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Cool Cool Dandy  〜The First Step〜

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第10章

 どうすりゃいいんだよ?
 頭を抱えているヤムチャの耳に、有無を言わせない堅い意志を持った言葉が響いた。
「ドラゴンボールはオレひとりで集める。きさまは手を出すな」
「しかし―――」
 驚いて顔を上げたヤムチャは、ピッコロの強い視線に射すくめられ絶句してしまった。
「マジュニアさんが?」アメリアが思わず立ち上がった。「ほんと? ほんとにわたしの目は見えるようになるの?」
「ああ」
「ありがとう!」
 彼女はピッコロに飛びつき、その体に両腕をまわして、ぎゅっと力をこめて抱きしめた。そのまま胸に顔をすりつけて泣いている。
「お、おい」
 ピッコロがどぎまぎして体をこわばらせているのに気づくと、彼女はあわてて腕をほどき、体を離した。
「ごっ、ごめんなさい。わたしったら、また……」
「おいおい、ラブシーンならオレのいないところでしてくれよ」
 笑いながら言ったヤムチャは途中でゼンマイが止まったみたいに笑いやみ、小さな溜息を漏らした。
(そんなこと言ってる場合じゃないんだよな)
「さてと、お姫さまを送っていくか。もう日が暮れる。きみの『姉さん』が心配するだろ」
 彼の言うとおり、いつのまにか太陽は水平線に沈んでしまい、明るかった空は翳りを帯びている。
 ヤムチャは「ちょっと失礼」と断ってから、アメリアに着せかけたジャケットのポケットを探り、カプセルのケースを出した。そこからひとつを抜き取り、ボタンを押してそのまま砂浜にポンと放り投げる。
 と、ボン! と小さな爆発音がして、夕暮れ時にも目に鮮やかなターコイズブルーのエアカーが飛び出した。
 助手席のドアを開け、アメリアに向かって「さ、どうぞ」と言いかけた彼は、「いけね」と叫んだかと思うと、あわてて給油口のようなカバーを開けてボタンを押し、車を再び小さなカプセルに戻した。そして照れ笑いを浮かべて言った。「こんなところで車を出したって困るよな」
 ドライブウェイへの階段を駆け上がり、車が来ないのを確認してから、今度は路肩に寄せてカプセルを投げる。

 ボン!

「さ、いいぜ!」
 道路からヤムチャが大きな声で促すと、アメリアは急いでピッコロを振り返った。
「マジュニアさん、わたしのこと、馴れ馴れしい子だと思ったでしょ」
「……いや」
「よかった!」彼女はこぼれるように笑った。「マリーンによく言われるの。あんたは誰にでもなつきすぎるって」
「誰にでも……」
 彼女は、あ、と指先で唇を押さえた。「でも、男の人にあんなことしたのはマジュニアさんが初めてよ」
 言ってから、かあっと真っ赤になってうつむいている。そこへヤムチャが道路から催促した。
「おーい、もう別れは惜しんだか?」
「いかなきゃ。夕食の仕度までには帰るって言ったから、今頃マリーンはカンカンよ」
 肩をすくめて笑ってから、それじゃ、とアメリアはきびすを返した。足を踏み出そうとして、あっ、と小さく叫び、左手を握ったり開いたりしている。
「神殿に杖を忘れて来ちゃった。飛行機も!」
 ピッコロは黙ってアメリアを抱き上げ、ひと飛びでふわりと道路にいるヤムチャのところへ降り立った。
「ヤムチャ、すまんがあとで神殿まで行って、アメリアの杖と飛行機を取ってきて家に届けてやってくれないか」
「ああ、お安いご用だぜ」
「すみません。ヤムチャさん」
「気にすんなよ」と、ヤムチャは笑って言い、助手席のドアを開けてアメリアを乗せた。次いで運転席に乗り込みながら「じゃ、あとでな」とピッコロに片手を挙げる。
「すまん……」万感の想いを込めてピッコロが言った。黙ったままうなずくと、ヤムチャは車を発進させた。


