えっ?!
こんなところに仏教語!


  

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 合掌。


第 205 回
所有

ちょっと前、断捨離という言葉が流行りました。まあ、今でも断捨離を行っている方は、結構いるんじゃないかと思います。そういえば、自粛期間中、断捨離を行った方がたくさんいたそうで、古着がたいそう捨てられたそうですね。で、その古着の行き場に困っているそうで。
古着は、他国へ輸出されるそうですな。しかし、新型コロナで輸出がストップ。で、行き場を失った古着が大量に山積みになっているのだそうです。新型コロナは、あちこちで悪影響をもたらしておりますね。
それにしても、年を取るほどに所有物が増えてまいりますな。うちの寺の屋根裏倉庫ももはや満杯状態。ここらで処理をしないといけなくなりました。自分の所有物とはいえ、屋根裏倉庫に入ったものは使わないんですよねぇ。何が存在しているかすら忘れてしまいます。ダメですな、こういうの。所詮、ものは多く所有してはいけませんな。
ということで、今回は「所有」についてお話いたします。なお、仏教語としては「所有」は「しょう」と読みます。「しょゆう」ではないのでご注意を。

さて、まずは一般的な「所有(しょゆう)」について確認しておきましょう。新明解国語辞典によりますと
自分に属するものとして、自由な使用(処分)が認められること。
とあります。まあ、つまり、「自分のものだから、どうしようこうしようと勝手だろ」といえるもの、ですな。それが所有ですね。簡単に言ってしまえば、「自分のもの」ですな。

では、仏教語の「所有(しょう)」はどうでしょうか?。お馴染みの仏教語大辞典によりますと
①あらゆる。すべて。あらゆるもの。
②いかなる・・・でも。
③・・・に属する。
④有ること。
とあります。①以外、ちょっとわかりにくいですよね。

仏教では、所有といえば、「すべて、あらゆる」という意味になります。「すべてのもの、あらゆるもの」でもいいです。「所有衆生」となれば「あらゆる生きとし生けるもの、あらゆる生命体」となりますな。「一切」と同じような意味ですね。
ですが、その他があります。特に③は、現在使われている「所有」の意味に通じるものでしょう。「・・・に属する」ということですから、何かに属しているわけですね。属するということは、仲間でもあるのですが、個人に属するもの、ということになれば、個人の所有、という意味にもとれます。新明解国語辞典の意味でも「自分に属するもの」という解説がありました。ですので、この③が現代語の所有の意味になっていったのだと思われますな。

④の「あること」とは、「存在していること」という意味になります。「いまここにある」、「いまある」ということですね。それが何であろうとも・・・物であっても現象であっても・・・・有ることならば、所有になるのです。
なのですが、④の意味ではあまり使用することはないようです。
②ですが、これは「どんなものでも」という意味になりますね。「・・・」は物であってもいいし、現象であってもいいです。つまり、「この世に存在する物質でも現象でも、どんなものでも」ということですね。これは、④と同じ意味になりますな。
②④は「有るところ」なのですよ。「存在しているすべてのもの、現象」ということです。これはつまり、「一切」と同じような意味になります。ということは、①と同じ意味になりますな。

「所有」は、「すべて、あらゆるもの」を表す言葉なのですが、そこにはもっと便利な言葉「一切」があります。なので、「すべて、あらゆるもの」を表すのは「一切」が主流になってしまいました。一切の方が言いやすいし、意味が通じやすいですしね。で、残った意味が「所属」なのですな。「個人に属する」という意味ですね。で、現代の「所有」になっていったのだと思われます。もしくは、「個人に属する」の意味の「所有」が仏教の方に取り入れられたのかもしれませんけどね。その当たりのことはわかりませんな。

本来、出家者は無一物、無所有です。何も持たない、自分のものは何一つない、というのが教えですね。出家者だけではなく、あらゆる生き物は、個人のものなど何一つない、のです。仏教ではそう説きます。
「自分の身体ですら自分ものではない、ましてやほかのものが自分のものであろうはずがない」
これが仏教の教えですね。

