伊藤仁斎即事　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩


即事

	伊藤仁齋
靑山簇簇對柴門，藍水溶溶遠發源。數盡歸鴉人獨立，一川風月自黄昏。

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　　　即事( )
靑山(せいざん)　簇簇(そうそう)として　　柴門(さいもん)に對し，
藍水(らんすゐ)　溶溶(ようよう)として　　遠く源(みなもと)を發す。
歸鴉(きあ)を數(かぞ)へ盡(つ)くして　　　人獨(ひと)り立てば，
一川(いっせん)の風月(ふうげつ)　　自(おの)づから黄昏(くゎうこん)。
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◎　私感註釈

※伊藤仁斎：江戸前期の儒学者。嘉永四年（１６２７年）～宝永二年（１７０５年）京都の人。名は維楨。字は源佐。別号古義堂。古義学派の創始者。その塾・古義堂に全国より三千余の門弟が集まった。一生仕官しなかった。朱子学に疑問を抱き、直接孔孟の原典に聖人の本旨を求める復古学を主張した。

※即事：その場での即席の詩。目の前の出来事。詩題に使われる。作者が京都・堀川に開いた古義堂前の風景を詠んだ。

※青山簇簇対柴門：青々とした山が群がり集まって、（わたしの）侘び住まいに向かい合って。　・青山：青々とした山。また、墓所とすべき山。　・簇簇：〔そうそう；cu4cu4●●〕群がり集まるさま。　・対：…に向かいあう。…に対して。　・柴門：柴で作った門。侘び住まい。隠者の住まいをいう。盛唐・劉長卿の『逢雪宿芙蓉山主人』に「日暮蒼山遠，天寒白屋貧。柴門聞犬吠，風雪夜歸人。」とある。

※藍水溶溶遠発源：青い川の流れ（＝堀川の流れ）は、波がゆらゆらとして、その水源は遠い。　・藍水：青い川の流れ。ここでは、京都の堀川のことになる。　・溶溶：〔ようよう；rong2rong2○○〕（心や水などが）広大なさま。波のゆらゆらするさま。晩唐・杜牧の『漢江』に「溶溶漾漾白鴎飛，綠淨春深好染衣。南去北來人自老，夕陽長送釣船歸。」とあり、日本・貫名海屋の『春夜』に「香風綺月度林頭，花影溶溶踏欲流。夜玉人猶未寐，笛聲遙在水精樓。」とある。

※数尽帰鴉人独立：わたしは、ひとりでたたずんで、ねぐらに帰るカラスを数え尽くした（頃）。　・-尽：…し尽くす。　・帰鴉：夕刻に巣に戻るカラス。　・独立：ひとりでたたずむ。中唐・白居易の『暮立』に「黄昏獨立佛堂前，滿地槐花滿樹蝉。大抵四時心總苦，就中腸斷是秋天。」とあり、清末/中華民国・梁啓超の『黄河』に「黄河黄河出自崑崙山，遠從蒙古地，流入長城關。古來聖賢，生此河幹，獨立堤上，心思曠然。長城外，河套邊，黄沙白草無人煙。思得十萬兵，長驅西北邊，飮酒烏梁海，策馬烏拉山。誓不戰勝終不還，君作鐃吹，觀我凱旋。」とあり、現代・毛沢東の『沁園春・長沙』一九二五年に「獨立寒秋，湘江北去，橘子洲頭。看　萬山紅遍，層林盡染；漫江碧透，百舸爭流。鷹撃長空，魚翔淺底，萬類霜天競自由。悵寥廓，問　蒼茫大地，誰主沈浮？　　　携來百侶曾游。憶往昔、崢嶸歳月稠。恰　同學少年，風華正茂；書生意氣，揮斥方遒。指點江山，激揚文字，糞土當年萬戸侯。曾記否，到　中流撃水，浪遏飛舟？」とある。

※一川風月自黄昏：あたり一面の美しい景色が、自然とたそがれてきた。　・一川：一面の原野。＝満川（＝平野一面に、の意）。辺り一面の素晴らしい、の意。また、全川。また、一すじの川の流れ。　・川（せん）：はら。原（はら）。広野。この「川（せん）」は詩語で、「平川（へいせん）」（＝（川のある）平野）、「川原（せんげん）」（＝平原。広野。広々として人影のないところ）の意。詩詞では川（かわ）の有無に関わらず、「一川（いっせん）」「川原（せんげん）」と表現することが多い。宋・無名氏の『鳳棲梧』に「綠暗紅稀春已暮，燕子銜泥，飛入垂楊處。柳絮欲停風不住，杜鵑聲裏山無數。　　　竹枝芒鞋無定據，穿過溪南，獨木橫橋路。樵子漁師來又去，一川風月誰爲主？」とあり、盛唐・王維の『臨高臺送黎拾遺』に「相送臨高臺，川原杳何極。日暮飛鳥還，行人去不息。」とあり、盛唐・杜甫の『秦州雜詩二十首』其三に「鼓角縁邊郡，川原欲夜時。秋聽殷地發，風散入雲悲。抱葉寒蝉靜，歸來獨鳥遲。萬方聲一概，吾道竟何之。」とあり、南宋・張孝祥の『六州歌頭』に「長淮望斷，關塞莽然平。征塵暗，霜風勁，悄邊聲。黯銷凝。追想當年事，殆天數，非人力。洙泗上，絃歌地，亦羶腥。隔水氈鄕，落日牛羊下，區脱縱橫。看名王宵獵，騎火一川明，笳鼓悲鳴，遣人驚。」とあり、南宋・范成大の『橫塘』に「南浦春來綠一川，石橋朱塔兩依然。年年送客橫塘路，細雨垂楊繫畫船。」とあり、賀鋳の『青玉案（凌波不過横塘路）』の「若問閑情都幾許？一川煙草，滿城風絮，梅子黄時雨」（一川煙草：一面に茂る草）とあり、呂本中の『滿江紅』東里先生に「東里先生，家何在、山陰溪曲。對一川平野，數間茅屋」とあり、明・辛愿の『亂後』に「兵去人歸日，花開雪霽天。川原荒宿草，墟落動新煙。困鼠鳴虚壁，飢烏啄廢田。似聞人語亂，縣吏已催錢。」とある。　・風月：清風と明月。自然の美しい景色。自然の景色を楽しむ喩え。また、男女の情。ここは、前者の意。　・自：自然と。おのづから。　・黄昏：たそがれになる。
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◎　構成について

韻式は、「ＡＡＡ」。韻脚は「門源昏」で、平水韻上平十三元。この作品の平仄は、次の通り。

○○●●●○○，（韻）
○●○○●●○。（韻）
●●○○○●●，
●○○●●○○。（韻）