 ドアを開けて二人を見たとたん、マリーンの顔つきが変わった。「マジュニアさんと三人でいままで海にいたのよ」とアメリアが弁解しても、疑い深い眼差しをひたとヤムチャに当てている。
「人を送りオオカミみたいな目で見るなよ」
「アメリアの服が出かけた時と変わってるわ」マリーンは刑事のように指摘した。
「あ、これは――マジュニアさんが出してくれたのよ。遊んでてスカートを濡らしてしまったから。すごいんだから。一瞬で取り替えたのよ。手品師もやってるんだって」

 手品師――ヤムチャは思わずピッコロがターバンから鳩を出すところを想像してしまった。いや、それにしても、花模様のワンピースとは、道着から比べたら格段の進歩じゃないか。
 そのとたん彼はあっと大声で叫んだかと思うと、アメリアからジャケットをはぎとって大急ぎでワンピースの背中を確認した。
 「魔」の字はない。彼は胸を撫で下ろした。

「なによ」
 マリーンが腕組みをしてうさんくさそうな目で見ている。
「い、いや、別に」
「いいこと? アメリア」ヤムチャに目を据えたまま、マリーンが裁判官のように言い渡した。「こういうタイプは女に手が早いわ。気をつけなきゃダメよ」
 くすくす笑っているアメリアの声を伴奏に、ヤムチャはムキになって言い返した。
「あ、ひでえなあ。せっかく姫を送り届けに来たのに、それはないだろ」
「二人とも、一度しか会ってないのに、まるで昔からの友達みたいね」
 おかしそうに笑うアメリアの言葉に、ヤムチャは、そら見ろ。あんまり馴れ馴れしくズケズケ言うなよな。バイト先で偶然会ったことがバレちまうだろ、という顔でマリーンを見たが、彼女はそれに対して眉を上げて肩をすくめてみせただけだった。

 お茶でもどう、とぶっきらぼうにマリーンに招き入れられ、彼はありがたく好意を受けることにした。
「でも、その前にひとっ走り神殿に行ってアメリアの杖と飛行機を取って来るよ」
「そう言えば、持ってないわね。アメリア、あんた飛行機もなしに海までどうやって行ったのよ」
 ピッコロに抱きかかえられて飛んで行ったのだとはとても言い出せず、ポッと頬を染めたアメリアにマリーンはだいたいの察しがついたらしい。口笛を吹くように唇を突きだしながら、頭でリズムを取るみたいにしてうなずいた。
「ふぅーん。なるほどね」ちろっとヤムチャを横目で見てつぶやく。「あんた、お邪魔虫だったんだ」
「悪かったな」
「マリーンったら!」
 マリーンは目を細めてくすっと笑った。「デートは楽しかった?」
 アメリアは言葉に詰まり、両手をこねくり回しながらもじもじしている。彼女に話してしまっていいものかどうか、考えあぐねているらしい。
 ヤムチャは言った。
「マリーンにも知っておいてもらった方がいい。オレはこれから神殿に行って来る。その間にきみの口から話してやれよ。海でオレたちが話していたことを」
 そうだ。この先、アメリアが真実を知る日が来るかもしれない。その時に全ての事情を知った上で彼女をそばにいて支えてくれる存在が必要だ。たとえどんなに過酷な現実を突きつけられても、立ち直ってまた自分の足で歩き出せるよう、近くで見守ってくれる存在が……。


