竹添井井双殉行　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


雙殉行
	竹添井井
戰雲壓城城欲壞，腹背受敵我軍敗。聯隊旗兮臣所掌，爲賊所奪臣罪大。旅順巨礮千雷轟，骨碎肉飛血雨腥。二萬子弟爲吾死，吾何面目見父兄。靑山馳道連朱闕，萬國衣冠儼成列。靈輿肅肅牛歩遲，金輪徐輾聲如咽。弔砲一響臣事終，刺腹絶喉何從容。旁有蛾眉端坐伏，白刃三刺纖手紅。遺書固封墨痕濕，責躬誡世情尤急。言言都自熱腸逬，鬼哭神恫天亦泣。嗚呼以身殉君臣節堅，舍生從夫婦道全。忠魂貞靈長不散，千秋萬古侍桃山。

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雙殉行さうじゅうんかう

戰雲　城を壓あっして　　城壞くだけんと欲し，
腹背ふくはい　敵を受けて　　我が軍敗やぶる。
聯隊旗は　　臣が掌つかさどる所，
賊の奪ふ所と爲なる　　臣が罪大なり。
旅順の巨礮きょはう　　千雷轟とどろき，
骨碎け　肉飛びて　　血雨腥なまぐさし。
二萬の子弟してい　　吾わが爲ために死し，
吾われ何の　面目めんぼくあってか　　父兄に見まみえん。
靑山せいざんの馳道ちだう　　朱闕しゅけつに連つらなり，
萬國の衣冠　　儼げんとして列を成す。
靈輿れいよ　肅肅しゅくしゅくとして　　牛歩遲く，
金輪きんりん　徐おもむろに輾きしりて　　聲咽むせぶが如し。
弔砲てうはう　一たび響けば　　臣事　終はり，
腹を刺し　喉を絶つ　　何ぞ從容しょうようたる。
旁かたはらに　蛾眉がびの　　端坐して伏す有りて，
白刃　三たび刺して　　纖手せんしゅ紅くれなゐなり。
遺書　固く封ふうじて　　墨痕濕うるほひ，
躬みを責め　世を誡いましむ　　情尤もっとも急なり。
言言げんげん　都すべて　　熱腸より逬ほとばしり，
鬼き哭こくし　神しん恫いたみ　　天も亦また泣く。
嗚呼ああ　身みを以て君に殉じゅんず　　臣節堅かたく，
生を舍すてて　夫をっとに從ふ　　婦道全まったし。
忠魂　貞靈　　長とこしへに散ぜず，
千秋　萬古　　桃山ももやまに侍じす。

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◎　私感註釈

※竹添井井：明治時代の漢学者、外交官。名は光鴻。字は漸卿。通称は進一郎。天保十三年（１８４２年）～大正六年（１９１７年）。森有礼をたすけて清にわたり、やがて中国各地を遊歴し、蜀に至って『桟雲峡雨日記』などを著す（平凡社の東洋文庫に『桟雲峡雨日記』竹添井井著岩城秀夫訳注がある）。後、天津総領事などに任じられた。後、東京帝国大学教授となった。

※雙殉行：ふたつ並んだ殉死のうた。乃木希典将軍と静子夫人の殉死をうたったもの。なお、大正天皇の御製詩に『哭乃木大將』「滿腹誠忠萬國知，武勳赫赫戰征時。勵精督學尤嚴肅，夫婦自裁情耐悲。」とある。　・雙：ふたつ。対（つい）。ならぶ。　・殉：〔じゅん；xun4；●〕死者の後を追って死ぬ。殉死する。したがう。ここでは､明治天皇の崩御で殉死をした乃木将軍と、夫（おっと）にしたがって自刃した静子夫人の行為｡　・行：うた。楽府題には『□□行』というものが多い　。

