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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第7章

 アメリアの初恋はかなうだろうか?
マリーンの話を聞いてから数日後、神殿でポポが煎れてくれたジャスミン茶を味わいながらヤムチャは考えた。
(相手があのピッコロだからなあ。あの子もよりによって……。もっと違う相手、たとえば、せめて恋愛って何なのかくらいは知っているやつに惚れればよかったんだ。そう、オレみたいに。……いや、オレはダメだ。惚れられたって困る。中学生は守備範囲に入ってないからな。せめて高校を出て18歳くらいの、そう、マリーンくらいなら)
 そこまで考えてヤムチャは我に返った。
(何考えてんだ、オレは。それでなくたって今の恋人とゴタゴタしてるってのに。悪い癖だぜ。あーあ、人の世話なんて焼いてる場合じゃないんだよなあ)

 重厚な調度に囲まれた神殿の一室で、ヤムチャはデンデやポポと一緒にお茶を飲んでいる。彼は西の都の繁華街にあるバーでバーテンダーをしているのだが、夕方からの仕事にはまだ時間があった。
 今日の彼がいつもと違い、ついつい黙り込みがちになるのに気づいて、デンデがおずおずと訊いた。
「また振られたんですか? ヤムチャさん」
「過去形で言うな、過去形で。現在進行形だ」
 お茶のお代わりいるか? とポポが差し出すお盆に、湯飲みを乗せながらヤムチャが答えているところへ、ピッコロが入ってきた。
「よお、色男」
 意味不明の言葉に怪訝けげんな顔を返したピッコロは、ヤムチャを見ると呆れて言った。
「また、きさまか。こんなところで油ばかり売っていていいのか」
「ご挨拶だなあ。せっかく遊びに来てやったのに。この女っ気なしの味気ない禅寺みたいな雰囲気が、オレの傷心を癒してくれるのさ」
 ヤムチャは続けて訊いた。「ところで、姫は今日は来ないのか?」
 凝った透かし彫りのついた布張りの椅子に腰をおろしながら、ピッコロはむっつりと言う。
「あの娘が来るかどうかなど、いちいちオレの知ったことか。オレはガキの子守りじゃないんだ」
「でも、もう4日も顔を見てないから、そろそろですよ」
 デンデがそわそわしながら口をはさんだ。ポポまでが何となく落ち着きをなくしている。
「ほら、素直じゃないのはおまえだけだぜ、ピッコロ。あんなかわいい子に慕われて、よくまあそんなバチ当たりなセリフが吐けるもんだ。悟飯が『ボク、ピッコロさんが大好きです』って言うのと、アメリアが『マジュニアさん、大好き!』って言うのとでは、全然意味が違うんだってこと、おまえ、わかってるのか?」
 ヤムチャはアメリアのセリフのところで彼女の声色をまね、両手を頬に当てて、くねくねとしなを作りながら言った。
「気味の悪いことをするな!」

 ヤムチャは両腕を組んで考えながらつぶやいた。
「だけどな、考えてみればデンデが彼女の目を治せなかったのは、ある意味でよかったのかも知れないぜ」
「どういうことだ」
「おまえたちナメック星人の見てくれは、正直言ってオレたち地球人とは違いすぎる。天下一武道会みたいなところなら、ギランだの男狼だのっておかしな連中にまぎれて、おまえの姿も奇異には映らないが、おまえがターバンとって普通に街なかを歩いてみろ。プロレスラーや関取の連中が闊歩かっぽするより目立つぜ、きっと」
「何が言いたい」
 ヤムチャは言いにくそうに言った。
「目が見えないままでいたほうが、あの子の夢を壊さずにすむ。怒るなよ。つまりさ、あの子の目が見えるようになっちまうと……その……ショックじゃないかと思うんだ。おまえの姿を見た時に」
「ネイルはナメック星で一番の美形とうたわれていた。そのネイルとオレは瓜二つだ。デンデだって、村じゃ器量よしで通っていたんだ。きさまら地球人の感覚はどうかしている」
 ピッコロは自分の容貌にケチをつけられて、少なからず傷ついているようだった。


 その時、前庭で聞き慣れた声が「こんにちはぁ」と言った。とたんに味気ない禅寺がぱっと花が咲いたようになるから不思議だ。
「アメリアさんだ!」デンデが目を輝かせて飛び出してゆく。その後にポポがゆっくりと続いた。思わず腰を浮かしかけたピッコロは、ヤムチャが自分の方をおかしそうに見ているのに気づくと、咳払いをひとつして座り直した。
「迎えてやらなくていいのか?」
「オレは子守りじゃないと言ってるだろう」
「へいへい」
 外でアメリアとデンデがはしゃいでいる。「明日はテストだから、あまり長くいられないの」と残念そうに言う彼女の声が聞こえてきた。
「さて……修行でもするか」
 わざわざ口に出して言うと、ピッコロはやおら椅子から立ち上がった。自分は何も関心がないんだという顔で、そのままアメリアたちのいる庭へと出ていく。
 ヤムチャはその場で声を殺して笑い転げた。


