日 記

(2012年6月)


<今野順夫の部屋>
 

◇ 今日で、6月も末。早い感じがするのだが、北海道は沖縄より気温が高く、30度を超えている。6月にしては過去にない暑さ。福島も暑いが、26度ほどかな。
 午前中は、コープふくしまの常勤理事会。店舗や共同購入等の各部からの経理を中心とした詳細な報告がある。毎週の動きを把握しており、詳細の数字の意味するところをもっと勉強しないとと思っている。4月からの3カ月、順調な経営状況である。協同組合は、経営の観点だけではないのだろうが、やはり経営状況が悪いと、組合員の生活を守る点でも支障が出るので、重要な問題。
 最初に開会の合図で何かを話をしなければならないので、新聞報道から、県内各市町村議会の大飯原発再稼働問題に対する意見書等の動向を話題とした。昨日の郡山市議会での全員一致の意見書採択を含め、南相馬市や川俣町、飯舘村など多くの議会で採択されたが、いわき市議会と福島市議会は、意見書賛成が過半数にならず不採択。
 それぞれの意見書の内容も一様ではないが、被災地の苦悩を発信する責任が、被災地にあるのではないかと思う。他県の原発ではあるが、原発事故がいかに悲惨な状況をもたらしているかを発信する義務があるのではないか。特に、この事故の総括が出来ていないのに、再稼働の決定は拙速ではなかろうか。
 特殊、福島だけの問題として例外的に片付けられ、忘れ去られていく気配を感ずる時、被災地住民の代表機関としては、住民が心身とも限界の状況にあり、また子どもたちや家族の離散、就業の場の喪失、風評被害、命を絶つ人もある等々悲惨な状況を、原発事故は産み出すのだということを、発信する責任を負っているのではなかろうか。損得の問題ではない。痛さを感じた時に、痛いと発信し、他人の痛みを防ぐ努力をする責任があるのではなかろうか。
 午後、自宅で東北楽天の試合をテレビ観戦。8回までは8対0と快進撃だったが、9回表に、ヒメネスは崩れ、4点の大量点を許す。勝ったには勝ったが、ほろ苦い勝ち方、それでも連勝。明日もNHK中継があるが、釜田が登板。若い選手がどんどん出てきて、面白い。鉄平も負けじと奮起、ヒーローインタビューをしていた。
 夜、首都圏に日帰り出張の娘が、途中で、孫娘が具合が悪いと連絡あり、ヒヤヒヤで帰ってきたとのメール。何とか、落ち着いているようだが、子どもはいつものことながら心配だ。(6/30)<13097>


◇ 終日、宅勤。朝から義母は出かけているし、妻は午後から仕事。仕事(パソコンを眺めている)、書類整理(研究室と自宅に分割している時の悩み=あっちにある?、は無くなったが、上手く整理できていない)等で、時間が過ぎる。
 午後、銀行に行く。車を替えようと思って契約はしたが、そろそろ納車となると、現金が必要となる。わずかの金を3つの銀行に分けていたので、それぞれ下す(ATM)のに時間がかかる。
 今のMarkXは、気に入っているが、既に11万キロくらい走っているし、何よりもハイオク専用で、1リッター8キロくらい。燃費が悪い。ハイブリッド車にして、SAIというトヨタの車。知人の自動車整備工場の世話も得て、前回と同様トヨペットから。何年乗れるか分からない(いつ免許証返上するか?あるいは事実上不乗車)が、慣れるまで時間がかかるかな?

 NHKテレビで、東北楽天⇔ソフトバンク。田中が出ているが、なかなか支援する打撃が振るわない。何とか6対0で東北楽天の勝利。田中も完封の試合はしばらくぶり。
 クリネックスの野球場を見ていると、職員のW君と一緒に行った頃が懐かしい。テレビで見た方が、よく分かるが、しかし、その雰囲気はいい。一人で行っても楽しめるという心境ではないが、友人・知人と一緒なら、また行ってみたい。あれは「集会」と同じなのかな?ツイッターで、大飯原発再稼働反対の集会が膨らんでいるが、やはり、パソコン画面上だけとは違ったものなのかな?野球と同列にするのは、失礼な話だが。現実に人と会うことの力は、メールやブログとは大きな違いなのだろう。(6/29)<13077>


◇ 木曜日。午前中は、福島県の委員会に出席。そろそろ忙しい時期になってきました。時間を合理的に調整して、課されている課題を受け止めて、進めていきたいものです。例年の仕事の繰り返しの面がありますが、やはり、震災からの復興に向かって、受け身にならず、飛躍が必要と思います。
 午後は、コープの店で弁当を買い、生協本部で、職員の皆さんの控室で、お茶をいただいて食べました。初めてのコープの役職ですので、早く、職員と知りあいになりたい。孫に似たのか、人見知りする性格なので(孫が似たのか?)。
 午後、地元2紙(福島民報・福島民友)に出す、80周年の広告(7月5日付)の取材と撮影。私は、顔写真と短い挨拶文ですが、専務や店舗部次長が、内容については詰めてくれています。新聞1面の半分くらいの大きな広告ですので、組合員にも大きな反響をよぶことでしょう。期待しています。
 写真撮影は、どうしてもなれません。どうして政治家は、あのようなにこやかな写真が撮れるのでしょうか。無理して笑顔を作ろうとすると、ひきつってしまいます。
 生協本部にいる時、大きな地震が到来。又か(3.11もコープの会議中)と思ったが、震度4(福島市は震度3)でした。14時52分。震源地:福島県沖、マグニチュード5.2。
 私が居たのは、理事長室(役員室)兼応接室。皆さんが事務をとっているところから10メートル程離れています。常務に、地震の時は、事務の方に来てくださいと、言われて、私が一人離れた所にいることに気づく。慣れてきたこともありますが、しかし、怖いことには違いありません。(6/28)<13052>


