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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第13章

 翌日の昼前、約束通りヤムチャは神殿へ行った。ところが、応対に出たポポはここのところピッコロが神殿に帰っていないという。
「いないって……。あいつどこへ行っちまったんだよ」
 まさか―――
 ポポは言っていいものかどうか迷いながらも答えてくれた。
「ピッコロ、ドラゴンボールを探している。たぶん、アメリアのため」
「やはりそうか」
 そこへデンデがやって来て、ポポは神殿の中へ戻って行った。デンデとヤムチャは並んで庭をそぞろ歩いた。
 雲は多いがきれいな青空だ。下界の山や森や湖、砂漠や荒野や街がパノラマのように見え、その向こうに海が広がっている。

 ヤムチャが神殿を訪れなかった間のいきさつについて尋ねると、デンデが歩きながら説明してくれた。
「ピッコロさんは迷っていました。アメリアさんとの絆を断ち切るべきだと頭ではわかっているのに、そうすることが出来なくて……。ミスター・ポポに門前払いをさせることで、あの人が諦めるのを待っていたんです。
 でも、僕はそんな中途半端な状態ではアメリアさんがかえってかわいそうだと思った。ピッコロさんの口から直接別れを切り出された方が、辛くても納得が行くんじゃないか……。そう思ったんです」
 それで迷っているピッコロの背中を押した。

「余計な事だったでしょうか」デンデはおずおずとヤムチャを見上げた。
「おまえもピッコロは二度と彼女に会わない方がいいと思うか? オレは何だか釈然としない。14年前のことがあるにせよ、目が見えるようになる代わりに愛する人を失って、それで彼女は幸せになれるんだろうか」
 デンデは立ち止まると、そっと満開のアジサイの花に触れた。
「僕、恋愛というものがまだよくわからないんですが、アメリアさんは海に映った月を見ているんだと思うんです」
「海に映った月?」
「ええ」とデンデはうなずいた。「僕、地球に神として来て、いつまでも慣れることが出来なかったのは夜なんです。ナメック星には夜がありません。空が暗くなるのは神龍が現れる時だけです。だから真っ暗な空って何だか怖くて……」
 そのせいで、昼のように煌々こうこうとあたりを照らしてくれる満月が好きになった―――デンデはちょっと恥ずかしそうに言った。
「僕は十五夜のたびに月を見るのが楽しみになりました。それが、いつだったか、月が上下に二つ並んで出ているのを見つけたんです。地球には二つの月があるんだと、その時の僕は思いました。それが海に映った月の姿だということに気づくまでは」
「海に映った月。それがピッコロだと言うのか」
「はい。僕たちナメック星人は恋愛をしません。いつかヤムチャさんが話してくれた片割れには、どうしたってなれっこないんです。アメリアさんがピッコロさんを追い求めても、それは海に映った月を本当の月だと信じているのと同じことです」
「おまえ、わからないとか言いながら、ピッコロよりずいぶん恋愛のことに詳しくなってきたじゃないか」
「ヤムチャさんのお陰です。失恋する度に体験談を聞かせてくれたから」
「だからオレを教材にすんなっての」
 ヤムチャは苦笑した。


 ヤムチャとデンデが神殿で話していた頃、ピッコロはひとり北の氷河地帯にいた。分厚い氷壁に大きなヒビが入り、巨大な氷の塊が轟音を響かせて崩れ落ちる。いくつもの氷塊を抱えてどかせていくうち、鈍く光る4つの星を抱いた球が現れた。
 最後のドラゴンボールだ。
 いくら超人的なパワーがあるからといって、それだけでドラゴンボールを容易に手に入れてきたわけではなかった。氷を砕いたり岩を掘り進んだりするのは簡単だったが、あまり力任せにやると、目的のものも一緒に破壊してしまう恐れがある。結局最後は手作業で地道にやるしかないのだ。
 7つのドラゴンボールを集め終わるまでにピッコロの手足は傷だらけになり、マントは破れ、いつのまにかターバンもなくしてしまった。ここ何日もろくに眠らずに作業を進めていたので、体もへとへとに疲れ切っている。
 それでも彼は満足そうに7つ揃ったドラゴンボールを地面の上に並べると、合い言葉を唱えた。
「いでよ、神龍!」


 一方アメリアは海にいた。誰もいない砂浜にひとり腰をおろし、潮風に髪をなびかせながら、ぼんやりとさざ波が打ち寄せる音とカモメの鳴き声を聴いていた。
 マリーンに内緒で学校を休んでしまった。欠席の連絡はしておいたものの、クラスメイトたちは心配しているだろう。大好きな海にいながらも、彼女の心は沈んでいた。

 突然、カモメたちが騒ぎだした。仲間同士で警告し合うかのように、けたたましく鳴き騒ぎ、アメリアの周りを狂ったように飛び交ってゆく。胸騒ぎを覚えて彼女は思わず立ち上がった。
 杖を両手でぎゅっと胸に引き寄せ、あたりの気配を感じ取ろうと、全身の感覚を研ぎ澄まして身構える。全身にさあーっと鳥肌が立った。
 何かが起こっている! 今、自分を取り巻く世界でとんでもないことが。
 いても立ってもいられず、きびすを返すと、杖を砂にめり込ませながら道路へ上がる階段まで急いだ。

 そのとたん、彼女の視界が一気に開けた。
 目の前の暗幕を頭の上で切って落としたように、彼女の目の中に世界が飛び込んできた。

 光と色の洪水――!
 あまりの眩しさに思わず目を閉じてから、おそるおそる静かに目を開いてみる。

 見える!

 光あふれる青空に盛り上がるようにいくつも浮かんでいる白い雲。風にそよぐ木々の緑。ドライブウェイを走りすぎてゆく赤い車。かなたにそびえる山々。自分の目の中に映るものが何なのか、アメリアにはすぐに認識することができなかった。視神経の中に一度に飛び込んできたおびただしい光と色と動きの信号は、彼女を翻弄ほんろうした。

 震える手でアメリアは両目を触ろうとした。視界に何かが入って来る。
 指……わたしの手だ。これがわたしの……。
 両手のひらを開いて、そこに刻まれたしわの一本一本を見つめ、指を動かしてみる。まるで自分とは違う生き物のようだ。手を握ったり開いたりしてみる。
 淡いマニキュアの色が目に飛び込んできた。ゆうべ、マリーンが彼女の手を取り、ひとつひとつ丁寧に塗ってくれたものだ。
 温かいものがこみ上げてきて、彼女の胸をいっぱいに満たした。

 背後で波の砕ける音がする。アメリアは震える足で体の向きを変えた。次の瞬間、目の前にいきなり現れた広大な景色に、彼女は怖じ気づいたように後ずさった。繰り返し打ち寄せる白い波頭にたぐり寄せられ、そのまま得体の知れない深淵に引きずり込まれそうだ。
 足もとがふらついた。
 海? ……これが……海!!
 アメリアはその場に膝からくずおれた。空を映してどこまでも澄んだ色が水平線のかなたまで続いている。胸が締めつけられて唇が震えた。

―――おまえの瞳の色だ。

 耳の中でなつかしい声がこだまする。
「マジュニアさん……」
 彼女の瞳に涙が浮かんだ。


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