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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第6章

「驚いたなあ、こんなとこで働いてるなんて。美容師じゃなかったのか」
「美容師は本業、こっちは副業」
 パキパキとした物言いでマリーンは答えた。他の従業員は厨房にいるのか、戸口からは見えない。往来の人々に目もくれず、なおも忙しく箒を動かしている彼女にヤムチャは尋ねた。
「バイトしないと生活が厳しいのか? いや、そうだよな。アメリアは働けないし、きみの稼ぎだけじゃ……」
 マリーンはきりっとした瞳をヤムチャに向けながら、ぴしゃりと言った。
「あたしの給料とあの子の福祉手当で充分やっていけるわ。でも、あの子のお金には手をつけたくないの。あたしにもしもの事があったら、アメリアは天涯孤独になっちゃうから」
 それから眉を寄せた。「ここであたしに会ったこと、アメリアに言わないで」
「彼女は知らないのか? きみがバイトしてること」
「そう。本業が忙しいってことにしてあるの。ただでさえ、あの子、気にしてるのよ。自分があたしの重荷になってるんじゃないかとか」
 そんなわけないのに、とマリーンは乱暴に箒を使った。

 しばらくして彼女は手を止めて箒を戸口に立てかけ、両手を腰に当ててヤムチャを上から下まで見た。
「あんた、マジュニアって人の友達だって聞いたけど」
「あ、ああ。まあ、そうだけど」
「どんな人? 教えて」
「どんなって……」
(またかよ―――だから、腕が伸びて口から光線吐いてタマゴ産むんだよ)
「あたし、ちょっと心配なのよね」マリーンは眉をひそめた。「マジュニアさんて人、かなりの変人でしょ?」
「変人?」
 まあ、当たらずとも遠からずだが……。

「アメリアが溺れた時、マジュニアさんがたまたま持ち合わせていた服を、着替えにってあの子に貸してくれたのはラッキーだったわよ。洋服屋じゃあるまいし、そううまく誰でも服から靴から持って歩くわけにはいかないもんね。あの服、新品だったみたいだけど、誰かへのプレゼントだったのかしら?」
 彼女たちはピッコロの能力については、空を飛べることしか知らないのだ。ヤムチャはとっさに話を合わせた。
「ま、そ、そんなもんだな。アメリアと同じ年頃の弟子がいるんだよ、あいつには」
「ああ、それで……」マリーンの表情がちょっと緩んだ。
「そういやマジュニアって人はアメリアが訪ねて行っても、修行とやらをしてるって言ってたっけ。ほんとに武道家だったのね。
 じゃ、やっぱり、あんたたちがあのセルと闘った連中の一人ってわけなんだ。空を飛ぶってアメリアから聞いて、ピンときたの。マジュニアさんははっきり認めなかったらしいけど……。今、気づいたけど、あんたの顔もテレビで見たわよ」
 マリーンはヤムチャの鼻先にぬっと顔をつきだして、品定めするようにジロジロ見て言った。「結構ハンサムね」
「そ、そりゃどうも」
「あれは武道の服だったのね。道着って言うんだっけ。変な服だと思ったのよ。背中にでかでかと『魔』――悪魔の『魔』よ――って字が入ってるんだもの。でも、道着なら納得だわ。ハッタリでそういう言葉を入れる武道家っているものね。『闘』だの『殺』だの……ちょっと悪趣味だけど」
(ピッコロのやつ、女の子にわざわざそんな服を出してやらなくても……)
 ヤムチャは頭痛がするように片手で額を押さえた。
「まあ、道着はおいといて、問題は下着なのよ」
 悪い予感がする……。

「もともと男の子にあげるはずの服だったんだから、下着がトランクスなのは仕方ないわよね。緊急事態だし、贅沢なんて言ってられないし。だけど、借りた服を返すからって言ったアメリアに、マジュニアさんが何て言ったか知ってる?」
「い、いや……」
 ますます悪い予感がする。
「返さなくてもいい、おまえにやるからはけって言ったんだって。男物の下着をよ!」
(ピッコロ〜〜〜〜〜〜!!)
 ヤムチャは心の中で呪った。(何考えてんだよ、おまえは)
「じょ、冗談キツイんだよ、あいつは」
「そうかしら。アメリアは本気で言ってたみたいだって言ってた」
「き、きみが心配してるのはつまり――」
 何でオレがあいつのこと必死で弁護してやらなきゃいけないんだ? と、汗をかきながらヤムチャは言った。
「あいつが女の子に男物の下着をはかせて喜ぶような、ヘンタイじゃないかってことなんだな?」
「ありていに言えばそうね」
「それはない!」ヤムチャはぶんぶん首を横に振った。「断じてない!誓うよ。あいつはそっちの方面では信じられないくらいウブで潔癖だ」
「ならいいけど」
 半信半疑の目でヤムチャを見て、しばらく考えてからマリーンは口を開いた。
「そうね。あの子が見込んだんだから、少々変な人でも大丈夫だとは思ってるのよ。あの子、人を見る目だけは確かだから」
 そこでまたヤムチャをまっすぐ見据えると、
「つまりね、知りたいわけ。マジュニアさんがアメリアを任せてもいい人なのかどうか」
 ヤムチャは目を見張った。「任せるって――」
「あの子、本気だと思う。恋してるの。マジュニアさんに」
「恋!?」ヤムチャの声が裏返った。「だって、一度か二度しか会ってないんだぜ」
 彼女のことでピッコロをさんざんからかいはしたものの、ヤムチャ自身、まさかアメリアの方がそこまでピッコロのことを想っているなんて、考えてもみなかったのだ。
 じろっとヤムチャを見上げ、マリーンは溜息混じりに言った。
「会った回数なんて関係ないわ。ひとめ惚れってやつね」
「でも彼女は目が――」
「ここについてる目は見えないかもしれないけど」マリーンはヤムチャの目を指さし、次いで額の中央にその指を持っていった。「アメリアはここに本当の目がついてんの。それも、あたしたちの目よりもよっぽどよく見える、ハンパじゃない目よ。三つ目人じゃないわよ。心の目ってこと。その目でマジュニアさんを見て感じたのよ。何か惹かれるものをね」


