Cool Cool Dandy 〜The First Step〜
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第20章
ヤムチャは返却するユニフォームを手にしてバーに向かった。行ってみると、マスターたちはちゃっかり色紙を用意して待ち構えていた。彼らとひとしきり世間話をした後、ヤムチャはバーを後にした。繁華街を抜け、大通りから一本入った道をマンションが見えるところまで来たところで、向こうからやって来るマリーンを見つけた。 向こうもワンテンポ遅れてヤムチャに気づいた。そのとたん、彼女はくるりと背を向け、今来た道を脱兎のごとく駆け出した。 「マリーン! おい、どうしたんだ!?」 すぐに追いついてヤムチャが腕を掴むと、彼女は邪険に振り払った。 「気易く触らないでよ!」 「何を怒ってるんだ?」 マリーンは唇を引き結んだまま返事をしなかった。 「ちょうどいい。オレのマンションがすぐそこなんだ」 「知ってるわよ」 「え、わざわざ調べて来てくれたのか?」 「あんたが返事しろって言ったんじゃない! だから、電話より会って言った方がいいと思って……。あたしがバカだったわよ!」 彼女はぷいっと顔をそむけ、そのまま行こうとした。 「待てよ。一体何をそんなに怒ってるんだ」 「怒ってなんかいないわよ!」 ヤムチャはマリーンの両腕をしっかり掴んでこちらを向かせた。道行く人々がふたりを興味本位に眺めながら通り過ぎて行くが、この際そんなことはどうでもよかった。 彼女はふてくされたように言った。 「ベランダで女の人が洗濯物を取り入れてたわ。何度も確認したけど、あんたの部屋だった」 (プーアルだ!) とっさにヤムチャは言った。 「あれは……通いの家政婦のおばさんさ」 「へーえ、近頃の家政婦って、真っ赤なイブニングドレスで家事をやるわけね。おまけに長い黒髪で、はたちくらいの『おばさん』だったわよ」 「イブニングドレス!? あっ、コンパニオンだな。それともモデルの方か!」 仕事に出る前に急いで洗濯物だけ取り込んで行ったのだろう。今となってはプーアルの几帳面さが恨めしかった。 「いろいろとお盛んですこと」 にっこり笑ってマリーンは言った。が、その目は笑っていなかった。彼女は口元に笑みを浮かべたままでヤムチャの腕を振り払い、早足で歩き出した。 「ま、待てよ。誤解だ。あれはオレの相棒で、もうずっと何年も一緒に暮らしてる家族みたいなやつで。きみに紹介するよ。一目見てもらえばわかる」 まっすぐ前を向いたまま、ますます歩調を早めながら彼女は言った。 「いい度胸ね。同棲相手を紹介するですって? 言ったはずよ。あたしを他の女と一緒に扱わないで!」 「待ってくれ。返事をする為に来てくれたって言ったよな。NOなら電話でも事足りる。わざわざ足を運んでくれたってことは。YESか? YESなんだな?」 彼女は振り向きざまに力一杯叫んだ。 「NO!!」 同時に平手打ちが飛んできた。 銀河の中に舟を浮かべたように三日月がかかっている。凪いだ海面を涼風が吹き渡り、さざ波は穏やかに寄せては返す。 ピッコロは海に突き出た岩の上に立っていた。神殿から眺めているのもいいが、今夜は何となく波の音が聴きたい気分だった。 小さな流れ星がひとつ、夜空を走って消えてゆく。 その時、彼はハッとして耳をそばだてた。振り返ると岸辺に着陸した小型飛行機から少女がひとり、砂浜に降り立つのが見えた。ドライブウェイの街灯がその顔を白く照らしている。 「アメリア……」 「神殿に行ったけど、ポポさんもデンデさんも行き先を知らないって。でも、きっとここに来ているような気がしたの」 「なぜ来た」 「あなたに会わなければいけないと思ったから」 ピッコロは岩を蹴り、アメリアの前に降りた。自分をまっすぐに見上げているその瞳を見つめ返し、穏やかな声で彼は言った。 「オレを殺したいか」 彼女は黙ったままピッコロを見つめている。 一度は死んだ身だった。不思議と再び死ぬことへの恐怖はない。この命、欲しいというならこの娘にくれてやるのもいいかもしれない。 「オレがやったことを思えば許しを乞うつもりはない。ただし、殺るんなら頭を狙え。他の部分だとオレは何度でも再生してしまう」 アメリアは目を丸くした。「さすがはピッコロ大魔王ね。ヤムチャさんもそこまでは教えてくれなかったわ」 それから唇の端を上げて微笑んだ。 「わたしね、あなたの正体を知った時、裏切られたと思ったの。あなたがわたしをだまして心を弄んだんだ。そう思ったのよ。でも、いくら考えても頭が混乱するばかりだった。そんなこととても信じられなかったの。だって……あなたがわたしに示してくれた優しさは本物だったもの」 「アメリア」 「ヤムチャさんに全部聞いたわ。あなたがナメック星という星から来た異星人だということも、ピッコロ大魔王が産んだ子どもだということも。あなたは14年前にひどいことをしたあいつとは別人だったのね」 「違う。オレたちは地球人のように親と子が完全に別人格ということはない。オレはやつの記憶を受け継いだ生まれ変わりだ。現にこの手にはあの時、中の都を吹き飛ばした感覚が―――」 ピッコロが右手を開いて目の前に掲げると、アメリアはその手を取って両手で優しく包み込んだ。 「生まれ変わった後のあなたは悪いことをしなかった。悟飯さんをかばって命を投げ出した。ヤムチャさんはそう言っていたわ」 ピッコロはチッと舌打ちした。「ヤムチャめ、余計なことを」 「悟飯がピッコロを変えたんだ―――そうヤムチャさんは言った。でも、わたしは違うと思うの」 「何だと?」 「変えられたんじゃない。あなたは自分で変わったの。きっかけを与えたのは悟飯さんでも、それに呼応するものを持っていたのはあなたよ。誰ひとりとして自分を理解し、愛してくれる者のない異星で、頑なにこわばっていた孤独な魂が、温かい心に触れて目覚めたの。 わたし、わかったのよ。人は何も持っていなくても、自分を愛してくれる人がひとりいれば生きていけるわ。あなたもそれに気づいた。そうでしょう?」 「ふん、きいた風な事を。オレがそんな甘っちょろいやつだとでも思うのか」 「そうね。わたしはあなたの事を何も知らない。これからわかっていくつもりよ。ただひとつだけわかっているのは……」 アメリアはピッコロの手を自分の頬にそっと押し当てた。 「あなたが好きだということだけ」 ピッコロは静かに、だが、きっぱりと言った。 「悪いがオレはおまえの気持ちに応えることは出来ない」 「わかってるわ。今のわたしはまだ全然子どもだもの。悔しいけど、あなたの言う通りよ。だけど、見ていて。今にうんとステキな女性になってあなたを振り向かせて見せるから」 「い、いや。そういう事ではなくてだな。オレは恋愛というものが理解できんのだ」 アメリアの顔が輝いた。 「なあんだ、そんなこと。大丈夫よ。わたしも恋愛の初心者なんだから。どっちが先にオーソリティーになれるか競争よ」 「きょ、競争って―――」 アメリアはピッコロの手に頬ずりしてクスクス笑った。潤んだ目から涙が一粒頬を転がり落ち、彼の手で弾けた。 「おまえには負けた」 ピッコロは溜息をつき、フッと笑った。そのままそっとアメリアの瞼に唇を押し当てると、睫毛に溜まった露のような雫を吸った。 海の味がした。 |