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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第3章

 それから1週間、神殿での生活は何事もなく過ぎて行き、ピッコロはアメリアという少女のことを忘れかけていた。いつものように彼が空中に浮かんで瞑想していると、目の前に人が降り立つ気配がする。
 彼は目を閉じたままで言った。「ヤムチャか」
 相手は日焼けした顔をほころばせた。
「久しぶりにおまえの顔でも拝ませてもらおうかと思ってな」
「フン。暇なやつだ」

「また女性に振られましたね? ヤムチャさん」
 背後から明るい声がしてヤムチャが振り返ると、デンデが無邪気な笑みを浮かべて立っている。その後ろにはポポが控えていた。
「よ、よくわかるな」
 焦りを隠せないヤムチャに、デンデは鷹揚おうようにうなずいてみせた。
「あなたの背中に哀愁が漂っています」
 デンデはポポを振り向き、目を輝かせて言った。
「どうです、ポポさん。僕も地球の皆さんの事情がわかってきたでしょう?」
 ポポはゆっくりとかぶりを振った。
「ヤムチャここへ来る時、いつも振られた時。誰にでもわかる。新しい神様、まだ修行足りない」
「そうですか……」
 ちょっとしょんぼりしたデンデにヤムチャは苦笑した。
「おまえらな、神様になる修行にオレをダシにするなっての」

 ピッコロは相変わらず空中に浮かんだままの姿勢で言う。
「きさまも恋愛とやらにうつつを抜かしてばかりいないで、ちょっとは修行に励んだらどうだ」
 ヤムチャは両手を開いてやれやれというように首を振った。「おまえにはわかんないだろうな〜」
「わからん。オレはナメック星人だからな。そこまでして女の後を追いかけ回す気が知れん」
「でも、おまえは地球生まれで地球育ちのナメック星人じゃないか。感覚としては生粋のナメック星人より、地球人の男に近いんじゃないのか」
「さあな。たとえそうだとしても、女とどうこうしようなどという気は起きん」
「ふえぇ。つまんねえ人生だぜ。よかったよ、オレ、ナメック星人じゃなくて」
「フン。勝手にほざけ」

 ピッコロは少し考えてから地面に降り立ち、改まった口調になった。
「なぜおまえたち地球人はひとりでは生きられない? なぜ男は女を、女は男を求める?」
 ヤムチャはおどけて目を丸くしてみせた。
「おまえもそんなことに興味を持つようになったのか。思春期ってやつだな。さては何だかんだ言って好きな女でも出来たか」
「茶化すな。答えろ。なぜだ」


 いつになく真剣な表情で恋愛について尋ねるピッコロを、ヤムチャは真顔に戻って見つめた。彼はつと神殿の縁まで歩いて行くと、ズボンのポケットに両手を突っ込み、下方に広がる雲の波に目を馳せたままで口を開いた。
「知ってるか? 男と女ってのはな、うんと昔に神様が作ったひとりの人間だったんだ。ひとりぼっちだった神様は寂しくてさ、土をこねて人間をひとり作った。そのうち、ひとりでは物足りなくてまたひとり作った。
 そうやって何人も作っているうちに、人間どもが悪さをするようになり、怒った神様は人間を一人残らず下界に投げ捨てちまったんだ」
 ヤムチャが下界に向かって物を放る仕草をしてみせると、デンデが目を見張って言った。
「ずいぶんと短気な神様ですね」
「まあな」
 ふふっと笑って目を細めながらヤムチャは続けた。
「投げ捨てられた人間は地上に落っこちた時、半分に割れて散り散りになった。その割れた片方が男で、もう片方が女だ。だから男も女も、自分の片割れを永遠に追い求め続けるのさ。また元通り一人の人間に戻るために」
「ポポ、初めて聞いた。それ、ポポがここに来るよりもっと昔の話」
「うーん、どうなのかな。これはオレが生まれた地方に伝わる神話だからな」
 ピッコロは下界に目をやった。てっぺんに雲をいただいたパオズ山が見える。
(片割れ、か……)
 だからチチはあんなに苦しんでいるのだろうか。やっと出会えてひとつになれた自分の半身、悟空を永遠に失ってしまったから……。生きながら体をもがれた苦痛が血の涙を流させるのか。