◇ 午後1時から5時頃まで、県の委員会の仕事の一環として県議会の本議会に出ていました。
 5人の質問者が、それぞれ20分の範囲で質問し、県当局が答弁します。質問事項の順番と、答弁の順番が同じではありません。答弁は、知事をトップに、その序列にしたがって答える。最初は戸惑いましたが、基本的には知事が答弁、その他は部下が答える建前を貫くと、一定の合理性があるようです。
 脱原発問題等、どうしても震災関連の問題が中心です。相互に対するヤジもなく、各議員は真剣な議論。面白いのは、各質問者毎に、傍聴席の数が変化します。多分、支持者でしょう。質問が終わると、一斉に退場し、また新しい方々が入場します。やはり選挙民が背景に背負っているのでしょう。
 やはり4時間。身動きしないでいるのは、疲れました。
 今朝は、NHKの朝イチ。飯舘村の特集ですが、同僚の丹波さんが出演、解説していました。研究者にしておくのはもったいないように、堂々としていました。大したものです。大学教員が、積極的に復興のために、現場で積極的に動いていること、誇りに思っています。(6/27)<13022>


◇ 社会保障改革と消費税問題で揺れる国会。テレビで衆議院本会議の様子を中継。もっぱら、民主党内の造反議員の動向・範囲に注目。
 いつものことだが、政策論争が十分でなく、結局、民主党内部の結束を得ないまま、自民と公明との合意で可決に結び付いたという異常さ。関心は、小沢グループの今後の動向に向けられている。
 コープ関係の届け出等で、身分証明書を取得、さらに市民税の第1期納付と口座自動引き去りの依頼。
 夕方、医大まで行って、他のメンバーとともに、ふくしま復興支援フォーラムの報告の依頼。快諾していただいた。8月の初めに、「心のケア」問題でお話をいただく。7月下旬の報告依頼のメールを送信。予定では、17回を数えるが、夏休みにもなるし(自宅生活していると夏休みの感覚がわからないが)、すこし今後の展望を考えてみたい。(6/26)<13001>


◇ 午前中、義母をショートスティに迎えに行きました。
 午後、大学へ。非常勤講義科目。少し、準備不足です。どうも、教科書に拘り過ぎているのか、あまり上手くいきません。やっぱり準備次第です。いつまでも反省ばかりです。
 夕方、飯舘村の審査会に出席。テレビは、明日の消費税増税の裁決を前に、緊迫している様子を伝えています。新党結成も含め、波乱含みです。(6/25)<12982>


◇ 昨夜は、塩竈の孫宅に泊まりました。
 昨日の夕方、東北自動車道を通り、まずは「じゅげむ」の訪問。高校生の娘さんの友だちが5〜6名。和やかに、賑やかに談笑していました。高校生も、主婦も、単身赴任者も、子連れの家族も、安心して、ゆったり寛げるのはこの店の長所。夕方も含めて、恒常的に来客があることが経営上の必須のようです。
 孫宅での夕食の後、子連れの家族全員で近くの「カラオケボックス」へ。5歳、3歳、1歳ですので、どんなもんだろうと思ったが、子連れ用に、遊具が揃っています。1歳児も全然飽きません。肝心の歌の方は、孫娘とお父さんはAKB48、私は懐メロ演歌。全く一貫性のないメロディーですが、それぞれ楽しんで帰ってきました。
 今日の午前中は、保育園のバザーに付き合ってきました。保育園への支援が主ですが、震災被災地・女川への支援も入っています(特に図書館支援)。
 午後、札幌から帰る妻を仙台空港で迎えて、再度、塩竈へ。札幌の土産話と孫との交流。帰途、妻と「じゅげむ」に立ち寄って、軽めの昼食、そして夕食用のソバ巻などを購入して、帰宅しました。今、ETV特集「飯舘村」を見ています。明日の講義の準備が、少々、気がかりですが、まずは見てからにしましょう。(6/24)<12957>


◇ 真夏のような好天です。土曜日です。妻が札幌の中学時代の同級会の会合に出るため、仙台空港から飛び立ちます。福島駅まで送り。
 コープふくしまの定例の常勤理事会に出席。各部門の詳しい状況報告で、なかなか理解できない面もありますが、だんだん数字にも慣れてきました。
 震災からの復興の中で、コープの果たすべき役割は多いのですが、問題を具体的に提示して、解決していく必要があると思っています。
 微力でもコープのおかげで、福島の復興が前進した言われたいものです。組合員を中心に、その生活の防衛の役割をしたいものです。
 義母はショートスティ、土曜日、一人くすぶっているのもなんですから、じゅげむと孫宅に遊びに行くことにします。バザーもあるとのこと。日曜日の札幌からの帰りの妻を仙台空港で拾うことにしましょう。
 今日は沖縄の「慰霊の日」。67年前に県民の4分の1が犠牲になった日です。その犠牲を、未だに解決できていない悔しさを憶えます。
 大飯原発の再起動の道が進められ、また原子力基本法に「安全保障のため」という条項が入って、きな臭い感じがします。
 原爆と原発が、同根であることを示しているのでしょう。心を締めて、向かう必要があるでしょう。(6/23)<12938>


