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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第2章

 アメリアから解放され、ようやくパオズ山に着いたピッコロは、家の外で薪割りをしている悟飯を見つけると、心の底から安堵を覚えた。
「ピッコロさん!」
 目の前に降り立った師匠の姿に目を輝かせ、悟飯は切り株に斧を突き立てて手を止めた。
「元気そうだな、悟飯」
「はいっ、ピッコロさんも」
「ちょっと出られるか」
 いつものように、ピッコロが山頂の方を目で指し示した。嬉しそうにうなずくと、悟飯は家の中に向かって声をかけた。
「おかあさん、ちょっと出かけてきていいですか?」

 食器でも洗っていたのか、腕まくりをしたチチが濡れた手をエプロンの端で拭きながら外へ出てきた。見るたびに彼女のお腹は大きくふくらんでゆく。ピッコロの視線は思わずそこに吸い寄せられた。
「ピッコロさ、久しぶりだな」
 穏やかに微笑んでみせたあと、ピッコロが自分のお腹をまじまじと見つめているようすに、チチはくすぐったそうに言った。
「だんだんでかくなっていくだべ? この頃は中からぼかすか蹴っ飛ばすだよ。きっと元気な男の子だべ」
「そうか。で、赤ん坊がその腹を破って出てくるのはいつだ?」
「えっ」と目を丸くして聞き返したチチは、ピッコロの腕をバチーンとはたいて笑い飛ばした。
「やっだな〜、ピッコロさってば。いつのまに冗談が言えるようになっただ?さては界王様んとこで、こっそり修行してきただな」
「いや、別に冗談のつもりでは……」
 不思議そうにキョトンとしている悟飯に向かってチチは説明した。
「心配しなくていいだ。赤ん坊はかあちゃんの腹を破って生まれてきたりしねえだよ」
「じゃあ、どうやって生まれてくるの?」
 無邪気に問われてチチは言葉に詰まった。ピッコロまで「地球人の出産」という、未知の分野に興味を引かれたのか、そっと身を乗り出して聞き耳を立てている。
「えっと、その……そうだな。瞬間移動で腹から出てくるだ」
「ええっ、ほんと? おかあさん」
「そ、そうだったのか……」
「僕もそうやって出てきたの?」
「まあそんなようなもんだ。さ、とっとと修行してくるだ」
 なんとなく納得がいかないような悟飯を適当にあしらって、チチは二人を追いやった。


 山頂の近くには滝がある。見上げると滝にかかった虹がきれいな弧を描いていた。 滝の水が落ちるところには少し開けた草原があり、そこまで来ると悟飯ははしゃいで言った。
「今日も組み手にしますか? ピッコロさん」
「いや……」ピッコロはちょっとためらってから答えた。「少し疲れているようだ。ちょっとしたアクシデントがあってな。今日は滝の所で瞑想めいそうしよう」
「わかりました!」
 悟飯ははきはきと返事した。彼にとっては師匠と一緒に過ごせるなら、何だって構わないのだ。

 夕飯までの間、ピッコロと悟飯は宙に浮かんで瞑想をしたり、お互いの近況を語り合ったりして過ごした。
 しかし、ピッコロは今日のアクシデントのことを悟飯に言いそびれていた。
(別に取り立てて言うほどの事でもなかろう)
 自分自身に弁解するように彼は考えた。が、実のところ、小さな少女にやりこめられ、一般の人間にはタブーであるはずの神殿の場所をつい教えてしまったなどと、口が裂けても弟子には言えなかったのだ。

 夕闇が迫る頃、悟飯と共に彼の家の前まで来ると、ピッコロはいとまを告げた。悟飯は名残惜しそうな顔をしている。
「お母さんも元気になってきたから、今度は僕が神殿の方へ行きます。デンデにも会いたいし……」
「そうか。でも無理はするな。なるべく母親のそばにいてやれ。いいな」
「はい」
「また来る。元気でな」
 ピッコロは軽く片手をあげると、空へ飛び上がった。こちらを見上げ、大きく手を振る悟飯の姿がだんだん小さくなってゆく。その姿が見えなくなり、速度を上げようとした時、谷川のほとりにたたずむチチの姿に彼は気づいた。


 チチは肩を落とし、うなだれている。さきほどの陽気なチチとは別人のようだ。ピッコロが目の前に音もなく舞い降りると、チチは夢から醒めたようにハッとして彼を見た。その頬には幾筋もの涙が伝わっている。
 あわてて両手で涙を払い落とすようにして拭いながら、わざと明るい声で彼女は言った。
「もう帰るんけ? ピッコロさ。またちょくちょく来てやってけれな。おめえが来てくれると悟飯も――」
「そうやっていつも悟飯に隠れて泣いていたのか」
 チチは悪いことをして見つかった子どものようにうなだれた。
「いつもってわけじゃねえだ。この頃はだいぶ元気になってきただよ。
 時々……ほんの時々だけ、思いきり泣きたくなる時があって、そんな時だけここに来るだ」
 彼女は谷川の流れに目を落とした。静まり返った森の中で、清らかなせせらぎの音だけが聞こえている。しばらくそれに耳を傾けたあと、彼女は続けた。
「悟飯の前で泣くわけにはいかねえだよ。あの子は悟空さが死んじまったのは自分のせいだと思ってるだからな。おらが泣くたびに心の傷をえぐることになっちまうべ」
「そうしておまえは自分ひとりで全てを背負うつもりか」
「おらは大丈夫だ。女は強いんだべ。赤ん坊だって生まれるしな」
 その時、赤ん坊がお腹の中で足を強く突っ張ったらしく、チチが顔をしかめて笑った。
「ほら、また蹴っただ。元気があり余ってるみてえだべ」
 ピッコロの目がふとなごんだ。「男なら悟空そっくりになるだろうな」
「きっとな……」
 かすかに微笑んでピッコロを振り向いたチチの瞳がゆらゆらと揺れている。やがて、こらえていた想いが震える唇からせきを切ったように溢れ出た。
「ピッコロさ……悟空さはほんとにもう生き返れねえだか? どんなに神龍に頼んでもだめか? もしも、願いが叶うんだったら、おら、なんだってするだよ。教えてけれ……どうやったら悟空さを取り戻せるだ? 教えてけれ!!」
 すがりつくようなチチの瞳をまともに見ることが出来ず、ピッコロは苦しげに顔をそむけた。
「許せ……こればかりはどうにもならない」
 傷ついた獣のような声がチチののどからほとばしり出た。膝から崩れるようにその場にへたりこみ、悲痛な声をあげて泣き続ける彼女を見ながら、どうすることも出来ずにピッコロは立ちつくしていた。


 一番星が瞬く空の下をピッコロは神殿へ向けて飛んでいる。
 チチの嘆き……それは彼が生まれて初めて目の当たりにした感情だった。ナメック星人はあんな泣き方をしない。親兄弟が死んでも、あんなふうには苦しまない。たとえそれが最長老が死んだ場合であっても。
 同胞と共に故郷で暮らした経験のないピッコロだったが、それは彼の中にいるネイルの感覚が教えてくれた。
 もし、悟飯が死んだら……。仮定しただけでピッコロの血はすうっと冷えた。
(出来ることなら、オレは何度だって身代わりになってやる)
 だが、悟飯が万が一死んだときの自分の嘆きは、チチが悟空を失った嘆きと比べると、水と油のようにまるっきり違うもののような気がする。
(それはなぜだ。悟飯の母親が、チチが、女という種類の人間だからか?)
 答は見いだせなかった。


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