「にやけた顔をするな。こっちまで頭のネジがゆるんでくる」
幸せのまさに絶頂という感じで浮かれているヤムチャを横目で見て、いまいましげにピッコロが言った。彼はさっきから瞑想に入ろうとするところを、何度もヤムチャにノロケ話で邪魔されて、いい加減頭に来ていたのだ。
「この世の春ってのは今みたいな時を言うんだよなあ。遠征の最終日に電話をかけたら、あの意地っ張りが何て言ったと思う? 『寄り道してると家に来たって入れないわよ』―――こう言うんだぜ。くぅ〜っ、たまらんな」
「それのどこがたまらんのだ」
どうせ邪魔されるのなら、適当に相手をしてやった方がこの無駄話を早く終わらせられる―――ピッコロはそう考えて不承不承あいづちを打った。
「わからないかなあ。『寂しいから早く帰って来てね』って意味なんだぜ。ストレートにそう言われるよりグッと来るじゃないか」
「そういうものなのか?」ピッコロは腕組みをして首を傾げた。
「そういうもんなの」
でもなあ、とヤムチャは太陽がぎらぎら照りつける空を涼しい顔で振り仰いだ。恋に狂うと暑さ寒さも感じなくなってしまうらしい。不気味なヤツだ―――ピッコロはそっと横目でヤムチャをうかがった。
「マリーンはまだ結婚はしたくないって言うんだ。そりゃ18の若さじゃ無理もないかも知れないけど。オレは結婚したからって彼女を縛るつもりはないんだけどな。自分の店を持つまでは結婚しない、けじめをつけたいって言うんだ。オレ、そのうちじじいになっちまうよ。どうすりゃいいと思う?」
「知るか。じじいにでも化石にでもなるがいい」
「冷たいこと言うなよ。ピッコロ、おまえだってうかうかしていられないんだぜ」
ピッコロは溜息をつき、空中から降りてきた。今日は修行にならん。瞑想はやめだ。
「アメリアは今はおまえのことを好きでも、この先どうなるかわからんぞ。あの年頃ってのはさ、人生で一番変貌を遂げる時だぜ。14、5から20歳くらいまでっていうのは、固い蕾がだんだんふくらんで花開いてゆく年頃なんだ。毎朝目覚めるたびに彼女たちはベッドの中で脱皮している―――オレは密かにそう思うね」
「脱皮……」
考え込んだピッコロに気づいてヤムチャは慌てて言った。「ものの例えだ。本気にするな」
それから、からかうようにピッコロを見た。
「見かけだけじゃなく、心の方もどんどん成長して行く。だから、そのうちアメリアが『ピッコロさん、ごめんなさい。わたし、他に好きな人が出来ちゃったの』って言う時が来るとも限らないぜ」
「きさまはいちいち気色の悪い声音を使わんと話せんのか!」ピッコロは顔をしかめて言ってから、穏やかに続けた。「あの娘が地球人の男を好きになるのなら、それに越したことはない。本当の片割れに巡り会えれば、オレに対する気持ちなど、ただの恋愛ごっこだったと気づくだろう」
「男なら誰でもいいのか? どうしようもない女たらしにあの子が引っかかったら、おまえどうする?」
ピッコロは腕を組み、むう、と不機嫌な顔になった。
「その野郎をぶっとばす」
「それはあの子の保護者としてか? それともひとりの男としてか?」
ピッコロは答えなかった。ヤムチャはいたずらを仕掛ける子どものように笑った。
「いい方法があるぜ。おまえ神龍にひとつしか願いを言わなかっただろう。ということは、あと半年も待たなくてもドラゴンボールは復活するということだ。もう一度神龍に頼めよ。地球人の男にして下さいってな。そうすりゃ陰から見守ってやらなくたって、アメリアを自分の手で幸せに出来る」
ピッコロは薄く笑った。「フン、ごめんだな。オレはどこまで行ってもナメック星人だ。それ以上にもそれ以下にもなるつもりはない」
その時ちょうど聞き覚えのあるエンジン音が神殿に近づいて来た。迎えるためにピッコロは一歩を踏み出した。
一陣の風が彼のマントを勢いよくひるがえしてゆく。その後にヤムチャが続いた。
一人乗りの赤い小型飛行機が陽を受けてキラッと光った。ピッコロの姿を認めるとアメリアは窓を開け、手を振って大声で彼の名を呼んだ。
そのあと、彼らが見ている前で彼女はとんでもないことをしでかした。いきなりドアをスライドさせると、ステップに立ち、まだ10メートルも離れている神殿のピッコロめがけてジャンプしたのだ。
その時のことをあとでヤムチャはマリーンにこう語っている。
「まったく見ものだったぜ。ピッコロのあわてぶりときたら。やつは空中でつんのめってから2、3歩泳ぐと、オレも顔負けのヘッドスライディングで間一髪、アメリアを受け止めたんだ」
自動操縦の飛行機はくるりと旋回して前庭に着陸した。ピッコロは我に返ると、空中でアメリアをしっかり抱きかかえたまま怒鳴った。
「こっ、こっ、この―――はねっかえりが! オレの寿命を縮める気か!?」
アメリアは悪びれもせずに答えた。
「だって、一刻も早くピッコロさんに会いたかったんだもの」
それから幸せそうに笑った。透き通るような笑い声がどこまでも青い空にとけて行った。
(おわり)
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