◇ 昨日(21日)は、ふくしま復興支援フォーラムの第14回の例会。中小企業診断士の佐藤健一さんに、浪江町の商工業の再建の取組について話を伺いました。
 避難先の二本松市で、二本松の商工業者や住民の支援を受けながら、二本松で事業の再建しようとしている取り組みを教えていただきました。避難者を受け入れている側との協働ができ始めているのは注目すべき点です。そこでは、単なるお客さんではなく、二本松の空き店舗を利用しながら、二本松自体の活性化に向かっているようです。お祭りも、それぞれの町の伝統を踏まえて、一緒にやっているようです。
 原発災害、避難は耐え難いものですが、市民同士、自治体同士の絆が広がっていくことは、うれしい。国ー県ー市町村との縦の系列での行政的責任による復興支援は当然ですが、自治体同士の相互援助は大切です。
 釜石で被災した先生の本を読んで、救援のための重機が迅速に、協定自治体から動いたとの話は、有難い。もっと、並列的な相互援助の関係、また自治体職員の相互連携が進めばいいと思います。
 陸前高田市の職員として被災した卒業生に、被災自治体間の職員のネットワークを、まずは卒業生だけでもできないかと持ちかけています。一般には、以前から考えていましたが、震災からの復興の中で、特に感じています。
 今日(22日)は、義母をショートスティに送って、これから仙台の会議に出る妻を福島駅まで送ります。ついでに、避難者との交流のために作られた「チョコラボ」でも覗いてこようかな?覗くだけでなく、実際の交流の場にしないと・・・。(6/22)<12919>


◇ 今日の午後、「地域づくり総合支援事業」の開始式に参加しました。自宅の笹谷に近い仮設住宅の近くにある、「浪江町サポートセンターふくしま」。この事業は、福島シニアライオンズクラブが申請したもので、借上げ住宅等の避難者の生活再建のための自立支援事業です。
 福島市内の借上げ住宅に避難されている浪江町の高齢避難者の健康増進のためのもので、傾聴ボランティアの育成も行います。実施は、事業の実行委員会を作り、協働で行いますが、その委員長になっていますので、開始式で挨拶をすることになりました。
 毎週水曜日、このセンターに集まって自立訓練をやることになりますが、今日も開始式の後、それぞれが健康相談、運動能力判定など行っていました。40人ほどの参加ですが、市内でバラバラに住んでいるので、車などに分乗して集まりました。
 仮設住宅と比較しても、借上げ住宅の避難者は、孤立していることが多く、その点に狙いを定めての支援活動は、ユニークな取り組みです。年度内付き合うことになりますが、少しでも、避難の苦難を和らげられるものであればと思っています。(6/20)<12876>


◇ 季節外れ(?)の6月の台風が、日本列島を襲っています。福島も、雨の音がうるさいほど降っています。風は、それほど強くはありませんが。
 宮城・石巻で、高潮に警戒して1万人以上が避難したとの全国ニュースがありました。隣町・故郷女川町が心配です。
 台風・高潮にも津波の悪夢が蘇ります。なんとか、そっと通り過ぎて欲しいと、祈るような気持ちです。

 今日は、元同僚とともに4人で、原発事故で避難し、最近「帰村宣言」をした川内村を訪ねました
 先日、遠藤村長の話を聞いて、とにかく現地に入ることが重要と考えて、役場、観光協会(商工会)、コミュニティセンター(福島大学のサテライト)などを見学しました。
 食べるもの(昼食)を心配して行きましたが、唯一開店している蕎麦屋「天山」で、おいしい蕎麦をいただきました。隣接する旅館(小松屋旅館=草野心平先生ゆかりの旅館)も、一般客も泊まれそうです。ご主人は商工会の会長ですが、お客さんに蕎麦を出す時間。お話は後日になりました。何とか、人の交流を多くしたいものです。
 富岡町との境の警戒線までたどり着き、帰りは、温泉「かわうちの湯」に浸りました。5分の1の600人弱の住民の帰村ですが、一歩一歩、拡大していくしかありません。双葉郡の復興の中で、一番可能性の高い川内村。ここで成功しないと、なかなか展望は見えません。何とか、協働の力で実現していきたいと思います。(6/19)<12858>


◇ 月曜日の午後は、社会保障法の講義。
 講義の順番では、社会手当や社会福祉サービスの所だが、冒頭に、国会の社会保障法改正案の動向の資料配布。
の  民主・自民・公明の三党の合意が成立したということで、テレビも報道している。
 「朝日」の合意内容をプリントして、社会保障法関連法の立法過程を知ってもらうこととした。
 成功したかどうかわからないが、日々の国会情報を単なる政局の問題としてではなく、社会保障制度の在り方と結びつけて理解してほしかった。
 帰り、今朝電話のあった福島市役所に立ち寄る。立ち上げる予定の委員会への参加要請と、内容の説明を受けた。
 新装された市役所の庁舎には、初めて入った。立派である。ゼミ卒業生もここで働いているのか。頑張っているでしょう。
 コープふくしまの理事長に就任したという新聞記事を読んで、様々な手段で、お祝い・励ましの言葉を戴いた。経済界で活躍し、大学の経営にも参画していただいたHさんから、丁寧な手紙を戴いた。「コープは、私共の日常生活にとりまして、拠り所のひとつとして、貴重な存在です。この度の今野先生の理事長ご就任で、尚一層近親感を増しました。・・・・」。県の幹部からは、「また、このたびは新たな大役への御就任、おめでとうございます。御苦労も多いことと存じますが、市民や社会への影響の大きい組織ですから、先生のお力をふくしまの再生に発揮していただけることと期待しております。」などなど。私の力や役割は、それほど大きくはありませんが、コープに対して、温かい眼差しを向けてくれる皆さんに感謝しています。
 明日は、友人らと4人で、川内村に入る。まずは、足入れだが、研究の対象としても手掛かりを掴めれば・・(6/18)<12838>