(とても純粋な心の持ち主なのよ、マジュニアさんって。まるで険しい山に住んでる大きな鳥みたいに、何ものにもとらわれず、自由で……。でも孤独な人)
 アメリアはピッコロのことをそう表現したという。
「ほんとだ。よく見てるよ。オレなんかよりずっと」
 マリーンが初めて微笑んだ。「そう思う?」
「きみはほんとにアメリアが可愛くてたまらないみたいだな。同じ孤児院だったって聞いたけど、そんなに長く一緒にいたのかい?」
「そういうわけでもないわ。長くいたのはあたしだけ。何せ生まれた時からだから……。あたし、孤児院の前に捨てられてたの。生まれてすぐにね。あたしが12歳の時だったかなあ、アメリアが入って来たのは。あの子はその時、8歳だった。両親を相次いで亡くして、その上、盲目で……。それなのに、楽しそうにいつもニコニコしてんのよ。なんかムカついたから初めはいじめてやったわ」
「おいおい」
 目を細めてマリーンは薄く笑った。寂しい笑顔だ。
「だって、捨て子のあたしが世をすねてヒネまくってんのに、あの子ときたら、実に無邪気であっけらかんとしてるのよ。なんでそんなに楽しそうにしてられるのよって、あの子見てたら、自分の性格の悪さを思い知らされるようでさ。なんせ、あたしはいらなくて捨てられるような子だもん」
「いや、それはきっときみの親だって何か事情があって――」
 一生懸命とりなそうとするヤムチャに、マリーンは再び白い歯を見せた。
「やっぱりあんたっていい人ね。思った通りだわ。アメリアの目を治そうとしてくれたことといい、さっきのことといい……」
「さっき?」
「アメリアが歩きやすいようにかばってくれてたでしょ」
「そうだっけ」
 ヤムチャには覚えがなかった。意識してしたことではなかったから。

「あたし、今じゃ別に親を恨んだりなんてしてない。アメリアが一緒にいてくれたおかげかもしれない。あの子といると、生きてるのも捨てたもんじゃないって気分になってくんの。あの子ね、あたしがいじめてもどんなに邪険にしても、いつもニコニコしてあたしのあとを慕って来た。こいつバカなんじゃないのって思うくらい。
 母の日にみんなで自分の母親の絵を描いたことがあったわ。あたしには最初っから母さんなんていなかったから、代わりに院長先生の顔を描いた。院長先生はいいお婆ちゃんでさ、すごく優しくて大好きだった。
 でも、イヤだったんだ。たとえ死んじゃってても、他の子には思い出せる母親の顔があるのに、あたしにはそれすらないってことが」
 そこでマリーンはヤムチャの表情を気にして、ちらっと横目で見てからきまり悪そうに言った。
「そのあと、あたし、裏庭で泣いてたの。建物の陰でうずくまって膝を抱えて声を殺してね。そしたら、アメリアが……あの子がいつの間にかやって来て、そっと抱きしめてくれた。何も言わずにそっと……。母さんてこんな感じなのかなって思った。変だよね。あの子のほうがずっとあたしより子どもなのに」
 マリーンは再び箒でそこらを掃き始めながら早口で言った。
「あの子知ってたの。あたしが捨て子だった自分をずっと責めてたこと。自分はほんとは生まれて来ちゃいけなかったんだって思って苦しんでたこと。あの子だけが気づいてた。だからあたしが何をしても許して……笑ってそばにいてくれたんだ」
 親に捨てられたマリーンのやるせない気持ちを、たった8歳の子が理屈でわかっていたわけではなかった。ただ、アメリアにはマリーンの悲しみや寂しさが手に取るように見えたのだろう。彼女の心の目で……。


「こんなこと話したのはあんたが初めてよ」
 別れ際、マリーンはきまり悪そうに言い、そのあとで真顔になった。
「これがあの子の初恋なの。出来ることならかなえさせてやりたい。あんたから見て、マジュニアって人はアメリアのこと好きになると思う?」
 ヤムチャは言葉に詰まった。
「あいつ、女には興味ないからな」
 マリーンが思わず引いたのを見て、ヤムチャは慌てて付け加えた。
「でも、男にも興味ないんだ」
「そう。まあ、あっちが男でこっちが女なら、見込みはあるってことよね」
 それがそう簡単にもいかないのだ。
「愚問だったわ。外野がヤキモキしたってしょうがないのよね。でも、これだけは覚えといて。もし、アメリアを悲しませるようなことをしたら……」
「したら?」
 マリーンの瞳がきらりと光った。
「このあたしが八つ裂きにしてやるから」


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