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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第17章

 翌朝、ヤムチャが都心にある自宅のマンションで遅い朝食を取っていると、奥の部屋からプーアルがあたふたと飛び出してきた。
「遅刻、遅刻しちゃう」
「今日はどれだ? プーアル」
 トーストをかじりながらヤムチャが尋ねると、プーアルは大きな鞄にハンカチだの財布だのを放り込みながら答えた。
「家政婦です。それと夕方からTV局でモデルの仕事が入ってて忙しくて」
 壁際に立てかけた姿見に向かうと、気合いを入れる。
「変化!」
 ボン! と太鼓を叩くような音がして、一瞬後には太った年配の女性がそこに立っていた。

 プーアルは変身の特技を生かしていろんな姿でいろんな職業に就いている。力仕事が苦手な彼は主に女性に変化することが多い。パーティーコンパニオンやファッションモデルといった派手なものから、通訳、秘書、家政婦といった堅い仕事まで、何でもござれだ。
 生計を立てる為、という理由もあるが、変化によっていろんな世界をかいま見るのは、ほとんど彼の趣味と言ってもいい。
 鞄をひっつかむとプーアルは、「じゃ、ヤムチャさま、行ってきま〜す」と大きなお尻を振り振り出ていった。


 約束通り午後1時にヤムチャはアメリアとマリーンの待つアパートへ着いた。
(マリーンのやつ、ちゃんと仕事を休んだだろうな)
 チャイムを鳴らすとドアを開けたのは当の本人だった。
「休めたのか」
 ヤムチャが言うと、マリーンは上目づかいに押し殺した声で答えた。
「あんたに死んでもらうことにしたわ」
「い!?」
 ドアを大きく開いて彼の腕を取り、中に引っ張り込みながら彼女は言った。
「言ったでしょ。親が死にでもしない限り休めないって。仕方ないから院長先生の連れ合いのヤムチャって爺さんが死んだことにしたのよ」
「ひっでえ女」
 居間に向かいながらヤムチャが言うと、先回りしてソファに座ったマリーンがクッションを抱いて転がりながらさもおかしそうに笑った。キッチンでお茶の準備をしていたアメリアもつられてクスッと笑いをもらしている。
「やっときみの笑顔が見られたな」
 ヤムチャはマリーンの横に腰をおろすと、お盆にアイスティーのグラスを乗せて運んできたアメリアに向かってホッとしたように言った。グラスをそれぞれの前に置いてから、彼女はテーブルを挟んでヤムチャとマリーンの向かいに座ると遠慮がちに笑った。
「ヤムチャさんてハンサムだったんですね」
「おおー」とヤムチャは感嘆の声をあげ、マリーンに向かって「見ろ見ろ」と胸を張った。
「はいはい、わかったわかった」
「それにマリーンも」アメリアは彼女の方を見て言った。「あんまり美人だからびっくりした」
「へ? あたし?」
 マリーンはきょとんとして自分を指さした。アメリアが笑顔でうなずくと、彼女は勝ち誇ったようにヤムチャに言った。
「聞いた? あんたもびっくりしなさいよ」
「神龍がしくじったんだな。彼女の目、乱視入ってるぜ、絶対」
 マリーンはクッションでヤムチャの頭を殴った。アメリアは肩をすくめて笑いながらそんな二人を見ている。
「目が見えなかった時は、ヤムチャさんのことはずっと、ひょうきんな三枚目だと思ってた。こんなにかっこいい人だなんて知らなかったわ。マリーン、あなたもよ。こうして見るとちょっと近寄りがたいような、きりっとした美人だけど、私の記憶の中のマリーンは寂しがり屋の飾らない女の子なの」
「いやね。よしてよ」
 マリーンは頬を赤らめ、横目でアメリアをにらんだ。
「不思議ね。目が見えるってことは何でもわかることなんだって思ってた。でも、見えないからこそかえって真実が見えることもあるんだわ」
「真実って、オレがひょうきんな三枚目ってことがか?」
「そうよ。他にどんな真実があるっていうのよ」
「ごめんなさい」アメリアは困ったように笑った。
「そうよ」 マリーンが力強くうなずいて言った。「あんたには立派な心の目がついてるんだもの。目が見えなくたって、あんたはいつだって心で物事の本質を感じ取ろうとしてた。何の先入観も偏見も持たずにね」
「そうね」
 アメリアの瞳の色が深くなった。彼女はヤムチャの目をまっすぐ見つめて言った。
「さあ、ヤムチャさん、話して。マジュニアさん―――いいえ、ピッコロ大魔王のことを」