◇ 日曜日だが、松川事件無罪確定50周年記念事業実行委員会に参加すべく、市民会館へ。1963年9月12日、私は大学1年だったが最高裁で無罪が確定した。死刑を含む20人の被告団、最高裁で仙台高裁に差し戻され、有名な門田判決が下されたのが高校2年だったろうか。
 社会問題として意識しつつも、自覚的に考えるようになったのは、大学に入ってからである。松川無罪運動を推し進めた学内外の大きな集団が存在していた。福島の事件であるが、高裁の地・仙台で学ぶことになる。
 学長時代に、事件発生の60周年記念行事を大学で行ったが、大学の松川資料室の存続問題が絡んでいた。大学として大切に保存し、利用することは当然だったが、法人化の中での大学、あまり信用されなかったことは心苦しい。一番の問題は、被告も含め、事件を体験した者も高齢化が進んでしまったことである。
 風化させてはいけない、これは震災と同様だが、その為の取組も必要であろう。最近、松川記念会で、語り部の養成講座を行い、常に数十名の参加と、少し若い方がたも参加していると聞くと、心強い。最近の外国人の再審決定でも、松川の裁判が参照されていると聞き、過去の事件ではないと思う。そうした願いを持って、1年半後の記念事業のための実行委員会である。
 午後は、睡魔と闘いながら、明日の講義の下準備。なかなか捗らない。
 なかなか「女川つながる図書館」への図書カードが集まらなくて頭を抱えていましたが、どうもホームページがくどいのかなと反省して、単純明快な<「女川つながる図書館」に図書カードを贈りましょう>という名前のホームページを出しました。1時間もしないうちに、携帯から、ツイッターで見ました、6000円分の図書カードを送りますとのメールが来ました。福島市在住の方です。万歳!!と喜びました。累積十万円分はもう寸前。頑張るか。
 夕方、娘から父の日プレゼントが届く。何も父らしいことはしていないが、ありがたい。Facebookを通じて、なすびさんと孫の写真。有名人なんだってね。本当に世の中のことを知らない。卒業生が、いろいろ教えてくれました。明日は月曜日、非常勤講師になります。(6/17)<12818>


◇ 土曜日、午前中はコープの常勤理事会。初めて出てみて、各部長がかなり詳しいデータを出しながら一週間の報告をしている。経営は、多面的な要素があると感心。勉強して、少しは役に立たないとダメだと自覚。担当者のやる気を削がない様に。
 終了直後、駅まで急いで、仙台へ。久しぶりの立ちんぼ新幹線。なんでだろう?
 川内での社会法研究会(月例会)。大学教員の普通解雇問題、フランスの社会保障制度の報告があった。懲戒解雇は慎重に扱われているが、普通解雇や分限免職のルールを明確にしていく必要があるような気もする。欧米と異なり、労働契約内容の曖昧性が、労働契約所定の義務違反や適格性欠如の判断を難しくしている。また、安易に利用しかねない。
 研究会終了後、仙台三越で開かれている女川出身の画家・佐藤幸子さんの油絵展へ。幸いにも、ご本人とお話ができた。3年上の女川一中の先輩。本当に素敵な先輩である。故郷の壊滅的被害の中で、その支援のために個展を開いている。女川の共通の恩師・大方先生の話も。大方先生が、その後農学部の教授になり、その退官お祝い会で、先生から紹介された先輩で、それ以来である。女川病院に寄贈し、津波で流されたが、その修復をして再寄贈された作品「祈り」の前で、写真を撮らせてもらった。
 丁度、お見えの女川の須田さんともお話できた。元町長夫人・現町長の母上であるが、気さくなご婦人である。彼女も二級上の先輩。同じ算盤の塾で一緒だったようだ。覚えてはいないが、同じ「順」の字の共通の名前で、私は「順夫(としお)」と読ませるので、印象が残っていたようだ。小学5年生頃(?)なので、私には記憶はない。幼かったのであろう。私の姉のことも、我が家の商売のことも知っており、随分近くにいたものと不思議な気持ちと嬉しさ。
 何か、同じ郷里の壊滅を見て、落ち込んでいる私に比べて、先輩・ご婦人たちの逞しさ、強さを感じながら、ほろ苦い感覚に浸りながら、また心を温かくして帰宅した。こんな被災をしなければ、あるいはお会いすることがなかったかもしれないが、何か、うんと得したような一日だった。(6/16)<12799>


◇ 金曜日の今日、義母の通院へのお手伝い。9時過ぎに行ったが、戻ってきたのは12時頃。金曜日のせいか、患者さんが多かったようだ。気にしていた検査の結果は、大丈夫。妻も、心から安堵したよう。そのせいか、元気になったようだ。まずは良かった。
 午後、約束していた米良さんが、札幌から福島空港に飛び、福島空港からタクシーで来てくれた。かなりの距離だが2500円の料金。利用の少ない空港の苦肉の策。
 福島駅で逢い、信夫山の角屋でソバを食べながらの打ち合わせ。クラウドファンディングサービスをやっている。大学院出たての若い実業家(?)。宮城県立図書館の方の間接的な紹介で、女川つながる図書館の充実のために関心をもった。図書館・文化施設だけでなく、多様な事業(プロジェクト)のファンディングである。女川では、現地の発信を第一に考えながら、現地と相談しながら協力をしたいものである。
 マイカーを乗り換える(MarkXからSAI)べく契約したが、月内には納車があるらしく、宇田自動車整備工場から連絡あり。諸経費と頭金を持参して、しばらくぶりに訪ねる。
 丁度、初孫が生まれ、娘さんが里帰りの時期。かわいくて仕方が無さそう。5月1日生まれ、奥さん(お祖母ちゃんは私と同じ5月2日生まれ)の誕生日とニアミス。あっ、今年はうるう年だということを連絡できなかったのかなと言って笑った。
 難産だったようだが、娘さん(教師)も新米ママとして一日一日、幸せな日々を送っているようだった。やはり、放射線の高いこの地で、出産することでいろいろ考えたが、いまこの地で出産してよかったと納得しているようだった。健やかな生育を祈る。
 地元紙に、コープふくしま理事長の記事や写真が出たので、数人から「おめでとう」のメール。うーん。理事長といっても非常勤なので、それほど経営的責任は求められてはいない。しかし、対外的にせよ、協同組合の意義を発信する責任は感じないと。明日はさっそく、常勤理事会を覗いて、それから仙台の研究会へ。(6/15)<12781>


