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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第15章

 殺気立ったマリーンがヤムチャの働くバーに乗り込んで来たのはその3日後の夕方だった。
 その日はちょうどミスター・サタンの偉業を讃えるイベントが近くのドーム球場で開かれており、サタンシティからわざわざ本人がやって来ると言うので、西の都は街を上げての大騒ぎとなっていた。
 普段の夕暮れ時なら若者があふれ出すこの街も、さすがに今日は人通りが絶えて閑古鳥が鳴いている。

 ヤムチャは初老のマスターと二人で店を開ける準備をしていた。他にも従業員が二人いるのだが、今朝になって急にひとりは「腹痛」、もうひとりは「風邪」で休みを取っていた。
「世紀の英雄は誰でも見てみたいもんだからね」
 人のいいマスターは理解のあることを言う。こんな調子でやって行けるのかとヤムチャは心配してみたりもするが、意外とこういうおっとりしたマスターの人柄が受けて、かなりの固定客がついているのだった。
「今夜は店を開けたって誰も来ないんじゃないですか」
「言えてるな。とっとと閉めて、わたしたちもミスター・サタンを見に行くとしようか?」
「ははっ、オレは遠慮しときますよ。おっさんを見たって目の保養にはならないし」
「バチ当たりなことを言うなよ」笑いを含んだ声で言うと、マスターはふと思い出して言った。「あと数週間後にはきみがあのドーム球場で観客を沸かせるんだな。今夜のミスター・サタンのように」

 ヤムチャは以前少しの間だけプロ野球の選手をしていたことがある。その球団からまた是非にと請われて復帰することになったのだ。どれだけ続けるかは決めていないが、一度しかない人生だ。ひとつのことにこだわらず、何でもやってみようと彼は決めていた。
 セルゲーム直後から働き始めていたこの店ともあと少しでお別れだった。ヤムチャの人物を見込んで自分の店を任せるつもりだったマスターは、「ちょっと残念だが」と前置きしてから言った。「何事も若いうちだよ。でも、いつでも好きな時に戻って来てくれればいいんだよ。きみの居場所は空けておくから」


 気心の知れたマスターと彼がそんな話をしていると、息を切らせたマリーンがドアを開けて入り口に立ち、カウンターの中のヤムチャを見つけるなり叫んだ。
「地図を書くならもっとわかりやすく書くもんよ! どれだけ探したと思ってんの。家に何度電話したって捕まらないしさ」
 何か困った事があった時は連絡しろと、彼はこの前居酒屋で会った時に、彼女に自宅の電話番号と一緒に、働いている店の名前と地図を書いて渡しておいたのだ。彼が働いている店はマリーンの居酒屋と同じ繁華街の中にある。ただし、同じと言っても端と端に離れていて、歩いて行くとちょっとした距離だ。

 ピッコロがアメリアに別れを告げ、そのせいで彼女が沈んでいるのだということは、3日前に神殿から帰ってすぐに美容室のマリーンに電話を入れて話してある。その後でまた何かあったのだろうか。
「何かあったどころじゃないわよ。もう、男なんてサイテー! あんたもこうなったからにはちゃんと責任取りなさいよね!」
「ちょ、ちょっと待て。人聞きの悪いこと言うなよ」
 聞こえないふりをしている―――と言っても、狭い店内でそれは無意味なのだが、一応礼儀として―――マスターの方を気にしながらヤムチャは焦って言った。
「ヤムチャくん」マスターはすました顔で口髭を撫でた。「やっぱりわたしはミスター・サタンを見に行くことにする。めったにない機会だしね。後はたのんだよ」
「み、店はどうすんですか、マスター」
 助けを求めるようにヤムチャが言いすがった。
「たぶんお客さまはその人で最後だよ。お帰りになる時、きみも一緒に上がっていいから。戸締まりだけ頼むよ」
 余計なところで物わかりのいいマスターは、ヤムチャの耳元に素早く口を寄せて、「女の子を泣かすんじゃないよ」と囁いたあと、「それじゃごゆっくり」とマリーンに微笑むと、鼻歌混じりにさっさと店を出ていった。気を利かせてドアの外に「臨時休業」のプレートをぶら下げて―――。


「さてと聞かせてもらおうか」
 ドアが閉まってしばらくしてから、ヤムチャはカウンターを回って来てマリーンに椅子を勧め、自分はその隣に座った。
「その前に何か飲ませて。歩き回って喉がカラカラなのよ。ビールでいいわ」
「調子に乗るな。きみは未成年だろ」
「オレガノシティじゃ18から軽いアルコールはOKよ」マリーンはうるさそうに言った。
「ここは西の都だ」
 一言一言区切るようにして言うと、ヤムチャは冷蔵庫からコーラとビールの缶を出して来て、それぞれの前に置いた。
「ずるいわ。自分だけ」
「しらふじゃ聞けない話なんだろ。いいから話してくれ」
 ヤムチャは缶ビールのプルタブを起こすと、一気に半分ほど飲んだ。


