Cool Cool Dandy 〜The First Step〜
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第22章
マリーンは顔をそむけた。 「何しに来たのよ」 「これで最後にする。だから話を聞いてくれ。その上でまだオレのことが信じられないって言うんなら、きみのことはすっぱり諦める」 「あんたと話すことなんて何もないわ。なによ、モデルやってるようなあんな美人の恋人がいるくせに、どうしてあたしにプロポーズなんてするの」 ヤムチャは驚いて彼女の顔を見た。 「プーアルに会ったのか?」 「プーアル? ふん、それがジャスミンの本名ってわけね」 マリーンはあっという間に部屋に飛び込むと中から鍵をかけた。 「帰ってよ。もう来ないで」 ヤムチャはドアを叩きながら言った。 「聞けよ。プーアルは人間じゃない。変身型の動物なんだ。東部にはそういったヘンテコな動物がわんさといるんだぜ。ネコとウサギの中間みたいな感じの、しかもれっきとした男―――いや、オスだ」 「何ですって」 「あいつは何にでも変身できる。その特技を生かしていろんな人間に化けていろんな世界に潜り込んでるんだ。きみが見たそのジャスミンってモデルは彼の変身の一形態なのさ」 ドアの向こうでしばらくあっけにとられているような間が開き、次いで怒気を含んだ声が聞こえてきた。 「よくもそんな白々しい嘘を。バカにしないでよね」 「そう言うと思った。だからもう一度彼に会って欲しいんだ。一目見てもらえばきみもオレの言っている事が本当だってわかるさ」 ヤムチャの真剣な口調に彼女も少し心を動かされたようだった。 「いいわ。会ってやろうじゃない。今すぐここへそのプーアルとやらを連れて来て―――いいえ、あたしの方から行くわ。目の前で変身してもらおうじゃない」 「今すぐ? 今すぐはダメだな。あいつは仕事でまだ戻ってない」 「じゃ、明日でもいいわ」 「明日……もちょっと。まだロケ地にいるはずだ」 「じゃ、あさって」 「それも……無理っぽいな」 マリーンの怒りが爆発した。 「何よ! 結局会わせられないんじゃない。デタラメばかり言って。あんたなんてサイテーよ!!」 ヤムチャはドアの向こうの見えないマリーンを見つめ、しばし沈黙した。やがて気落ちした声でこうつぶやいた。 「そうか。ここまで言っても信じてもらえないんなら仕方ないな。どうしたってオレがいろんな女の子ととっかえひっかえつき合ってるって思いたいんなら、そう思えよ。これもわたくしの不徳の致すところでござい、だ」 彼は自嘲気味に乾いた笑い声をたてた。 「だけどな、これだけは信じてくれ。オレは世界中の誰よりもきみが好きだ。その意固地なところも気の強いところも口の悪いところも、全部ひっくるめて愛してる。 外で見るきみはいつもうんと背伸びして強がってハリネズミみたいにとんがってるけど、それは世間の荒波からアメリアと自分を守るために、たったひとりで戦っているからなんだよな。この家でアメリアとじゃれ合ったり、子どもみたいにクッションを抱いてくつろいだりしているのが本当のきみなんだ。 オレはそんなきみを守りたいと思った。いつもそばにいて、きみが肩の力を抜いて笑っていられるように支えてやりたい。そう思ったんだ」 ドアの向こうでマリーンが息を殺して聞いているのがわかった。しかし、返事はなかった。 「今度どこかで会った時は笑顔を見せてくれないか。友達としてのきみまで失いたくない」 ヤムチャは言葉を切って返事を待った。 「ダメか。わかった。オレも男だ。これできっぱり諦める。明日から遠征で東の都へ行くんだ。その間にきみへの未練を断ち切るようにするよ。 じゃあな、マリーン。元気で」 ヤムチャはドアの前でしばらくためらった。その気になれば拳でぶち破ることの出来る、一枚の薄っぺらいフラッシュドア。それが分厚い鉄の壁のように二人の間を隔てている。 やがて彼は小さく溜息をつくと、ゆっくりと玄関へ向かい、ふと振り向いて言った。 「アメリアのことは叱らないでやってくれ。オレが無理矢理頼み込んだんだ」 ドアの向こうはしんと静まり返ったままだった。彼はもう一度「じゃあな」と言うと外へ出た。 ヤケ酒を飲みたい気分だった。帰る途中、ヤムチャは車でコンビニに寄ってウイスキーを買った。マンションはもう目と鼻の先だ。車と人で混雑した道を神経を使いながらこれ以上運転する気になれず、一旦は乗り込んだ車から降りてそれをカプセルに戻すと、ポケットにねじ込んだ。夜風に吹かれながらコンビニの袋をぶらさげ、そこから歩いて帰ることにした。 彼の横に滑り込むように白い車が停まった。助手席の窓が開いて、長い黒髪の美女が運転席から営業用の微笑を投げて寄越した。 