秋日臥病有感 | ||
松崎慊堂 |
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故園何日省慈闈, 多病多年心事違。 雲路三千夢難至, 秋天無数雁空飛。 |
故園 何 れの日にか慈闈 を省 せん,
多病 多年心事 違 ふ。
雲路 三千 夢至 り難 く,
秋天 無数雁 空 しく飛ぶ。
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◎ 私感註釈
※松崎慊堂:〔まつざきかふだう(こうどう)〕江戸後期の儒者。明和八年(1771年)〜弘化元年(1844年)朱子学派の儒者。名は密・復。字は、退蔵・明復。号して慊堂。別号に益城・当帰山人・木倉等。肥後の人。最初、僧となったが、儒学を志し、江戸に出て林述斎に朱子学を学んだ。後、掛川藩教授となった。天保十五年(1844年)歿。七十四歳。
※秋日臥病有感:病気で床に着いて、感じるところがあっての詩。 ・臥病:病気で床に着く。病(やまい)に臥(ふ)せる。 ・有感:感じるところがある。詩題に使われたものに、中唐・白居易の『商山路有感』「萬里路長在,六年身始歸。所經多舊館,大半主人非。」や同・白居易の『商山路有感』「憶昨徴還日,三人歸路同。此生都是夢,前事旋成空。杓直泉埋玉,虞平燭過風。唯殘樂天在,頭白向江東。」等がある。
※故園何日省慈闈:ふるさとへ(帰り)、何時(いつ)の日にか、母親の安否を問い(たいと思ってきたが)。 ・故園:生まれ故郷。ふるさと。中唐・韋應物の『聞雁』に「故園眇何處,歸思方悠哉。淮南秋雨夜,高齋聞雁來。」とある。盛唐・岑參の『行軍九日思長安故園』に「強欲登高去,無人送酒來。遙憐故園菊,應傍戰場開。」とあり、盛唐・李白の『春夜洛城聞笛』に「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」とあり、盛唐・杜甫の『復愁』に「萬國尚戎馬,故園今若何。昔歸相識少,早已戰場多。」とある。 ・何日:いつ。 ・省:〔せい;xing3●〕(父母や目上の安否を)問う。みまう。訪問する。 ・慈闈:〔じゐ;ci2wei2○○〕母親。母親の代称。=慈幃、慈帷。 ・闈:〔ゐ;wei2○〕こもん。宮中。后妃のいどころ。後宮。奥座敷。
※多病多年心事違:病気がちで、多くの年月(が過ぎて)、心に思うことと事がらとが食い違ってしまった。 ・多病:病気がち。 ・多年:多くの年月。 ・心事:心に思う事がら。盛唐・杜甫の『秋興八首』に「千家山郭靜朝暉,一日江樓坐翠微。信宿漁人還汎汎,清秋燕子故飛飛。匡衡抗疏功名薄,劉向傳經心事違。同學少年多不賤,五陵衣馬自輕肥。」とあり、中唐・劉禹錫の『送春詞』に「昨來樓上迎春處,今日登樓又送歸。蘭蕊殘妝含露泣,柳條長袖向風揮。佳人對鏡容顏改,楚客臨江心事違。萬古至今同此恨,無如一醉盡忘機。」とある。 ・心事違:心が事がらと違(たが)う。本来は「事與心違」(事(こと) 心と違(たが)ふ)。
※雲路三千夢難至:(鳥が通う)雲の中の三千里の(故郷への)道程は、夢でも至ることは難(むずか)しく。 ・雲路:雲のある高い所に達する道。また、官吏になって、出世する喩え。ここは、前者の意で、月や鳥などが通るとされる雲の中の道、「雲居路(くもゐぢ)。」の意をも兼ね備えていよう。 ・三千:三千里を謂う。母のいる故郷までの距離。実際には三千里も無かっただろうが、平仄の関係上「三千」とした。この「雲路三千夢難至」の句は「●●○○○●●」とすべきところ。その第三、第四字目は○○(平平)となるところ。なお、漢数字では、平は「三」「千」(「零」)のみ。仄は「一」「二」「四」「五」「六」「七」「八」「九」「十」「百」「万」「億」「兆」。それゆえ、「三」と「千」を組み合わせた数値「三千」とした。(「二千」や「四千」「五千」「百千」等は孤平となるため、望ましくない)。 ・夢難至:夢では至りにくい。なお、この用法での「難」は○(平)。(難:〔○(平)〕形容詞:むずかしい。 〔●(仄)〕名詞:わざわい、動詞:なじる)
※秋天無数雁空飛:秋の空(そら)を無数の雁が(故郷の南の方に向かって)、空(むな)しく飛んでいる(ではないか)。 ・秋天:秋のそら。 ・雁:カリ。 ・空:むなしく。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は、「闈違飛」で、平水韻上平五微。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●○○,(韻)
○●○○○●○。(韻)
○●○○●○●,
○○○●●○○。(韻)
平成27.7.8 7.9 |
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