 マリーンの話はこうだ。
 3日前の夜、彼女が美容室の勤めを終えて帰宅すると、郵便受けにアメリアのクラスメイトからの手紙がついた1枚のフロッピーが入っていた。
「具合はどう? 今日の分のノートです。明日は元気な顔を見せてね!」
 手紙にはそう書かれてあり、末尾にマリーン宛にこれをアメリアに読んでやってくれとの断り書きがしてある。
(アメリアったら学校を休んだのかしら。そんなに具合悪そうじゃなかったけど……)
 それにしても、これが郵便受けに入っているということは、尋ねて来た友達はアメリアと会えなかったらしい。病院にでも行ってて留守なのだろうか。

 いぶかりながらマリーンはフロッピーを眺めた。玄関の鍵を開けようとすると、ドアはすでに開いている。
「やだ……不用心ね。アメリア? いるの?」
 中に一歩足を踏み入れたとたん、マリーンはひっと悲鳴を上げた。左手のドアが開けっ放しになっており、薄暗い室内にうずくまっている人影が見える。
「ア、アメリア? あんた、そんなところで何してんのよ」
 部屋の中央にうつむいたまま座り込んでいたアメリアがぼんやりと顔を起こした。
「学校休んだのね。どこか具合悪いの? 病院行った?」
 マリーンが半分も訊かないうちにアメリアが飛びついて来た。
「マリーン!」
 泣き崩れるアメリアを抱きとめると潮の香りが立ちのぼった。おまけに服が生乾きだ。
「あんた、海に行ったのね。どうしたのよ、一体。またマジュニアさんと何かあったんじゃないでしょうね?」
 ビクッと体を震わせ、答えるかわりにアメリアはさらに激しく泣き出した。すでに散々涙を流したあとなのか、泣き疲れたようなかすれた声だった。彼女を抱きかかえたままマリーンは途方に暮れて灯りのスイッチに手を伸ばした。
「ちょっと待って。とにかく落ち着いて」

 灯りがつくなりアメリアは眩しそうに手で目を覆って顔をそむけている。マリーンは目を見張った。
「アメリア、あんた、目が……」
 肩をつかんで正面からその瞳をのぞきこむと、力強い光が中に宿っているのがわかった。マリーンは大声で叫んだ。
「やった! やったわ! 見えるのね。すごい。こんなことって……神様!」
 アメリアを抱きしめて泣き笑いをしていると、彼女がうわごとのようにぽつりと言った。
「見えないほうがよかった……」
「どうしたのよ。何を言ってるの」
「ひどい……ひどいわ……」
「アメリア!?」


「それで……どうしたんだ?」
 考え込みながら聞いていたヤムチャは4本目の缶ビールを取ってきて開けた。手が震えている。いくら飲んでも酔いは回って来ない。
 マリーンは腹立ちまぎれに肩をすくめた。
「どうもこうも……それ以上は何を訊いても貝みたいに口を閉ざしたままよ。あの子、ああ見えても結構頑固なんだから。でも、マジュニアさんが関係あることは確かだと思うわ」
「今、彼女はどうしてる?」
「家よ。学校には一週間の欠席届を出したわ。目の手術をしたってことにしてあるの。まさかドラゴンボールで目が見えるようになりました、なんて言う訳にはいかないでしょ。
 どっちにしろ、あの子には休息が必要だわ。いろんな事があり過ぎて体も心も参っちゃってるのよ」
 かわいそうなアメリア……とマリーンはつぶやき、当てつけがましくヤムチャを見た。“マジュニアさん”に直接腹立ちをぶつけられない分、その矛先は彼に向かっているらしい。

 ヤムチャは険しい顔をしている。
 アメリアの反応から見て、考えられることはひとつしかなかった。彼女は目が見えるようになったあとでピッコロに会ったんだ。そして、何もかも知ってしまった。
 ふと気づくとマリーンはまだこちらをじっと見つめている。
「あんた何か知ってるでしょ。そんな顔よ」
「い、いや、オレは―――」
「言いなさいよ。隠さないで! そもそもなぜマジュニアさんは急にアメリアに神殿に来るななんて言いだしたの!?」
「いや、だから―――」
「あの子のことが嫌いになったって言うの?」
「そうじゃない」
「それじゃ何で今更もう会えないなんて言うのよ! ドラゴンボールは自分ひとりで集めるなんて言ってアメリアに気を持たせといて、あの子の気持ちを弄んだんだわ!」
「そんなこと言うけどな、ピッコロだって悩んでいたんだ!」
 言ってからしまったと気づいたがもう遅い。マリーンはこわばった顔で聞き返してきた。
「今……何て言ったの? ピッコロ……? ピッコロってあのピッコロ大魔王のこと?」
 椅子を蹴るようにしてマリーンが立ち上がった。そのひょうしに彼女の体がグラッと傾いたかと思うと、そのままヤムチャの胸に倒れ込んで来た。
「お、おい、こんなところで困るよ。オレだって心の準備が……って。あれ? マリーン、マリーン? どうしたんだ!?」
 彼女は気を失っていた。


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