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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第12章

 それから二週間後。カプセルコーポレーションの研究室の中でブルマは考えをまとめるのに集中していた。
 新製品のアイデアがもう少しで生まれそうなのだ。ぼんやりとした構造がだんだんはっきりした形をとってゆく。あと少し……もう少し……。
「おい」
 いきなり大きな手で肩を強くつかまれ、彼女は飛び上がった。ひぃっと息を吸い込んだあと、耳をつんざくような雄叫びがあたりに響きわたった。


「驚かせないでよ! あたしをショック死させる気!?」
 ようやく息を整えると、ブルマは闖入者ちんにゅうしゃを怒鳴りつけた。ピッコロはジンジンしびれる耳を両手で押さえたまま、憮然とした表情で答える。
「オレは何度も声をかけたんだ。おまえこそオレの鼓膜を破る気か」
 ブルマは両手を腰に当ててぶつぶつ言いながら机の上の設計図を目で示した。
「今、大事なところを詰めてんだから、誰も取り次がないでって言ってあったのに」
「悪かったな。緊急事態だ。ドラゴンレーダーを借りたい」
「えっ」とブルマが目を見張った。「何かあったの?」
「訳は言えん」
「ふうーん」彼女は顎に片手をあてて考え込んだ。「悟飯くんの身に何かあったのね。違う?」
「貸す気がないならオレは行くぞ。自分の力で探すまでだ」
 そのまま行きかけたピッコロの背中に向かってブルマは叫んだ。
「待ちなさいよ。せっかちね。なにも貸さないなんて言ってないじゃない。悟飯くんのこと以外であんたがそんなに真剣な顔するなんて、きっとよっぽどの事なのね」
 ピッコロが振り返るとブルマはニッと微笑んでうなずいた。
「わかったわ。訳は訊かない。ちょっと待ってて。取ってくるから」


「あんたの願い、叶うといいわね」
 ドラゴンレーダーをピッコロに手渡しながらブルマが言った。
 願いか……。ピッコロはレーダーを見つめた。
 それが叶った時、すべてが終わり、すべてが始まる。
 そしてオレは裁きを受けなければならない。

 立ち去り際にピッコロはふと思い出して尋ねた。
「おまえの片割れはどうしている?」
 ブルマはちょっと目を丸くしてから、「ああ、ヤムチャの『神話』ね。あんたも聞かされたの」と大きくうなずき、笑って言った。
「あいつなら元気よ。相変わらずばかすか食べてよく眠ってるわ。まだ闘う気にはなれないみたいだけど」
「そうか」
「時が解決してくれるのを待つしかないのよね。ベジータも、チチさんも。でも大丈夫よ。二人ともこんなことで人生降りちゃうような、かわいげのある人たちじゃないんだから」
 あはははと豪快にブルマは笑い飛ばした。


 それからさらに一週間後。日が落ちると同時に、ネオンサインと車の騒音でにぎやかさを増してゆく西の都の繁華街を、ひとりの男が気落ちして歩いていた。
 ヤムチャはその日何十回目かのため息を漏らした。また恋人に振られてしまったのだ。してもいない浮気を勘ぐられて……。これで何人目だろう。
(オレにだけ片割れを作ってくれなかったんじゃないだろうな、神様は。あーあ、ギネスに申請でもすっか。世界一たくさんの女に振られた男! なんてな)
 力なく笑いながらふと顔を上げると、マリーンの働いている居酒屋が目に止まった。今日は月曜で確か美容室は休みのはずだ。なんとなく彼女の元気な顔が見たくなり、彼はのれんをくぐった。
「いらっしゃい!」
 ひときわ大きな声がかかった。見ると、マリーンもヤムチャを認めて「あっ」という顔をしている。「よう!」と微笑むと、彼女はこわい顔でにらみ返して来た。
「ご注文は」
 席についたヤムチャの前にどんと水を置きながら、言葉を放り投げるようにして彼女は言った。
「おっかないな。オレ、何か悪いことしたか?」
 マリーンは声をひそめた。「あんたに言ったわよね。アメリアを泣かせたら承知しないって」
「何かあったのか」ヤムチャは驚いて彼女の顔を見返した。
 マリーンは伝票を片手に注文を取るふりをした。二人が話すには店内はちょうどいいくらいの混み具合だ。ざわついていて、誰にも会話を聞かれる心配はない。
「こっちが訊きたいわよ。アメリアがね、この頃元気がないの。神殿にも行ってないみたいだし。あたしに隠れて泣いてるみたいだし。あの子、何を訊いても心配させまいとしてごまかしちゃうのよ。マジュニアさんと何かあったの?」
「いや、オレもこの頃神殿には行ってなくて……」
 アメリアたちの家に行った日から十日ほど後に、彼は神殿を訪れた。その時、ピッコロは修行に打ち込んでいて、ヤムチャの顔すら見ようとはしなかった。アメリアの話題が出るのを避けていたのかもしれない。
 そのあとはつき合っていた恋人とすったもんだがあり、時間もなく気持ちの余裕も失ったまま、気にはなりながらも今日まで来てしまったのだ。