◇ 今日の午前中は、昨日のコープふくしま総代会で理事長に就任したため、前理事長とともに、各機関への退任及び就任挨拶。
 午前9時にコープ本部に集合。「理事長」の新しい名刺を持たせられて、専務と常務を含め4人で出発。福島民報社で、編集局長及び報道部長らと挨拶・懇談。福島民友新聞社では広告局次長らと。その後、取引業者を回る。取引業者のまとめ役の内池醸造、さらに福島市卸売市場の福島中央青果卸売、福島丸公、最後にJA福島中央会。
 コープというと、どのように消費者のニーズに応えるかということが前面に出るが、こうした納入業者との密接な関係で成り立っているということを、改めて理解する。日常的な信頼関係を構築していかない限り、消費者の生活に責任を持てないのであろう。
 今日は、大学の講義(キャリア形成論)に、卒業生のHさん(日本生協連)が来てくれているので、大学に。コープの上部機関なので、コープの活動の専門家。
 福島駅に送るということで、どこか見たいかと聞くと、コープの店と競合店を覗きたいとのこと。二つの店を比較して、値段もともかく、どのように消費者の心理を掴んで陳列をするかなど、経験に基づいて教えてもらった。確かに、多く売れている商品の棚の底が見えるものもあり、すぐに売れ筋を補充していない等、コープの店は課題は多そうだ。
 体制の問題なのか、従業員教育の問題なのか、従業員数の問題か、競合店の進んでいる所に見習って、改善すべきところが多そうだ。具体的には、様々な意味で研修も重視しなければならない感じがする。
 人疲れをしたのか、夕食前、暫し夕寝。理事長といっても、最低月1回の定例理事会出席。しかし、毎週の常勤理事会や様々な部門の会議に参加しながら、コープの全体状況を掴むようにしたい。
 女川の図書館へ図書カードを贈る運動は、まだ広がりが見えない。私を含め4人で6万8500円。明日は、民間ファンドを進めている担当者のMさんが福島に寄ってくれて、相談することになっている。やはり、その切実さを確認し、それを発信する点で不十分なのだろう。粘り強く、継続していきましょう。(6/14)<12748>


◇ 今日は、コープデイ。9時半頃市内グリーンパレスへ。コープふくしまの「第18回通常総代会」。各地の総代を含む二百数十名の出席で、大広間は満杯です。
 日本生協連の会長の来賓の挨拶などを受け、議事は淡々と進みました。特に昨年からの放射能に対する闘いなど、見るべき成果を上げてきました。次期の役員(理事・監事)の選挙。理事の中でも地域区理事11名のうち、4人が新任。全県区理事9人のうち2人が新任。監事5人のうち3人が新任。25人のうち9人が新任という大幅な交代。
 私も全県区理事として再任され、第1回理事会で理事長(7代目)に選任されました。
 80年の歴史を持つコープふくしま。17万5千人の組合員をもつ大組織ですので、身が引き締まります。専務理事や常務理事などの常勤理事が再任されていますので心配はしていませんが、非常勤でも組織を代表する責任を痛感しています。組合員の生活向上のためにベストを尽くさなければなりません。
 前理事長の八島さんは、14年間の理事長でした。再建から新たな展開という大きな尽力をなされました。本当にご苦労様でした。
 総会終了後、役員会の慰労会と歓迎会。退任者が多いので、感謝状や花束贈呈、そして全員のあいさつ。新役員会が発足しました。
 慰労会などの終了後、大学へ。大学生協後援会の解散会議と懇親会。昨年やる予定が、震災で延びていたもの。歴代の大学生協理事長などが集まりました。私は挨拶を予定されていたのですが、懇親会の終了直前に到着。地域生協の総会が終わったばかりですので、地域と大学の連携を、生協のレベルでも実現していきたいという趣旨の話をしました。
 すっかり疲労困憊の帰路。猛烈な睡魔で大変でしたが、何とか無事、帰宅。今日は、休むことにしましょう。(6/13)<12712>


◇ 今朝、図書カードを簡易書留でおくるために郵便局、そして支所に証明書をもらいに寄って、その後、ショートステイへ。義母のお迎え。
 帰宅後、しばらく行っていなかった眼科に義母を連れていく。しばらく来なかったということで、視力検査など結構面倒。穴が開いている方はどちらという検査表だが、言葉が不自由になっているので、そう聞かれてもと思ったが、本人は、「右」「左」「上」「下」と明確に答えている。ついて行ったこちらがビックリ。
 そのせいか、要介護度は1ランク下がる。喜ばしいことだが、限度額が下がるので、予定していたケアプランの変更をせざるを得ない。(保険内でやるためには)。努力して介護度が下がると、ケアを少なくする。この制度の問題点が見える気もする。
 今朝の地元紙は、また警戒区域の自宅に仮設から一時帰宅者・54歳の男性の自殺の報道。先月末、別の町でも、やはり一時帰宅者の男性の自殺。何か、危惧していたことが現実になる。いたたまれず、Facebookに書く。「今朝の地元紙(福島民報)を読んで、息を飲み込む。南相馬市での自殺の報道。5月末にも浪江町に続く。仮設住宅から自宅に戻った時期も同様。危惧していたが、1年を過ぎた時点であるがゆえに、孤立している精神的負担が急激に高まっているのでは。危惧していただけに、自らの非力さを痛感。福島市内の避難者に対するプロジェクトを20日から開始しようとしているが、なかなか打つ手が見えない。「ふくしま復興支援フォーラム」で、この問題についての専門家の話を聞く企画を打診している。福島駅前のチョコラボで、避難者と受け入れ市民との交流(井戸端会議)を相談しているが、・・・。全国的には、忘れ去られつつある時が、最も辛い。この時期だからこそ、寄り添い、絆を強めなければと思っています。」と。
 明日は一日中、非常勤理事をしているコープふくしまの総代会総会。数百人の総代、熱心な議論が闘わせられることだろう。(6/12)<12684>