 灯火のともる神殿に着いたヤムチャは、アメリアの杖とカプセル化した飛行機をポポから受け取った。それからあたりを見回し、ピッコロの姿を探した。
 いた。彼はケヤキの木に腕をかけたままでたたずみ、ぼんやりと下界を見下ろしている。後から近づいて行くと、ヤムチャの気に気づいているのかいないのか、声をかけるまで振り向こうとはしなかった。
「送り届けてきたぜ」
 ヤムチャはアメリアの杖をそっと木の幹に立てかけて言った。ピッコロはちらりと首だけ動かしてヤムチャを見たあと、また正面を向く。ヤムチャは隣に立って一緒に下界を見下ろした。
 西の都の夜景だろうか。ハイウェイと見られる何本もの光の帯が、巨大な光の親玉みたいな街の中心部へむかって伸びている。うごめくように瞬く光の群はそれ自体が生命を持っているかのようだ。
「あそこに何百万って人々がそれぞれの人生を抱えて生活してるんだよなあ……」
 ピッコロが何を見ているのか、ヤムチャには聞かなくてもわかった。都心から海寄りに少し外れたところに、小さな光の点がぽつんとはかなげに瞬いている。
「さっき言ってたこと、本気か。本気であの子の目を見えるようにしてやるつもりなのか?」
 ピッコロは黙ったままだ。
「それがどういうことになるのか、おまえだってわかってるだろう。おまえ、もうあの子には会えなくなるぜ。たぶん……永遠に」
 ピッコロの目の中に光が戻った。ややあって彼はつぶやいた。
「承知の上だ」
「それでいいのか? おまえ、好きなんだろう? あの子が」
「好き?」
 ピッコロは未知の言葉のように繰り返した。「好き――とはどういうことだ」
「言っとくが、悟飯の言う『ピッコロさん大好き』じゃないぜ。闘いが好きとか、アジッサの花が好きとか、パオズ山の水が好きとか、亀仙流の道着よりも魔族の服が好き、でもない。ああもう、わかんねえかなあ!」
 ヤムチャは頭を掻きむしった。ハタと手を止め、ピッコロをにらみ据えて言う。
「いいか、オレはアメリアが好きだ」
 ピッコロが目を見張り、何か言いかけるのを片手で制してヤムチャはゆっくりと言い含めるように続けた。
「だけどな、それは恋愛じゃないんだ――見ろ、オレだって見境なしって訳じゃないだろ――何て言うか、あの子は妹みたいなもんなんだ。そうだな、悟飯とかトランクスとか、そういうやつらに対する気持ちと似ている。おまえだってデンデのことは好きだろ。ちょうどああいう感情だ」
 自分の言葉がピッコロに充分しみこんだのを確認してから、ヤムチャは言った。
「だけどおまえのあの子への気持ちはそんなのとは違うんだろ?」
 ピッコロは下界にまた目を転じた。「わからん。オレのあの娘に対する感情は、悟飯に対する感情に似ている気もする」
「たとえば、たとえばだ。あの子に誰か恋人が出来たとする。おまえはそれを笑って祝福してやれるか?」
 ピッコロは黙りこんだ。無理もない。ナメック星では一生経験することもないシチュエーションだろう。ヤムチャは大きく吐息をついて言った。
「まあいい。おまえの気持ちは置いといて、問題はピッコロ大魔王だ。アメリアに対して罪悪感を感じるのは仕方ないが、そう思い詰めるな。おまえは14年前に悪事を働いたピッコロ大魔王とは別人じゃないか」
「別人などとすましていられるか。オレはやつの生まれ変わりだ」
「だけどさ―――」
「これはオレ自身の問題だ。きさまには関係ない」
「どうするつもりだよ。アメリアに話すのか? 何もかも。それはやめろ。彼女を傷つけるだけだ」
 ヤムチャの声を背中で聞いて、ピッコロはマントをひるがえし、神殿の奥へと消えた。

(アメリアに話す? そんなことが出来るものか)
 彼女の顔に現れる憎悪と恐怖の表情。それを想像してピッコロは頭を振った。
(では、黙っているのか。口を拭い、何も聞かなかったことにして、これからも平然とあの娘の顔を見ることがオレに出来るのか)
 彼は自分の部屋の前で立ち止まった。
(オレが何もかも奪った。あの娘から何もかも……。アメリアは決してオレを許しはしないだろう)
 自分の過去に苦しめられる日が来るなどとは思ってもみなかった。
 彼は拳で柱を殴った。自分の運命を呪い、自分自身を呪いながら。


