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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第8章

「ね?」アメリアは顔を輝かせた。「このまま海へ連れて行って」
「海だと?」
「ええ。行ってみたいの。マジュニアさんと二人で」
 ピッコロはアメリアを抱いて宙に浮かんだまま、ちょっとためらった。神殿へ戻るにはほんのひと飛びだ。
「ね、お願い」
「……いいだろう」
 数分後には彼らは海にいた。


 平日だけあって、他に人影はない。砂浜から階段を上がったところにドライブウェイがあるが、そこも閑散としていた。時おり思い出したように通り過ぎて行く車のボディが、ガードレールの隙間からかいま見える。白い砂浜は美しいカーブを描いてかなたの半島へと続いていた。
 少し雲が出てきた。太陽はその合間に見えたり隠れたりして、日射しをやや和らげている。

 ピッコロは水平線を見つめていた。潮風をはらんでマントが帆のようにはためいている。その隣でアメリアは開いた両方のてのひらを耳の後ろに当て、さざ波の音に耳をすましていた。
「今日の海は機嫌がいいみたい。波の音が穏やかだわ」
 彼女は靴をとると、並べて砂浜に置いた。それからそうっと波打ち際へと歩いてゆく。
「おい」
 後ろから声をかけたピッコロを振り向き、人差し指を口に当てて「しぃーっ」と言ってから、また、耳をすますような素振りをした。
 静かに波が打ち寄せてくる。貴婦人のドレスの裳裾もすそのように。そちらへ向かって歩いて行き、波の先端がつま先に届くか届かないかのぎりぎりのところで、彼女は素早くスカートをひるがえすと、波から逃げるように小走りに戻って来た。
 と、今度は波が引いていくのを音で確かめながら、その波を追いかけてゆく。
「見て! すごいでしょう」
 仔犬がじゃれるように波との追いかけっこを続けながら、アメリアははしゃいで叫んだ。音だけを頼りに、うまくかわすものだとピッコロが感心して見ていると、思いがけず大きな波が襲ってきて、一瞬にして彼女の脚を捕えてしまった。
 きゃっと叫んだあとで、アメリアは「油断大敵」としかつめらしく言って笑った。

  しぶきが飛び散って、スカートがびしょぬれになっている。遊び疲れた子どもが家に帰るように、息を切らせてアメリアがピッコロのもとに戻ると、ピッコロは彼女の頭上に手を掲げて「じっとしていろ」と言った。
「え?」と彼女が聞き返す間もなく、アメリアの体は新しい服に包まれていた。
 今度は道着ではなく、ミニのワンピースだ。どうやら初めて彼女が神殿に着てきた服を参考にしたらしい。
 ピッコロの力に気づくと、アメリアは大いに驚いた。
「武道の他に副業で手品師もやってるの?」
「まあそんなものだ」


 砂の上に膝を立てて座り、アメリアはさらさらした砂の感触を手で楽しんでいる。ピッコロはその横に立って腕組みをしながら沖合をゆく船を眺めていた。
「やっぱり海のそばに住んでよかったわ。ねえ、マジュニアさん。わたし、海に初めて来た日に、さざ波の音を聴いて、潮風を胸一杯に吸い込んだ時、初めてだって気がしなかったの。
 還ってきた……そんなふうに感じたのよ。不思議ね。」
「地球では生物はみな海から来たと言う。おまえの中にもその記憶が残っているんだろう」
「海の記憶……」噛みしめるようにアメリアはつぶやいた。「もしもわたしの中に生まれる前に見た海の記憶が残っているんだとしたら……知りたいわ。この目で永遠に見ることができないのなら、せめてそれを思い出したい」
 出会ってから初めて見る悲しげな表情が彼女の横顔に浮かぶのを見て、ピッコロは尋ねた。
「目が見えるようになりたいか?」
「もちろんよ! この目が見えたら、見てみたいものはいっぱいあるわ。海もそうだけど、自分の顔やマリーンの顔も、友達や花や木や草や……ああ、世界中のすべてのものが見てみたい!!」
 彼女は海の方に向かって目をギュッと閉じてから開けた。まるでそうすれば見ることが出来るようになるとでもいうように。
 祈るように彼女がつぶやく。
「海は日によってその色を変えるんですってね。……見てみたい。今日の海はどんな色なの?」
「教えてやろう」
 こちらを振り仰いだアメリアの、その目を見つめてピッコロが言った。
「おまえの瞳の色だ」