「乗りませんか」 「プーアル! どうしたんだ」 待ちきれないようにプーアルは変身を解くと、窓越しにヤムチャに飛びついてきた。 「ヤムチャさまあ! お久しぶりです。会いたかった〜!」 ヤムチャはプーアルに右腕でヘッドロックをかけながら、左のげんこつをグリグリと頭のてっぺんに押しつけて笑った。 「おまえ〜、人生は楽しむためにあるんだぜ。過労死するほど働いてどうするんだよ」 プーアルはばつが悪そうに笑っている。彼が原因でマリーンを失うことにはなったが、永年のよき相棒の顔を久々に見ると、苦い想いよりも嬉しさが先に立つヤムチャだった。 「共演者が急病で撮影が延期になったんです」 「そうか。とにかく帰ろう。疲れただろ。風呂に入ってゆっくり休めよ」 「ヤムチャさま。実は」 プーアルはヤムチャの目の前に浮かびながら、しゅんとして言った。 「ボク、ヤムチャさまの恋人に誤解されちゃったみたい」 「それならいいんだ。もう終わった」 「えっ、ボクのせいで!?」 プーアルの停めた車がちょっとした渋滞を引き起こしていた。苛立った後続車がクラクションを鳴らしている。 「おまえのせいじゃないさ。気にするなよ」 取りあえずは帰ろう、とヤムチャが促した。プーアルは助手席の窓から運転席に飛び込み、またジャスミンに変身した。ヤムチャが助手席に乗り込むのを待って、彼女は手慣れた動作で車を発進させた。 マンションのパーキングエリアに車を入れ、トランクから荷物を出した後、ジャスミンはカプセル化した車をバッグにしまった。大きなスーツケース2つを軽々と持ち上げたヤムチャのところに彼女は慌てて飛んで来た。 「あっ、ボク、自分で持てますよ」 「いいって。遠慮すんなよ。それより、その姿で『ボク』はないんじゃないか?」 ジャスミンはうふふふ、とまた営業用のスマイルをして見せた。 「これでどうかしら」 二人がマンションの入り口にある階段に足をかけたとたん、そばの植え込みからバラバラッと駆け寄る数人の足音が聞こえ、突然目の前が激しい光で真っ白になった。 「わっ、な、なんだっ!?」 「ヤムチャさま!」 ジャスミンが怯えた顔でヤムチャに取りすがったところを、更に白い光が四方八方から襲って来る。 「タイタンズのヤムチャ選手にモデルのジャスミン嬢ですね。お二人はいつから交際されてるんですか?」 「結婚のご予定は?」 「ヤムチャ選手はこちらのマンションにお住まいだそうですが、お二人の愛の巣と考えてもよろしいんでしょうか?」 興奮した口調で矢継ぎ早に質問攻めにする男や女の声が聞こえた。太陽を直接見てしまったような緑や青の丸いチカチカが、目の中からようやく消えると、ヤムチャの視界がはっきりして来た。 一目見るなり取り囲んでいる連中の正体を知って、ヤムチャはギョッとした。マイクやカメラを手に手に携えているのは芸能レポーターやゴシップ記事専門のカメラマンたちではないか。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。オレたちは何も」 「どうしましょう。ヤムチャさまあ」 ただでさえ長旅とハードスケジュールで参っているジャスミンは息も絶え絶えだ。まるで押しくらまんじゅうのように取り巻かれ、顔の前にマイクを突きつけられ、容赦なくフラッシュを焚き続けられて、さすがに温厚なヤムチャも切れた。 彼は思いっきり息を吸い込むと大きな声で怒鳴った。 「おまえらなあ―――」 「いいかげんにしなさいよ!!」 よく通る凛としたアルトが響きわたり、その場は一瞬しんとなった。声のした方を見ると、少し離れたところに頬を紅潮させた少女が両手を腰に当てて立っている。 「マリーン……」 ヤムチャは呆然とつぶやいた。 「誰だ?」「さあ……」といった声が報道陣の間で交わされ、彼らがまた獲物に向き直った時、マリーンは一言一言に力を込め、肩をいからせながら叫んだ。 「ヤムチャの恋人はその人じゃないわ―――こ、このあたしなんだから。あんたたち、何マヌケなことやってんのよ!」 この娘は何を言い出すんだろう―――そんな空気が報道陣の中で生まれた。若い女のレポーターが吹き出したのを皮切りに、あちこちで失笑がもれた。 「ただのファンだろ」 「思い込みって怖いわね」 「ストーカーじゃないの?」 人波をかき分けてヤムチャはマリーンの前に立った。彼の目は他の何も見ていなかった。微笑みを浮かべ、やさしい眼差しで見つめたあと、何も言わずにマリーンを強く抱きしめた。 すかさず続けざまにフラッシュが焚かれた。 「何よ。自分ばっか言いたいこと言って。あ、あたしにも……言わせなさいよ」 一生懸命涙をこらえながら、マリーンはヤムチャにしがみついた。 |
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