 その時、かなたの雲の切れ目に何かが光った。と、同時にヤムチャが声をあげた。
「おい、あれは何だ?」
 ピッコロの耳は一足早くそれが発する音を捕えた。飛行機のようだ。
 ヤムチャは片手をひさしのように目の上に掲げると、伸び上がって見ながら言った。
「ブルマの飛行機じゃないな」
 一人用の赤い小型飛行機は軽やかなエンジン音を響かせ、ふわりと神殿の前庭に着陸した。扉がスライドして、搭乗していた人物がタラップを降りてくるのを認めて、ピッコロは思わず叫んだ。
「アメリア!」
 うかつにも彼はこの少女に神殿の場所を教えたことを、この時まですっかり忘れていたのだ。

 ピッコロの声に気づくと、アメリアの顔いっぱいに嬉しそうな微笑みが浮かんだ。片手に紙袋をふたつぶらさげ、もう片方の手で杖をつきながら、声を頼りに彼の方へ歩いて来る。ペパーミントグリーンのミニのワンピースから伸びている、すんなりした足が眩しい。

 意外な展開に、あっけにとられてふたりを交互に見ているヤムチャたちの前で足を止めた彼女は、ピッコロに笑顔を向けて言った。
「こんにちは、マジュニアさん。わたし、とうとう来たわ!」
「マジュニア?」
 不審そうにつぶやいたヤムチャにピッコロは、黙っていろというように素早く目くばせした。
ポポはとっさにその意味を悟り、キョトンとしているデンデに小声で何か囁いている。

 ピッコロは彼女の飛行機を見て言った。「簡単な位置を言っただけなのに、よくここがわかったな」
 彼女は誇らしげに胸を張った。
「わたしの愛機はとても優秀なの。ナビゲーターにおおまかな位置を入力しておけば、あとはレーダーと自動操縦機能が働いて、どこへでも連れていってくれるのよ。あれのおかげでとても行動範囲が広がったわ」

 機体の腹にカプセルコーポレーションのマークが入っているのを見てとり、「ブルマのやつ、いろんなものを作るもんだよなあ……」と、思わずヤムチャがつぶやくのを聞きつけ、アメリアは顔を輝かせて彼の方を振り向いた。
「カプセルコーポのブルマさんとお知り合いなんですか?」
「あ、ああ。まあ、古くからの友達でね。腐れ縁てやつ」
「お友達ならぜひブルマさんに伝えてください! あなたの発明した道具のおかげで、とても充実した毎日を送ってる女の子がいるって。カプセルコーポの製品があるから、わたし、目が見えなくてもあまり不自由を感じずに暮らせるんです」
「きみは……?」
 アメリアはハッと我に返って頬を赤らめた。
「ごめんなさい。わたしったら、ひとりで盛り上がっちゃって……」


 彼女が名を名乗り、マジュニアことピッコロに命を助けられたいきさつを語り終えると――ただし、下着のところは省いてだが――居心地の悪そうな表情のピッコロを横目で見ながらヤムチャが冷やかすように言った。
「こいつが人命救助ねえ。どさくさにまぎれて変なことされなかったかい?」
「するかっっ。きさまじゃあるまいし」
「人聞きの悪いこと言うなよ。オレはおまえより紳士だぜ」
 むきになって言い合っているふたりを前にして、アメリアはくすくす笑った。
「マジュニアさんも面白い人だけど、お友達もやっぱり面白いのね」
「オレの名前はね、ヤムチャっていうんだ。よろしく」
 そこへポポがぬっと割って入った。
「わたし、ミスター・ポポ。おまえ、ここが神様の神殿と知ってて来たか?」
「えっ、神様!?」アメリアは飛び上がった。