◇ 月曜日、非常勤科目の講義の日です。油断していましたが、あまり準備が整っていなかったことに気づき、昨夜は睡魔でできませんでしたので、今朝は11時頃までお勉強。
 雇用保険の章ですが、なかなか学生の関心を引き付けるのは容易ではありません。法律時報の6月号に載せた論文をコピーして、配布しました。現実の震災の中での雇用保障、少しは現実との絡みを理解してくれればいいのですが。
 4時過ぎまでの講義の後、コープふくしまの店舗巡りをやっていました。「コープふくしま」には県北に、11の店舗がありますが、中に入ったことのない店舗が多いのですが、先日の5店舗見学に続いて、コープマートあだたら(二本松)とコープマートやのめ(福島市南矢野目)を訪れました。これで全店舗制覇(?)
 夕方のせいか、二つともお客さんは多い。いろいろレイアウトとか、同じコープの店も、いろいろ違いが見えて、面白い。市街地は、他のスーパーの活発な動きの中で、経営は容易ではなさそうです。やはり協同組合の良さを生かして、その理念実現に向かうべきでしょう。
 入荷の連絡があった雑誌を受け取りに書店に立ち寄りました。「労働法律旬報」6月上旬号。特集「橋下政治に対する批判的検討」。萬井先生の巻頭文「ハシズムと民主主義」。えっ?ファシズムのことかなと思ったら、ハシモトとファシズムを足した造語とのこと。週刊誌では常識と妻に教えられる。
 少し時代から取り残されているかな?だんだん、大学での行動様式からも離れはじめています。非常勤科目の最終日・7月末まで、真面目に通うことにしましょう。有終の美ではありませんが。次のステップに向けて。(6/11)<12666>


◇ 昨夜は、仙台市・作並温泉での中学校同期会があって宿泊し、多賀城に寄って帰ってきました。
 土曜日の昨日は、朝に病院の定期診察。少し、値は下がりましたが、高いことには違いがありません。日本糖尿病協会編の「糖尿病連携手帳」をもらいました。レベルは高くはありませんが、自覚していかなければなりません。
 午後、車で仙台・作並温泉へ。第9回同期会(かしわ会)。1960年3月中学校(仙台市立東華中学校)卒業ですので、52年前の卒業です。先生方2人を含む40人が集まりました。
 私は1年間のみの在籍ですので、クラス(3年8組)以外での顔見知りはあまりいません。クラスは、昨年の10月22日に18名もの方が集合して、昼食会を仙台で行いました。
 今回は5名で寂しかったですが、偶々両隣に座った方はの一人は、大学の学部は違っていたが、私の妻や友人たちのことをよく覚えていました。奇遇です。そして左隣は、バスケット部で同じだったT君。白髪を消してじっと顔を見ると、中学生の時の顔が浮かんできます。
 中学時代は、ほとんど話す機会がなかった人も、同じ歴史を体験し、背負ってきた仲間で、興味はつきません。同室のKさんも、私が福大でお世話になって先生の弟さん。不思議な縁です。
 もっと積極的に、話す機会のなかった方々の話も聞きたかったなと反省していますが、何歳なっても、この消極性・ひとみしりは治りません。孫娘にまで遺伝してしまっているようです。津波で犠牲になった同期生もおりました。本当に残念です。元気なみんなを見て、勇気をもらいました。2年後の古稀の同期会まで、元気に頑張りたいものです。
 朝食後、みんなと別れて、一路・多賀城「じゅげむ」へ。昼前の準備で忙しい時期でしたが、娘一家5人とも落ち合って、楽しい、昼食。孫たちとのかけっこ(?)。運動不足の解消になりました。一番ちび孫の成長の速さにびっくり。私と別れてから、ゴルフ練習場に行きました。ゴルフ好きのお父さん、娘に期待込めているようです。成果は疑問ですが、何よりも目標をもって集中するのは、いいことです。私は、昨夜来の疲れからくる睡魔と闘いながら帰宅しましたが、いつも通り、菅生PAで短時間の仮眠、すっきり帰ってきました。
 明日から、新しい一週間が始まります。いわきの弁護士の菅波さんらの『避難する権利、それぞれの選択 被曝の時代を生きる』(岩波ブックレットN.839)が、アマゾンから届きました。自分の子どもを守りながら、地域住民をまもる、その活動に感動します。(6/10)<12646>


