祇園南海関山月日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩ribengushi

梁川星巌

　
　　　　
關山月
　　　　　　　　　　　　　　祇園南海

秦嶺西去關塞深，
秦雲遙隔望鄕心。
不見長安惟見月，
鳳城何處照鳴砧。

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關山の月

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
秦嶺　西に去りて　　關塞　深く，
秦雲　遙かに隔つ　　望鄕の心を。
長安を　見ずして　　惟（た）だ　月を　見る，
鳳城の　何處か　　鳴砧を　照らさん。

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◎　私感註釈

※祇園南海：延寶五年（１６７７年）～寶暦元年（１７５１年）。名は瑜・正卿。字は伯玉。南海は号になる。江戸中期の儒者、漢詩人。江戸で生まれ、木下順庵に学ぶ。和歌山藩の儒者。

※關山月：本来は楽府題、横吹曲。この作品は、楽府題をもって詩題としている。「関所のある箱根に出る月」の意。本来の「關山」は、戦の雰囲気の漂う語でもある。本サイトでも楽府題の『關山月』は幾つかとりあげている。南宋の陸游に『關山月』「和戎詔下十五年，將軍不戰空臨邊。朱門沈沈按歌舞，厩馬肥死弓斷弦。戍樓斗催落月，三十從軍今白髮。笛裏誰知壯士心，沙頭空照征人骨。中原干戈古亦聞，豈有逆胡傳子孫！遺民忍死望恢復，幾處今宵垂涙痕。」がある。

※秦嶺西去關塞深：日本の秦嶺ともいうべき箱根の山を西の方へ行けば、関所は奥深いところにある。　・秦嶺：ここでは、箱根の山を指している。本来の秦嶺は長安の南側にあって、東西に横たわる大山脈。日本アルプスほどの規模がある。終南山もここにある。唐の韓愈に『左遷至藍關示姪孫湘』「一封朝奏九重天，夕貶潮州路八千。欲爲聖明除弊事，肯將衰朽惜殘年。雲横秦嶺家何在，雪擁藍關馬不前。知汝遠來應有意，好收吾骨瘴江邊。」この韓愈の作品のその少し前（四年前）に、白居易は『初貶官過望秦嶺』「草草辭家憂後事，遲遲去國問前途。望秦嶺上迴頭立，無限秋風吹白鬚。」と、その原型を作っている。　・西去：西の方へ行く。作者の動きは江戸を発って、箱根を通って関西の和歌山にでも行くのだろう。それゆえ、後出の（振り返って）思う「長安」とは、江戸のことになる。なお、「秦嶺西去」という文字があっても「秦嶺から過ぎ去って更に西へ行く」の意にはならない。「秦嶺の中を西に行く」の意。　・關塞：（箱根の）関所。　・去：行く。　・深：奥深い。

※秦雲遙隔望鄕心：秦嶺たる箱根山に横たわる雲が後方にかかって、後ろの方が見えないため、故郷を振り返ることができないでいる。　・秦雲：秦嶺に横たわる雲。　前出の「雲横秦嶺家何在」に基づく。　・遙隔：雲が後方にかかって、後ろの方が見えないことに因る、隔たった感じ。　・望鄕心：望郷の思い。また実際に振り返ってみること。前出白居易の作品では「望秦嶺」という地点で、旅人は常に長安を振り返り見たというために付いた名。

※不見長安惟見月：江戸の街は見えないが、ただ、（古来、家族を偲ぶよすがとなる）月は見える。　・不見：見えない。〔不見…見…〕の表現は、「…は見えないで、…のみが見える」。白居易の『長恨歌』に「回頭下望人寰處，不見長安見塵霧。」と使われている。　・長安：唐の都　後出の「鳳城」とともに大江戸を指す。　・惟：ただ…だけ。＝唯。　・月：漢魏六朝唐詩では、月は家族を思い偲ぶ重要な語彙になっている。　。

※鳳城何處照鳴砧：花の都の大江戸のどこで、不在の家族を思い偲んでの夜なべ仕事をしているのを（月は）照らすことだろうか。　・鳳城：宮城。御所。しかしながら、「鳳城何處照鳴砧」との表現では、作者の妻女は、「鳳城」で作者を偲んでいるわけになるから、ここでは、大江戸になる。　・何處：どこで。　・照：箱根に射す月影が、妻の許も照らす。古来、月影は共有しているということをいう。宋の蘇軾の『水調歌頭』に「明月幾時有？把酒問靑天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒。起舞弄淸影，何似在人間！　　　轉朱閣，低綺戸，照無眠。不應有恨，何事長向別時圓？人有悲歡離合，月有陰晴圓缺，此事古難全。但願人長久，千里共嬋娟。」とある。　・鳴砧：不在の家族を思っての夜なべ仕事。家族のために夜間も砧（きぬた）を打ち鳴らして仕事を続けている。唐の白居易に『聞夜砧』「誰家思婦秋擣帛，月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜，千聲萬聲無了時。應到天明頭盡白，一聲添得一莖絲。」とあるのに因る。

◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「深心砧」で、平水韻下平十二侵。次の平仄はこの作品のもの。

○●○●○●○，（韻）
○○○●●○○。（韻）
●●○○○●●，
●○○●●○○。（韻）