 アメリアがせっせと神殿に通ってくるようになって数週間が経った。彼女が来たからといって、ピッコロは修行をやめたりするはずもない。アメリアもそれは承知していて、神殿でデンデやポポとおしゃべりすることもあるが、もっぱら、ピッコロが瞑想する横で、木にもたれて電子本を読んだり宿題をしたりしている。“マジュニアさん”が相手をしてくれなくても、ただそばにいるというだけで彼女は満足しているらしい。
 そして、ピッコロの修行が終わると、待ちかねたように彼女は身の回りで最近あった出来事――学校のことや友達のことなど――を嬉しそうに話し、ピッコロもそれを黙って聞いてやっている。もっとも彼の場合、気の利いた相槌あいづちが打てないので、ただ黙っているということなのだが。
 ヤムチャに言わせれば、「何をチンタラまだるっこしいことをやってるんだよ」というところだ。しかし、これがアメリアにとっては結構幸せな時間なのだった。
 ピッコロの気持ちは端で見ていてもよくわからない。悟飯の相手をする延長のように、ただ単に行きがかり上知り合いになってしまった子どもの面倒を見ているという感覚なのか、それとも、まがりなりにもアメリアをひとりの女性として意識―――ナメック星人にそれが可能ならばの話だが―――しているのか……。当の本人にもわかっていないのかもしれなかった。


 神殿には地球上のどこよりも季節が早く届く。さえぎるもののない青空から強烈な日射しが降り注いでいる。まるで夏を思わせるような陽気だった。
 アメリアはいつものようにケヤキの根方に座り、帽子を取ってハンカチで額の汗を拭いた。ふうっと息をついてから幹にもたれ、木立を吹き抜ける涼風に耳をすますようにして目を閉じている。太い枝が天に向かって手をさし伸ばし、青々とした葉を繁らせて心地よい日陰を作ってくれていた。
「いい風ね」
 ピッコロがそろそろ瞑想を切り上げようとする潮時がわかってきたのか、彼が地面に降りてくるのと同時にアメリアは言った。
 その時、さっと強い風が吹いて膝の上の帽子が飛んで行ってしまった。
「あっ」
 帽子はふわりと飛んで、庭の片隅にある茂みの上に落ちた。つかつかと歩いて行き、無造作にそれを拾い上げたピッコロは、茂みの中に何かを見つけたらしく、小さな声を漏らした。
「どうしたの、マジュニアさん」
「いや……」何でもない、と言いかけ、思い直して彼はアメリアのところへ戻って来た。帽子を手渡すと、そのまま彼女の腕をつかんで茂みの方へと引っ張ってゆく。

 訳がわからないままにピッコロに従ったアメリアは、彼が自分の両手を取り、何か柔らかいものに触れさせようとするのに気づいた。
「これは?」
「アジサイだ。まだ蕾だがじきに咲くだろう」
「アジサイ……」
「この花はオレの故郷に咲く花に似ている」
 ぽつりとピッコロがつぶやいた。
「マジュニアさんの故郷に? そこは遠いの?」
「ああ」ピッコロは見えない宇宙を見上げた。「果てしなく遠い」
「そう」アメリアは両手で愛おしむようにそっと蕾を包んだ。「帰りたいと思う? 故郷に」
「いや……」
 ピッコロは下界を見下ろしながら言った。
「今はここが故郷だ」
 アメリアは両手に包んだ蕾にそっと顔を近づけ、やさしくくちづけした。
「早く咲きますように」

 空は晴れて雲ひとつなく、彼方には紺碧に輝く海が見えている。ピッコロはアメリアに尋ねた。
「あれからまた海へ行ったか?」
「ええ。マリーンと一緒に一度だけ。彼女、仕事が忙しくてなかなか休みが取れないの。やっと行けて大喜びしてたわ。今度は危ないから桟橋へは近寄らないで、ちゃんと波打ち際でいい子にしてたのよ」
 アメリアはいたずらっぽく笑った。「また溺れてもマジュニアさんはいつもいつも来てくれるとは限らないでしょ」
「当然だ。オレはおまえの子守りじゃない。自分の身は自分で守るんだな」
 彼女は唇をとがらせた。
「わたし、子どもじゃありません。もう14よ。恋だって……出来るんだから」
(恋か……)ピッコロは思った。(この娘もいずれはチチやブルマのように、自分だけの片割れを見つけるのだろうか)
 物思いにふけっていた彼の耳に小さな悲鳴が聞こえた。ハッとしてそちらを見ると、いつのまにかアメリアが、神殿の縁へ向かっておぼつかない足どりで走って行く。
「バカ! そっちは――」
 ピッコロは駆け出していた。アメリアの足が縁を踏み外し、スローモーションのようにまっさかさまに下界へ向かって墜ちて行くのが見える。彼は飛び込み台からジャンプするように身を躍らせた。次の瞬間、引力に従って加速していく彼女の体をピッコロの腕が抱き留めた。

「バ、バ、バ、バカ野郎!! 死ぬ気か!?」
 ぜいぜい言いながらピッコロは腕の中のアメリアに向かって怒鳴った。人形のように大きく目を見開いて固まっていた彼女は、はあーっと体中の息を吐き出してから興奮して叫んだ。
「スカイダイビングだわ! まさか自分がするとは思わなかった」
「脳天気なことを言ってるんじゃない! 縁に近づくなと前から言ってあっただろう」
 アメリアは肩をすくめて「ごめんなさい」と謝った。
「帽子がまた風に飛ばされたの。手探りですぐ見つけられると思ったのよ」
 それから、彼女は飛びつくように両腕を回してピッコロの首ったまにかじりつき、嬉しそうに笑った。「マジュニアさんの嘘つき!」
「な、何をする。やめろ」
 柔らかな頬が顎に押しつけられるのを感じ、ピッコロはうろたえて叫んだ。ふわりとやさしい花の香りが鼻をくすぐる。
「わたしが危険な目に遭っても、もう助けたりしないんじゃなかったの?」
 彼は憮然として言った。「やはり、マリーンとやらの言う通りだな」
「え?」
「おまえは命が5つくらいあってちょうどいい」


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