昨今、お子さんの虐待が問題になっております。
「自分の子供なんだから、どう扱おうと私の勝手でしょ」
と開き直るバカ親もいるそうで。困ったものですな。自分の子供であっても、「自分のもの」ではないのに、それがわからないのですな。
自分の身体ですら、自分の思うようにはならないのです。なぜなら、自分の身体ですら自分のものではないからです。ならば、自分以外のものが自分の勝手になるわけがないですな。自分の思うように子供が行動しないからといって、子供を虐待するなんて、もってのほかですな。子供は自分ではないのですから、思うようになる方がおかしいのですよ。同様に、自分以外の人、他人が自分の思うようになる、と考えるほうがおかしいのですな。自分は自分、他人は他人、あくまでも違う存在なのですから、他人は自分の思うようにはならなくて当然なのです。
ですから、他人が自分の思うようにならないと言って、他人が自分と同じ行動をとらないからといって、怒ることは間違いなのですよ。

自分が所有していると認められる物・物質に関しては、断捨離だろうが捨てようが生かそうが、それは自由でしょう。しかし、他人の物・物質や他人は、自分が所有しているものではありませんな。ならば、自分に従わないからといって、自分が気に入らないからといって、罰を与えたり処分したりするのはいけませんよね。
誰の所有なのか、自分の所有なのか、他人の所有なのか、それは物・物質なのか生命なのか、そうしたことをしっかり認識しないといけませんな。
合掌。


今までに紹介した日常に生きる仏教語
挨拶、我慢、旦那、億劫、安心、外道、内証、出世、縁起、知識、法律、知事、上品、脱落、覚悟、洗い晒し、有頂天、意地、退屈、滅法、金輪際、暗証、勘弁、根性、威張る、大げさ、アバタ、微妙、義理と人情、オシャカとオダブツ、仏頂面、迷惑、邪魔、地味、三昧、学生、毛頭、通、ガリガリ、講師・教師・教授、無念、相好、言語道断、声明と呂律、無頓着、断末魔、観念、用、一味、観察、極楽、祇園、一念発起、舎利、堂々めぐり、精進料理、道理で・・・、食堂、成仏、勝利、まだら模様、念力、真空、娑婆、不思議、娯楽、方便、超越、閻魔帳、他力本願、分別、お礼参り、往生こいた、冥加と冥利、坊主、一蓮托生、疑惑、馬鹿、四苦八苦、百八、玄関、正念(場)、妄想、決定、因果応報、上座・下座、ナムサン、縁日、般若、無心、天邪鬼、無事、まんじゅう、説教、所得、事業、智慧、融通、盆、入道、四天王、彼岸、醍醐味、入院・退院、接待、性欲、業が深い、阿吽、遊、自業自得、魔、慚愧、修行、愛、面影、鬼、お祓い、習俗、引導を渡す、睡眠、是非、大丈夫、修羅場、施設、ダルマ、悪口、おっさん、喝采、失念、雪隠、なんじゃもんじゃ、葛藤、殊勝、選択、悲願、非情と無情、初心、便利、不信、資生(堂)、愛蔵、不審、時機、イロハ、許可、空想と虚空、一流、能力、時薬、一心不乱、伝法、喫茶、愛、隠密、懺悔、中道、円(圓)、塔、卒塔婆、中元、不覚、本性、本質、過度、不安定、是非、居士、種子、同行、世間、抑止、遠縁、シャカリキ、破邪顕正、本心、開、消息、所得、交通、律儀、奈落、凶暴、行儀、チクショウ、影響、秘密、小僧、思想、思惑、がらんどう(伽藍堂)、飛車、火災、無性、シッペ(返し)、無法、妙、執事、帽子、無上、往来、痛(つう)、快楽、奉行、どっこいしょ、入門、三世


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