◇ 午前中、県立図書館から本の返却日。自分で買った本などは、積読で、いつか読むだろうということで結局読まず。図書館の本はそんなわけにもいかず、急いで残りの分を速読。
 なんでも自分のものにする癖は、結局、最後まで読まずになってしまい、震災の本の整理・研究室撤退の本の整理で、ゴミ箱への苦い経験。
 図書館の本を利用するのは、財政問題(本の購入費)、住環境問題(収納能力)、健康問題(図書館まで歩く)、と一挙三得。と思いつつ、結局はアマゾンに気楽に頼んでいる。いずれにしろ、図書館の本を活用しよう。
 義母をショートスティに送る。3泊4日。
 帰途、買い物を済ませ、コープふくしまの理事会。来週の13日に総代会があるので、今期最後の理事会。
 経営状況は順調、震災後、除染活動や食品の安全確認(陰膳方式)で、社会的にも認知されたようだ。
 市民(組合員)の生活を守ることを使命とする生協。今年は80周年、そして世界協同組合年。消費生活のみならず、協同組合の役割が大きくなっている。
 市民に、もっと頼りにされる生協でなくてはいけないだろう。(6/8)<12612>


◇ 日中は宅勤。授業感想文のタイピングをしていました。途中、散髪へ。
 夕方、第13回ふくしま復興支援フォーラム。遠藤雄幸・川内村長に、復興に向けた取組と課題について話していただいた。
 双葉8町村でいち早く、「帰村宣言」を出し、着々と手を打ってきた。役場機能は回復したが、住民の6分の5は、帰還はしていない。一斉帰還は現実的ではなかったのだろう。着実にできることを実施していく必要があろう。
 約40人の参加、その先導的な試みに応援をしたいものである。川内村の帰還の帰趨が、双葉全体に大きな意義をもつ。
 双葉郡の中での連携、そして全県的に包み込むような取組が必要であろう。(6/7)<12588>


◇ 今日も一日、宅勤。
 実行していることは、昨日と同じ。
 夜、天童に居る友人夫婦に電話。来月、ゼミ卒業生の結婚式が天童温泉で行われるので、その際、逢いたいなと思って。
 昼間かけて不在で、夜かけようと思っていると深夜になる。今日は、9時前。元気な声を聞くことができました。1歳下だったのですが、学生時代の一定期間、同じアパートの一室に同居。6畳間位でしたので、よくまあ、居たもんです。ほとんど、家事らしいことはしていなかったので、ただ寝に帰るだけ。自宅で勉強もしなかった。大学院時代は、研究室があったので、居場所はありましたが。
 定年退職も6年前くらい。自宅でのんびり過ごしているようですが、山形ですから、サクランボの収穫のアルバイトをしているようです。元気で何より。孫の話、震災・津波・放射線の話、奥さん同士は数年前、逢う機会があったようですが、私は、電話はともかく、実際会うのは、何十年ぶりかもしれません。恥ずかしきことばかりですが、いい思い出です。
 東北楽天と阪神戦は、昨日に続いて、BS1で中継放送。今日は田中の先発。勝つには勝ちましたが、田中の投球は、本人も不満だったようです。ヒーローインタビューでも、「イマイチではなく、イマサンくらい」と面白いことを言ってました。
 そういえば、松井や島や牧田、そして投手も永井など、皆ケガで休み。そのおかげか、若い選手を起用せざるを得ないのも、また新鮮である。有力選手が戻って欲しいということは当たり前だが、この間に若い選手が戦力になり、総じてチームのレベルアップにつながってくれればと思う。
 周りに、優秀な人材が多いと、芽が出ないことがあるし、優秀な人材がなく、誰にも頼れず、背伸びしてでも成長せざるを得ないこともあるし、野球に限らず、チャンスのタイミングは微妙。また、それも面白いかも。
 姪が開業した食堂「じゅげむ」。ツイッターやメールで、励ましのメッセージがたまってきたので、備忘録ではないが、ホームページに「励ましのメッセージ」のコーナーを作った。広がるといいね。(6/6)<12556>


◇ 今日は、日中、宅勤。
 女川つながる図書館のこと、復興支援フォーラムのこと、授業の準備のこと等など、いろいろ拡散して落ち着きません。
 昨夜、ウトウトしてあまり早く就寝したものですから、夜中に目が覚めたので、ペースが狂いました。
 夕方、映画館「フォーラム福島」に行って、特集「映画から原発を考える」シリーズの一つ、「friends after 3.11」を見てきました。
 岩井俊二監督のもので、松田美由紀や山本太郎、小出・武田など研究者も出てくる対話ドキュメンタリー。原発事故だけでなく、塩竈や石巻の津波被害も出てきました。
 緊張した1年が過ぎ、だんだん忘れがちになってきている中で、被災者の心のケアの必要性を感じます。
 震災直後ではなく、1〜2年後は、自殺が多くなることが懸念されています。
 シニアライオンズクラブと一緒に、仮設住宅や借り上げ住宅の避難者、特に高齢者への支援活動を具体化していますが、もっと、避難している人々と、受け入れ地域の市民との交流の仕掛けが必要かもしれません。
 駅前のチョコラボなどで、それが具体化できるといいのですが。「支援」などと言わないで、井戸端会議でもできるといいのですが・・。
 やるべき課題は多い。フォーラムの取組の拡充、女川の図書館、コープの理事としての活動、秋の学会に向けた研究報告の準備・・・・。生き延びている者としての責任として、頑張りましょう。(6/5)<12529>


◇ 月曜日、昨夜はお誘いのあった基礎自治体の首長と職員の皆さんと飲み会。私と松野さんとを囲む会。退官のけじめということです。
 そのまま流れて4人で二次会。珍しく車を置いて行ったものですから、ビールやワインもおいしくいただきました。12時直前の帰宅。こんなに遅いのは、何年ぶりでしょうか。少し二日酔い気味で、一日眠いですね。
 原発事故で、言い知れない苦難を強いられている自治体。大変な1年を経て、さらに今後どう進むか、穏やかではありませんが、和やかな、心温まる会でした。若い職員、さらに女性職員も一緒に、屈託ない話で盛り上がりました。非力ですが、自治体に寄り添って、支援できればと思っています。一緒にがんばりましょう。

