がった。「治す?わたしの目を?そんなことが出来るんですか?」 「出来るさ。言っただろ、デンデは神様なんだぜ。死にかけてるやつだって、こいつに触ってもらったら一発で元気になる」ヤムチャは胸を張った。 さえぎるようにピッコロの低い声が響いた。「やめておけ。無駄だ」 盛り上がりかけていた気持ちに水をさされて、ヤムチャは思わず気色ばんだ。 「な、なんで反対するんだよ――」 ピッコロ、と言いかけてヤムチャはあわててその先を呑み込んでごまかした。 「期待を持たせておいて、もし出来なければどうする?デンデの力は本人の ピッコロの言い分はもっともだった。しかし、試してもみないであきらめることは出来ない。ヤムチャはデンデとアメリアを説得し、可能性に賭けてみることにした。ポポは黙って成り行きを見守っている。 だが―――結果はピッコロの言った通りだった。いくらデンデが 「二人ともそんなにがっかりしないで下さい。目は見えるようにならなかったけど、でも、わたし、すごく嬉しいんです。初めて会ったばかりのわたしにこんなに親身になってくれて……。それだけで、わたし……」 あとは言葉にならなかった。彼女は涙ぐんでヤムチャとデンデの手を取ると、感謝を込めてぎゅっと握りしめた。 神殿を去るとき、アメリアは晴れやかな笑顔を浮かべて大きく手を振り、飛行機に乗り込んだ。彼女は今後いつでも自由に神殿に出入りしていいというお墨付きをデンデとポポからもらったのだ。ピッコロはそれに対してどう反応したものかと迷ったが、取り立てて反対する理由も見あたらない。 彼女が乗った機が小さくなって雲の波間に消えるのを見送りながら、ヤムチャがピッコロに言った。 「何だか憎めない子だよな。それにかわいいし」 「……」 「そうか、これからあの子の前ではおまえを“マジュニア”って呼ばなきゃいけないんだな」 「ピッコロではまずかろう」 「まあな。しゃあねえ、協力してやるか。“マジュニアさん”の遅かりし春によ」 「? 何のことだ??」 ヤムチャは笑って答えない。代わりにひとりでにやにやしている。 「おかしなやつだ」 ピッコロは再びアメリアの去った方角に目をやった。 |