 ポポの物問いたげな目がピッコロの目とぶつかった。ピッコロは背中につつつと一筋、冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、平静を装って説明した。
「事情があってな。この娘にここへ来ることを許した」
「あの、神様って……」アメリアがおそるおそる尋ねた。「じゃ、ここは天国なんですか?」
「天国っていうのとはちょっと違うけどね。神様はいるよ、ほら」
 ヤムチャがデンデの腕を引っ張ってアメリアの正面に立たせた。デンデはちょっとはにかんでいる。
「僕、新しく地球の神になったデンデと言います。よろしく」
「よ、よろしく……」

 しばらくあっけにとられていたアメリアが、やがて合点がいったように小さく叫び声をあげた。
「わかったわ、マジュニアさんが空を飛べたわけが―――天使だったのね!」
 ヤムチャが爆笑した。当のピッコロは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「え……違うんですか」
「きみって面白い子だなあ! 本当はさ、オレたちは普通の人間なんだ。ただ、人より違うところと言えば、ちょっと力が強くって、空が飛べるってことだけさ」
「空が飛べる――マジュニアさんだけじゃなく、ヤムチャさんも!?」
 アメリアは頬を紅潮させ、興奮を隠せないようすで続けた。
「それじゃ、それじゃ、もしかして、セルゲームの時に闘ったのはあなたたちなんですか!?
 マリーンが――マリーンって一緒に住んでるわたしの友達ですけど―――あの時テレビを見ながら実況中継してくれたの。彼女が言ってたもの。空を飛んで何人もの人たちがセルゲーム会場に来たって。 そんなことが出来る人がそこら中にいるとは思えないわ」
 ヤムチャは困ったように笑っている。
「何が何だかわからないうちに、セルはミスター・サタンが倒したことになってるけど、誰もそれを見ていた人はいないんですってね。……わたし、あの人は自分の力を少し大げさに言っているような気がするの」
 万人に崇拝される英雄を批判するのはさすがに気が引けたのか、アメリアは遠慮がちに言った。
「あのオッサンは稀代きだいのパフォーマーだからな」
 揶揄やゆするようにヤムチャが言うと、勇気づけられてアメリアは強くうなずいた。今や彼女の中の疑惑は確信へと変わったようだ。
「もしかしてセルを倒したのは、本当はミスターサタンじゃなくて―――」
「ここへ来るのを許したのは、そんなことを詮索させるためじゃない」
 ぴしりとピッコロが言い、アメリアはハッとして「ごめんなさい」と、口をつぐんだ。

「セルを倒したのはミスター・サタンさ。それでいいんだ」
 ヤムチャが優しく言い、慰めるように彼女の背中をポンポンとたたいた。
「気にするなよ、アメリア。あいつはああいう言い方しか出来ない不器用なやつだけど、見捨てないでやってくれよな」
「はあ……」
「ヤムチャ、きさま、訳の分からんことを言うな!」
「まあ、そう照れるなよ」
「オレがなぜ照れなきゃいかんのだ」
 ヤムチャとピッコロのやりとりを楽しそうに聞いていたアメリアが、ふと、「あ、忘れてた」と、腕に下げていた紙袋のひとつをごそごそともう片方の手に持ち替えた。
「マジュニアさん、これ、お借りしていた服と靴です。どうもありがとうございました」
 彼女はピッコロに向かって紙袋をまっすぐ差し出した。目が見えない分、他の感覚がそれを補うように発達しているのだろう。さっきから見ていると、彼女は声や気配を頼りに、相手の位置を寸分も違えずにいるのだった。

「それから、あの……」アメリアは言いにくそうにもじもじした。「お返しできないものは新しいのを入れておきました」
 下着のことを言っているのだ。一度身につけた下着を返すわけにもいかない。それで新品を買って返したのだった。14歳の少女が男性用下着売り場でトランクスを買うのには、さぞかし勇気がいったことだろう。
 そのあたりのことがわかるピッコロではないが、彼は別に関心も示さず、黙ってそれらを受け取ると、中も見ずに紙袋ごとポポに手渡した。
 ちらっと中をのぞいてみたポポは、ちょっと目を見張り、こんなものを女の子に着せたのか、という顔をしたが、慎み深く黙っていた。


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