 一方、ヤムチャはのろのろとアメリアたちの待つアパートに戻った。胃が鉛を流し込まれたように重苦しい。強いて明るい顔を作ると、玄関のチャイムを鳴らした。
「ヤムチャさん!」勢いよくアメリアがドアを開けて言った。「おなかへってない? 昨日のカレーでよかったら食べる?」
 ヤムチャは微笑んだ。「いいね。2日目のカレーか。ご馳走じゃないか」
 中に通されながら、ヤムチャは失礼にならない程度に周りを見回した。左手と突き当たりにドアがあり、これはそれぞれアメリアとマリーンの部屋らしい。右手の奥まったところにバスとトイレ、手前にキッチン、その続きにフローリングの居間がある。
 カーテンもソファカバーもブルーで統一されている。整理ダンスの上には小さな置き時計の横に、海で拾ったらしい貝殻がいくつか、ガラスの瓶に入れて置かれていた。マリーンの作品なのか、ペットボトルの下半分を切ったものに着色して切手をペタペタと貼りつけた植木鉢に、斑入りのミントが植え付けられ、貝殻の瓶の隣に並んでいる。
 そういうところはいかにも若い女の子の部屋といった感じだ。ヤムチャは実用一点張りの殺風景な自分の部屋を思い出した。

 型は古いが値の張っていそうなテレビやオーディオ機器に目を留めていると、マリーンが種明かしをした。
「都のクリーンセンターでもらってきたの。粗大ゴミのリサイクルコーナーがあるのよ。みんな結構ぜいたくなんだ。それなんか場所は取るけど、まだまだ聴けるのよ」
「思ってたより豪邸なんだな。驚いたよ」
 彼女はキッチンのダイニングテーブルにカレーとサラダの皿を並べながら言った。
「でしょ。低所得者層向けに都が建てた住宅よ。安普請やすぶしんだけど部屋数が多くて新しいのが取り柄ね」
 そこへアメリアがどこからか木の椅子を一客運んできてテーブルにしつらえた。
「さ、どうぞ」
「杖がなくても大丈夫なのか?」
 ヤムチャが驚いて訊くと、アメリアはちょっと得意そうに胸を張った。
 かわりにマリーンが答える。「すごいのよ、この子。慣れた場所なら杖なしでもあたしより素早く歩き回れるんだから。物の気配を読むんですって。忍者みたい」
「気を感じ取るってわけか。武道の達人になれる素質ありってことだな」
 アメリアがはにかみながら付け加えた。
「交差点みたいに開けたところはね、顔に風が当たるからわかるの。でも、雨風の激しい日はダメね。気配が消えてしまうから。それに支柱みたいに細いものもダメ。まるで感じ取れなくてぶつかってしまうの」
「そのわりには無鉄砲で、今まで何度も溝や川にはまったのよね、アメリア。しまいには海で溺れるし」
「反省してるわよ。マリーンったら意地悪ね」アメリアは苦笑した。「でも、そのおかげでマジュニアさんに会えたんだわ。あ、もちろんヤムチャさんにも」
「オレはついでかよ」
 マリーンが吹き出した。「ごめんなさい」と、アメリアが肩をすくめて笑い、三人は席についた。

 スプーンを取り、ヤムチャがご相伴にあずかっていると、アメリアが夢見るように「いつかマジュニアさんもうちにご招待したいわ」と、つぶやいた。
 カレーが喉に詰まり、ヤムチャは咳き込んだ。マリーンが、「がっつくからよ」と、力任せに彼の背中を叩いてやる。
 ヤムチャはグラスを取って水を飲んだ。マリーンは椅子に座り直しながら言った。
「そうね。あたしだってマジュニアさんに会ってみたいわ。武道家っていつが休みなの?」
 ヤムチャは飲んでいた水を吹き出した。


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