「マジュニアさん……」
 しばらくして、アメリアは海の方へとまた顔を向けながら言った。
「わたし、海が一番見たいって言ったわ。でもほんとはね、もっと見たいものができちゃった。何だかわかる?」
「いや」
 彼女は顔を上げた。「見て。わたしの目に何か映ってるでしょう」
 ピッコロはアメリアの瞳をのぞきこんだ。ナメック星人としては美形の顔がそこに映っている。
「ね」アメリアはにこっと笑って小首を傾げた。「見えたでしょ」
「オレの顔か!?」
 驚いてピッコロが聞き返すと、力強くうなずいて彼女は繰り返した。
「そう、マジュニアさんの顔」
 スカートの砂を払いながら立ち上がり、まっすぐピッコロに向かって立つと彼女は言った。
「わたしね、音や気配でわからないものは手で触って確かめるの。マジュニアさんの顔が知りたい。……触ってもいい?」
 あっけにとられて立ちすくんでいるピッコロの胸に、アメリアは手を置いた。そのまま上へと手を上げて行き、背伸びをしてようやく彼の顔に触れた。柔らかなふたつのてのひらがピッコロの頬を包み込む。

(おまえたちナメック星人の見てくれは、オレたち地球人とは違いすぎる)
 耳の奥でヤムチャの声が蘇る。
 何とでも言え。アメリアは見かけで人を判断するような娘じゃない。
 だが、その時、さらに別の――低く押し殺したような声が彼の名を呼んだ。
 ピッコロ大魔王―――と。
 ピッコロは思わずぎくりと体をこわばらせた。怪訝な顔のアメリアがちょっと手を引いたが、彼が黙っていると、またためらいがちにその手を伸ばしてきた。
 声はまた呼んだ。

―――ピッコロ大魔王よ。

 まるで魂の底から響いてくるようだ。同化した神か?――いや、違う。それは、ピッコロ自身の声であり、かつて世界を恐怖に陥れた悪魔の声だ。
 あざけるように声は告げた。

―――そうだ。おまえはピッコロ大魔王だ。地球人どもと馴れ合っている間にそんなことも忘れてしまったか。その娘は無垢な手でおまえに触れ、すべてを感じ取ってしまうだろう。おまえが隠そうとしているすべてのことを。
 今のおまえがどうであろうと犯した罪は消えはしない。さあ、今すぐ真実を告げてやれ。自分はかつて多くの人々を殺し、街を破壊した悪の化身だと。
 信じることしか知らない娘の心に泥水を流し込んでやればいい。そうして娘の顔が嫌悪と恐怖に引きつるのを見るがいい。

 アメリアの指がピッコロの輪郭りんかくをなぞって行く。すべての罪を暴き立てるように……。
「やめろ!」
 自分でも知らないうちに彼は大声で叫んでいた。雷に打たれたようにアメリアの手が止まった。かすかに指先が震えている。彼女は両手をおろし、か細い声で言った。
「ごめんなさい……」
 呆然とするピッコロとうなだれるアメリアの周りを気まずい沈黙が包んだ。

 最初に沈黙を破ったのはアメリアだった。彼女はふうっと大きく息をつき、わざと明るく言った。
「マジュニアさんに嫌われちゃった」
「い、いや、オレは――」
 引き結んだ唇を無理にゆるめて、彼女は笑おうとした。
「いいの。わたしが無神経だったわ。……もう、いいの」


「こんなところにいたのかあ」
 唐突に背後で大きな声がして張りつめていた空気がはじけた。驚いた二人が振り返ると、たった今、空から舞い降りて来たばかりという様子で心なしか息をはずませ、ヤムチャが5メートルほど向こうからこちらへ向かって歩いてくる。
「探したぜ。おまえ思い切り気を抑えてるんだもんな」とピッコロに向かって口をとがらせたあと、アメリアに「よう、久しぶり。元気にしてたか」と声をかける。
「ええ、元気よ。ヤムチャさんもしばらく神殿に来なかったわね。どうしてたの」
 いつもの調子で答える彼女の微笑みが、どこか弱々しいことに気づかないほど、今日の彼はなぜか浮かれている。