 ふと思いついて彼はマリーンに尋ねた。アメリアの目がまだかすかに見えていた頃、一度でもピッコロ大魔王の顔を見たことがあるのかどうか。
「ないわ」唐突な質問にちょっと驚いて彼女は答えた。「視力があったって言っても、光を感じるとか物があるのがわかるとかいう程度だったみたいね。テレビや週刊誌が見えるようなレベルじゃなかったみたい。でも、それでよかったのよ。あんな恐ろしい顔、見なくて正解だったわよ」
「きみは知ってるのか? やつの顔を」
「ちょっと待って」マリーンは伝票に何か書き付けてから、ヤムチャのテーブルを離れた。あまり長く話し込んでいると不自然に見えるからだろう。いったん奥に引っ込んで大ジョッキと突き出しを手に戻ってきた。

「知ってるわ。最近見たのよ。『衝撃の映像――凶悪事件ファイル・世界の平和を脅かした悪魔たち』!」
 おどろおどろしく言いながら、今度は静かにジョッキを置き、「ほら」と店の奥の天井近くに据えられたテレビを指さして言う。
「このバイトを初めてすぐの頃だったかしら。お客が面白がって見てたのよ。ああいうの好きな人は好きだから。あたしは敢えて見たいとは思わないけどね。それでも、ピッコロ大魔王の映像が出た時はさすがに目が行ったわ。あいつはアメリアの仇みたいなもんだし」

 特に最近はセルゲームから一年経ったということで、英雄ミスター・サタンを讃える特別番組をしょっちゅうやっている。その中で、過去の大事件としてピッコロ大魔王の事件をついでに取り上げることがあるのだという。
(アメリアが今はピッコロ大魔王の顔を知らなくても、目が見えるようになればいつでもすぐに知ることが出来るということか)
 ヤムチャは胸騒ぎがした。アメリアが神殿にも行かず、泣いているって?
(ピッコロのやつ、彼女にすべてを話したんじゃないだろうな)
 今さら話してどうする。お互いに傷つき、傷つけ合うだけじゃないか。ピッコロ大魔王のやったことは、おまえがやったことじゃないんだ。おまえだって本当は根っからのワルなんかじゃなかったはずだ。

 黙り込んだヤムチャをマリーンがじっと見つめていた。
「それが何か関係あるの」
「い、いや、何でもないんだ。忘れてくれ」
 慌てて言うヤムチャを彼女は不審そうに見てつぶやいた。「何か臭うわね」
 マリーンに本当のことを知られてしまったら、八つ裂きどころではすまないかもしれない。
(冗談じゃないぜ。オレはピッコロと違って、バラバラになってもハイ、元通りってな訳にはいかないからな)
「それより、神殿に殴り込みに行くなんて言うのはなしだぜ」
「心配ご無用。あたしは高所恐怖症なの。アメリアと違ってね」
「とにかく、オレ、明日にでも神殿に行って事情を聞いて来る」
「頼むわ。ついでにあたしの分も殴っといて」
 マリーンは物騒なことを言った。


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