 午後の講義の準備は、十分でなく、それなのに、女川の画家・佐藤幸子さんの「油絵展」について、宣伝、Facebookやブログで紹介の作業。6月13日から19日、仙台三越です。
 油絵画家・佐藤幸子さんは、私より3つほど上の女川一中の先輩。丁度、尊敬する女川一中の先生・大方先生の指導を受けられていて、大方先生が東北大学の教授(農学部)の定年退職を祝う会の際に、紹介されました。
 美術は全く門外漢ですが、画家として大きな活躍しているので、同郷の者として誇りに思います。それにしても大方先生などの指導に恵まれました。それは女川に東北大学の水産試験所があり、その研究者が中学でも教鞭をとっていただいたようで、恵まれていました。大方先生は茨城・ひたちなか市にお住まいで、震災後も電話でお話ができました。仙台の研究会(16日)の午前中にでも、訪ねてみたいと思います。誰か行く人いないかなあ。

 午後の講義、真面目に3時間、聴講してくれましたが、もっと深められたらと思います。いつもの反省です。(6/4)<12499>


◇ 仙台の「フォレスト仙台」での会合で、震災の話をすることを頼まれて、早めに出かけました。
 仙台駅地下で昼食をとり、時間があったので、丸善に入り本を眺めていました。そろそろと思って地下鉄で北4番町駅下車。
 なんと、北方向に行っていると思っていたら、東方向に歩いていました。ガソリンスタンドのお兄さんに聞いて、軌道修正。仙台は、東西南北の感覚がつかめなくなりました。何度か農学部周辺は行ったことがあるのに。
 それにしても危なかった。ガソリンスタンド向けて歩いた瞬間、学生らしい人の高速の自転車が二人の間をスピードで抜けました。きっと変なおじさんが、目前を横切ったと思ったでしょう。
 私の大学の先生は、学生の自転車事故によって、亡くなりました。
 仙台の歩道は広くて気持ちがいいのですが、自転車がスピードですり抜けます。
 いろいろ大都会に行く機会はありますが、こんな危険な歩道を経験したことはない。田舎から出てきたオジサンにとっては危険。
 警察や行政は、全く無策なのでしょうか。そうなら、歩道上の自転車速度制限をして欲しい。歩道は、交通弱者が多い。
 ちなみに我が福島は、自転車は原則的に車道です(歩道が狭いので)。仙台が、変なことで有名にならないで欲しいが。

 会合は、「宮城県高校・障害児学校退職者の会 第8回定期総会」。第2部の講演で、「東日本大震災と日本国憲法」で話させていただきました。
 先輩が多い会合ですので、話にくいのですが、@東日本大震災の概要と特徴、A被災地東北の状況と復旧・復興の課題、B震災と日本国憲法、C震災からの復旧・復興の課題と構成しましたが、話は広がって、最後は駆け足。
 質疑は、その後の懇親会でということで、迷惑をかけました。懇親会には20数人いましたが、ほとんど全員が震災時の体験を含め、自己紹介をしていました。元気な活動を教えていただきました。
 終わってから図書館問題や、障害者問題で個別的な話もでき、今後の連携をさせていただくことにしました。
 急遽、入院した世話役の出浦さんに代わって、娘さん&お孫さん2人、そして奥さまが来てくれました。南アフリカのお土産や郷里の特産物とともに、朝鮮から引き揚げる母上の苦難の人生を綴った「母の歴史」を戴いきました。感動編です。

 仙台から福島駅に降りると、歩行者天国、そして国道13号線の車を止めて山車の行列。福島も取り戻しつつあると感慨に耽っていたが、秋田からの竿灯の友情出演。秋田在住10年の者としては、有難くて目頭が熱くなる(出浦さんの奥様も秋田・十文字出身)。ありがとう。がんばるね。(6/2)<12464>


◇ 今日から6月です。閣僚も含めてスーパークールビズ。生徒も衣替え。
 午前中は、義母の病院への送迎。その間に、街中で用をたして、自宅で待機。隣の住宅建築のための重機の音の大きさに、落ち着かない。何とか、早く工事が終わって欲しい。
 それにしても、我が家の隣は、上から見下ろされるような二階建てになりそう。大都会のビルの谷間の高齢者世帯のような気がしてきた。生活保護申請の際、家の売却を迫られた方々を思い出し、ビルは後に建ったと言っているだろうな。ちょっと気分が理解できた。

 午後、いろいろと客人が来られるというので、この機会に、コープふくしまの店を見てこようと思い、ドライブ。全体で10店舗があるが、北部に5店舗がある。宮城県境近く、国見町にはコープマート国見店。老人夫婦がゆったり買い物をしていました。それから桑折店(桑折町)。梁川店(伊達市旧梁川町)、保原店(伊達市旧保原町)、そして瀬上店(福島市瀬上)。
 表面的に比較すると、違いが分かりますが、それぞれの土地の歴史があるのでしょう。やはり生協は、地域コミュニティの中心にならないと。南部、あと2店をみると全店制覇(?)。買い物に疎い私でも、次から次へと店をボーッと見ても、その違いが分かります。ただ、同じ基準で比較してはいけない。
 レジの対応は、私のような不細工な高齢者だと、その違いが分かる。イケメンには誰でも親切、若い人には若い店員は親切。本当のことはわからない。なんて自分のことを正当化。非常勤理事としての職務ではないが、最低限、全店の雰囲気だけでも知らないと。

 6月のカレンダー。星野富弘さんの絵と言葉。絵は、「こころ」(ミヤコワスレ)。言葉は、「おぼえておきたいことは 忘れてしまい 忘れてしまいたいことは けして忘れられず にくらしいけれど わたしのこころ」。前に進める月にしましょう。(6/1)<12436>

 



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