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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第14章

 その時、静寂を破ってアメリアの後ろで轟音が鳴り響いた。続けざまに歓声が上がり、彼女のすぐ横をかすめて数台のオートバイが砂浜をすり抜けて行く。この海岸の砂は目が細かく詰んでいて、車やバイクで走ることが出来るのだ。
 息を呑んで体を固くした彼女の顔を、最後尾のバイクに乗っていた男が見て面白そうに笑った。あたりにはアメリアと彼らの他、人っ子一人おらず、ドライブウェイを走る車も今は途切れている。不穏な雰囲気を感じて、彼女は足早に砂浜から道路へと上がる階段へ向かった。そこにたどり着く前に、さえぎるように目の前をまたオートバイが横切って行く。
 一台、また一台。
 突如として見えるようになった目に慣れていないせいもあり、彼女はよろけて尻餅をついた。彼らの間で哄笑が上がる。
 あきらかに彼女をなぶっているのだ。アメリアの表情は恐怖に凍りついた。怯えきっているアメリアを見て、彼らの目の中に残忍な喜びの色が浮かんだ。やっとのことで立ち上がると、彼らはすぐさまやって来て彼女をあおり、道路の方へ逃げられないように、容赦なく海の方へと追い込んで行く。

 悪ふざけはだんだんエスカレートしてきた。彼らは突っ立ったままのアメリアを、とっとと走って逃げろとばかりに次々と突き飛ばし、足蹴あしげにして行く。息を切らせ、波打ち際に足を突っ込みながら彼女が逃げまどっても、彼らは追跡の手をゆるめようとはしない。
 ついにアメリアは足をもつれさせてその場に倒れ込んだ。あわてて体を起こした彼女を下卑げびた笑い声が包んだ。濡れねずみになりながらのろのろと立ち上がると、ひときわ甲高く耳障りな声でげたげた笑っていた男が、犬をけしかけるようにバイクを何度も空ぶかしした。

 そのとたん、男は突然のどを詰めたような表情になったかと思うと、そのままバイクから崩れ落ちた。その後で黒い影がかすめたような気がしたのは錯覚だろうか。主を失ったバイクは横倒しになり、エンジンの音を空しく響かせている。
 あっと思った時には、アメリアの視界は白いものでいっぱいに塞がれた。それがあちこち汚れて擦り切れたマントであり、自分をかばって前に立った誰かの背中を見ているのだと気づくのに時間がかかった。
「なんだ、てめえ」狂犬のようにひとりが吠えた。
 背中の主は押し殺した声で言った。
「これ以上くだらんまねをしてみろ。きさまらまとめて地獄に送ってやる」
 マジュニアさん!
 アメリアは声が出なかった。せつなさと安堵で息が詰まり、胸が締めつけられるようだ。後にいるだけで、全身の血が沸騰ふっとうするような彼の怒りが伝わってきた。


 仲間のひとりを誰も気づかぬうちにいとも簡単にのしてしまったピッコロの気迫に、不良どもは気圧されている。うかつにかかっていっては、それこそ地獄送りになることを見抜いているらしい。かといって、このまますごすごと尻尾を巻いて逃げるのは、彼らのチンケなプライドが許さないのだった。
 息詰まるようなにらみ合いが続く。と、そのうちに彼らのうちのひとりの顔がだんだんと青ざめていった。そこには信じられないという表情が浮かび、口をパクパクと動かして何か言おうとしている。
「お、おい、こっ、こいつ―――こいつの顔―――」
 仲間のおかしな様子にようやく他の連中も気づいた。
「なんだよ。この野郎がどうかしたのか」
「み、見た、見たんだ。オレ、ガキの時に。こいつの顔」
「はあ?」
「ま、間違いない。こいつ―――」男はひいーっと悲鳴を上げた。
「ピッコロ大魔王だ。昔、世界を征服しようとした、あのピッコロ大魔王だよ!!」