「まず最初にこれだけは覚えておいてくれ。あいつは確かにピッコロ大魔王だが、厳密に言うと14年前に世界を恐怖に陥れたピッコロ大魔王とは別人なんだ」
「別人ですって!? どういうことよ」
「つまり、ピッコロ大魔王は死ぬ前に自分の無念を晴らす為に子どもを残した。それがあいつ―――ピッコロだ」
「子ども……」アメリアが呆然とつぶやいた。
「生まれ変わりだとピッコロ自身は言っている。やつは生まれた時からピッコロ大魔王の記憶と世界征服の野望をそのまま受け継いでいたんだ。オレたち地球人が持つ『親子』という感覚とはちょっと違うらしい。ピッコロは地球からはるかかなたのナメック星という星で生まれた異星人なんだよ。遠い昔、異常気象で滅亡しかけた星から偶然地球に流れ着いたって話だ」

 果てしなく遠い故郷―――
 彼の言った言葉と共にアメリアの手にアジサイの感触が蘇ってきた。

「ピッコロがオレたちの前に現れたのは11年前、天下一武道会の会場だった。そこで宿敵である悟空との死闘に破れ、姿を消したやつは宇宙最強の戦闘民族サイヤ人の来襲をきっかけに、悟空の息子の悟飯と関わるようになった」
「悟飯さん。弟子だと言っていた、あの?」
「ああ。悟飯がピッコロを変えたんだ。あの恐ろしいピッコロ大魔王が自分を唯一無二の存在として慕ってくれる悟飯にだけは心を開いた。あいつは悟飯をかばって死にさえもした」
「死んだ!?」マリーンが素っ頓狂とんきょうな声をあげた。
「そうさ。たった5歳の子どもひとりの為に、あのピッコロ大魔王が命を投げ出したんだぜ。それだけを見ても、やつが昔のピッコロ大魔王じゃないってことがわかってもらえると思う」
「死んじゃったのにどうして今生きてるのよ」
 アメリアがハッとして顔を上げた。「あ、ドラゴンボール……ね?」
「ビンゴ! 鋭いな。そうさ、やつは一度死んだがドラゴンボールで生き返ったんだ。ちなみにオレも一度死んでるんだぜ」
「あんたの場合は自分でドジ踏んだって感じね」笑いながらマリーンが言った。
「…………」
「やだ! 図星なの!?」
「先を続けるぞ。マリーン、きみはちょっと黙っててくれ」
 彼女はクッションを抱えたまま肩をすくめた。


 ヤムチャは語った。数々の闘いを通していつの間にか生まれていった仲間意識。その間にピッコロは同じナメック星人のネイルや先代の神と融合を果たしたこと―――。

「デンデが言っていた。ネイルはナメック星人の中でも最長老の側近を勤めるほどの人格者だったそうだ。先代の神にしてもしかりだ。そんな人物と融合した訳だから、今のピッコロから邪悪さが消えているのは当然の話さ。
 だけどな、あいつは――ピッコロは、たとえ誰とも融合なんてしなくったって、きっと今のようなピッコロになっていたと思うんだ。生まれ変わった後のピッコロは誰一人として罪のない者を殺したりしてないんだぜ。誰一人としてだ」
 ヤムチャは真剣な目をしてまっすぐにアメリアを見た。彼女は呆然とグラスについた露を見つめている。やがてマリーンが苦笑を浮かべてつぶやいた。
「何だか途方もない話ね。頭の中で整理するのに1年くらいかかりそうだわ」

 ヤムチャは氷が溶けてしまって薄くなったアイスティーを飲み干し、アメリアに言った。
「そうだな。今すぐ理解してくれと言っても無理だと思う。でも、ゆうべも言った通り、ピッコロが溺れているきみを助けたのは何かを企んでのことじゃない。ほんとに偶然だったんだ。海できみの生い立ちを打ち明けられて以来、ピッコロはずっと苦しんでいたんだぜ」
 アメリアは一生懸命考えようとしていた。混乱しているのだ。無理もない。自分に出来ることはここまでだ。後は彼女が理解してくれるのを待つしかない。ヤムチャは祈るような思いだった。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。マリーンはヤムチャと顔を見合わせた。
「誰かしら」


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