 ヤムチャは一歩下がって両手の人差し指と親指で四角形を作り、その中からピッコロとアメリアを覗いた。カメラのフレームのつもりらしい。
「お似合いのカップル―――と言ってやりたいところだが、どう見たって少女をかどわかして来た悪漢の図、だな」
「そんなくだらんことをわざわざ言いに来たのか」ピッコロが苦々しい顔で言った。
「まあそう邪険にするなよ。いいニュースを持ってきたんだ。知ってるか? ピ――」
 ヤムチャはあわてて両手で口を押さえた。間一髪。
(いけねえ、危うく口をすべらすところだったぜ。ああ、面倒だな。ピッコロのやつ、いいかげんアメリアに本名を教えてやればいいんだよ。おまえは昔のピッコロじゃない。彼女だって話せばわかってくれるさ)
「どうかしたんですか、ヤムチャさん?」
 口を押さえたまま、ングングと言葉を呑み込んでいるヤムチャに、怪訝そうな顔でアメリアが訊いた。
「きさまの言ういいニュースなど、どうせ大したことはあるまい」
 ヤムチャは大げさにすねてみせた。「そんなこと言うなら教えてやらねえぞ。……なんてな。ま、いいか。オレは心が広いんだ。喜べ、悟飯が赤ん坊を産んだぞ!」
「悟飯の母親が、だろう」
「え? オレ、そう言わなかったか? ま、どっちだっていいや。めでたいことに変わりはない」
「調子のいいやつだ」

 はしゃいでいるヤムチャをピッコロが冷ややかに見ている横から、アメリアがおずおずと口をはさんだ。
「あの、ゴハンって?」
 ヤムチャは彼女を振り向き、説明しようとしてちょっといたずら心を出した。
「こいつが命がけで愛してるこ・い・び・と」
「えっ」
 さっとアメリアの顔が青ざめるのを見て、ヤムチャはあわてて言った。
「うそうそ。冗談だよ。命より大事にしてるってのはほんとだけどな。悟飯はこいつの愛弟子で、れっきとした男だ。そいつんとこに弟が生まれたんだ」
「弟――男か」
 ピッコロがちょっと目を見張った。やはりチチの言った通りだったか。
「女の弟ってのは聞いたことないけどな。見たら笑っちゃうぜ。まさしく悟空の子どもでございって顔してんだ。おまえもそのうち行ってやれよ。悟飯も喜ぶぜ」
「ああ、そうだな」
 ピッコロは弟の世話にてんてこ舞いをしているだろう悟飯の顔を想像して微笑んだ。
 この頃パオズ山には行っていない。チチに会うのが気詰まりだったせいもあるが、神殿を空けるのが何となく気が引けたのだ。一度何かの用で半日ほど留守にした時にたまたまアメリアがやって来て、彼の不在を知ると、たいそうがっかりしていたとポポから聞かされていたから……。
 十日ほど前には悟飯の方からやって来た。あまり長居をせず、ピッコロとしばらく話し、デンデと遊んでやったあと、「お母さんがもうすぐ予定日なんです。気になるから……」と言って帰っていった。
 予定日―――タマゴで産めないというのはなんと不便なことか。

「おっと、オレがわざわざおまえらを探し回ってたのは、悟飯の弟のことを知らせるためじゃなかった。大ニュースではあるが、一刻を争ってでも知らせなきゃってもんでもないからな」
 興奮気味にヤムチャは言うと、アメリアに向かって改まって尋ねた。
「アメリア、きみは面食いか?」
「はあ!?」
「いや、今そんなことを聞いたってわかるわけないよな。とにかく、だ。愛に障害はつきものなんだ。惚れてしまえばアバタもエクボ、タデ食う虫も好きずきってな」ヤムチャはそこでピッコロのほうを向いて言った。「それを期待しろよ」
「きさま、今度は頭でも打ったか」
「オレは正気さ」
 ヤムチャは目をらんらんと輝かせると、もったいぶってアメリアとピッコロを交互に見た。
「そうでなきゃ、こんなこと思いつくもんか。いいか、アメリアの目が今度こそ治せる。それも100%成功間違いなしだ」
「えっ!?」ピッコロとアメリアは同時に声を上げた。
「あと3ヶ月待たないといけないけどな。3ヶ月待てばちょうど1年だ」
「1年――」ピッコロがハッと気づいて叫んだ。「ドラゴンボールか」
「当たり!」


 セルゲームのあと、セルに殺された人々を生き返らせるために使ったドラゴンボールは、石になって世界中に散らばった。それが再び使えるようになる日まであと3ヶ月となったのだ。
 ヤムチャは嬉しそうに笑いながらピッコロの肩をたたいた。
「な、最初からこうすればよかったんだよ。物騒なことの後始末にばかり使って、のどかな目的に使うことがなくなってたから、すっかり忘れてたぜ。闘いボケってやつだな。大丈夫だ。自信を持て。おまえの顔を見て彼女は怖がるかもしれないが、どんな顔だって3日も見ていれば慣れる」
 笑顔のままアメリアを振り向いたヤムチャは、へなへなとその場に座り込んだ彼女の真っ青な顔に言葉を呑んだ。
 アメリアはかすれた声をしぼり出した。
「なぜあなたたちドラゴンボールを知ってるの……」


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