 彼らの間に一様に恐怖の表情が広がった。悲鳴を上げた男は、もう逃げる態勢に入っている。つられて一緒に逃げる者、半信半疑で立ち往生する者。その中で、一番年少らしい男が―――たぶん、彼はピッコロ大魔王の恐ろしさを頭に焼き付けることが出来ないほど、当時は幼かったのだろう―――仲間の慌てふためくさまをバカにしたように横目で見、ピッコロに向かってバイクで挑みかかってきた。
 ピッコロは男の車輪が自分に届く前に、眼光線で前輪を真っ二つに焼き切った。男はもんどり打ってバイクごと海の中へとすっとんで行く。彼らのうち、逃げずに残っていた者たちが、それを見てわあーっと悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。
 タイヤが砂にはまって動けなくなった者は、愛車を放り出して仲間のタンデムシートに必死でまたがり、海の中にはまった男は仲間に引きずり出され、荷物のように後に積まれて逃げて行った。置き去りにされたバイクが横倒しのまま、酔っぱらいがくだをまくようにうなり続けている。ピッコロはそれらに向かって腕を差し出し、次々と気功波を浴びせて蒸発させた。
 あとには静寂だけが残った。

 ピッコロはゆっくりと振り向いた。そこには一部始終を見ていたアメリアが、目を大きく見開き、蒼白な顔で氷の彫像のように立ちつくしている。
「ひどい目に遭ったな。服を替えてやろう」
 ピッコロがずぶぬれのアメリアに近づき、その頭上に手をかざそうとすると、彼女は怯えたように後ずさった。
「ピッコロ大魔王……ピッコロ大魔王ですって……? うそ……なぜマジュニアさんが……」
 ピッコロは手を下ろし、静かな声で言った。
「そうだ。オレはピッコロ大魔王だ。マジュニアというのは偽りの名だ」
 かすれた声で喘ぐようにしてようやくアメリアは言った。「わたしを……だましてたのね」
「違う! オレは―――」
「よらないで!!」
 ピッコロはハッと息を呑んでその場に釘付けになった。アメリアは震える両手に目を落とし、それからピッコロを見上げた。
「なぜわたしの目を見えるようにしたの? 一体何のために」
「こんなことでオレのやった事をすべて許してもらえるとは思わんが……。こうでもするより他にオレは償いの仕方を知らん」
「償い? 償いなんて言葉をなぜあなたが使うの? わたしから何もかも奪ったくせに。これ以上何が望みなの?」
 唇を震わせている彼女の瞳をピッコロはまっすぐ見つめて言った。
「聞いてくれ。アメリア」
アメリアは耳を塞ぎ、激しくかぶりを振って叫んだ。
「やめて! その声でわたしの名を呼ばないで。マジュニアさんの声で……。さぞ面白かったでしょうね。わたしがあなたに夢中になっているのを見て。そんなわたしをあなたはあざ笑っていたんだわ」
「違う!」ピッコロは思わずアメリアの腕をつかんだ。
「触らないで!」
 叩きつけるようにその手を振り払うと、燃えるような目で彼女はピッコロを見据えた。
「わたし、あなたを許さない。絶対に……!」
 そして、よろけながら小走りに駆け出した。その背中に向かってピッコロは言った。
「オレは二度とおまえの前に現れないつもりでいた。許せ。おまえを傷つけるつもりなどなかった」
 アメリアはぴくっと体を震わせ、足を止めた。そして、ためらいながら半分ほど顔をこちらへ向けた。
 ピッコロは口の端にかすかな微笑みを浮かべて言った。
「おまえが海を見られるようになってよかった」
 アメリアの目に見る見る涙が盛り上がってゆく。決して泣き顔を見せるものかというように、唇を白くなるほど強く噛みしめて顔をそむけると、彼女はまた走り始めた。その後姿が完全に見えなくなるまで、ピッコロはその場を動こうとはしなかった。


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