※戰雲壓城城欲壞：（西南戦争の植木坂では）戦いの暗雲が空に垂れ籠めて、城塞（城市）をおしつぶそうな勢いで。　*戰雲壓城城欲壞：中唐・李賀の『雁門太守行』に「黑雲壓城城欲摧，甲光向日金鱗開。角聲滿天秋色裏，塞上燕支凝夜紫。半卷紅旗臨易水，霜重鼓寒聲不起。報君黄金臺上意，提攜玉龍爲君死。」とある。　・戰雲：（暗雲が空に垂れ籠めて）戦いの起こりそうなようす。戦争の気配。・壓城：城塞（城市）をおさえつける。　・城欲壞：城塞がこわれようとする。

※腹背受敵我軍敗：前と後から敵の攻撃を受けたので、わたしの率いている軍勢は敗れた。　・腹背：〔ふくはい；fu4bei4●●〕前と後。前後。腹と背。　・腹背受敵：前と後から敵の攻撃を受ける。明治・佐原盛純の『白虎隊』に「少年團結白虎隊，國歩艱難戍堡塞。大軍突如風雨來，殺氣慘憺白日晦。鼙鼓喧闐震百雷，巨砲連發僵屍堆。殊死突陣怒髮立，縱橫奮撃一面開。時不利兮戰且退，身裹瘡痍口含藥。腹背皆敵將何行，杖劍閒行攀丘嶽。南望鶴城砲煙颺，痛哭呑涙且彷徨。宗社亡兮我事畢，十有六人屠腹僵。俯仰此事十七年，畫之文之世閒傳。忠烈赫赫如前日，壓倒田横麾下賢。」とある。

※聯隊旗兮臣所掌：聯隊旗は、臣（わたし）の取り扱うことがらだが。　・聯隊旗：大日本帝国陸軍の軍旗のことで、聯隊に対して天皇より授与された旭日旗。　・兮：〔けい；xi1○〕読まない。訳不要。敢えてすれば、…や。…よ。詩歌で語調をととのえ、強めるため、節奏の部分に現れる辞。上古詩に多い。　・臣：臣下の天子に対する自称。ここでは､乃木希典のことになる｡　・所掌：つかさどること。管理すること。聯隊長が天皇から親授された聯隊旗を（敵に奪取されることなく、神聖なものとして）取り扱い保管すること。　・所－：…ところ。…こと。…とき。動詞の前に附き、動詞を名詞化する働きをする。

※爲賊所奪臣罪大：賊軍のために（名誉ある軍旗（聯隊旗）を）奪われた罪は重い（ものだった）。　*乃木希典は、明治十年の西南戦争の際、小倉第十四歩兵聯隊の聯隊長として参戦するが、植木坂の戦いで薩摩軍に聯隊旗を奪取された。当時、軍旗（聯隊旗）に対しては、天皇に対するのと同様に神聖視され、軍旗を喪失することは極めて重大な失態となり、これがため、乃木希典の殉死理由の一となった。　・爲…所…：〔ゐ…しょ…；wei2-suo3- ○…●…〕…の所（ところ）と為（な）る。…（のため）に…（ら）れる。…に因って…（ら）れる。受身（受動）表現。「爲…所…」での「爲」の発音は〔ゐ；wei2○〕であって、〔ゐ；wei4●〕ではないのに注意。「爲」には、［「爲」〔ゐ；wei2○〕：…となる。する。なす。「爲」〔ゐ；wei4●〕：…のため］の二通りがあるが、「爲…所…」は「…の所と為（な）る」（受身表現）の意。口語の「…（のため）に…られる」の「…ため」という日本語の部分に引かれて、〔ゐ；wei4●〕としてしまいそうなので、注意がいる。「爲賊所奪」を「賊の爲（ため）に奪はる」と読むのは誤で、「賊の奪ふ所と爲（な）る」と読むべきところ。　・賊：賊軍。叛乱軍。ここでは薩摩の軍のことをいう。　・大：重い。おおきい。「重」字を使わないのは、「大」で押韻するため。

※旅順巨礮千雷轟：（日露戦争の）旅順攻囲戦では、大砲が極めて多くの雷鳴のように轟（とどろ）き。　*前出・佐原盛純の『白虎隊』に「鼙鼓喧闐震百雷，巨砲連發僵屍堆。」とある。　・旅順：遼東半島の西南端の要衝。ロシアが清より租借して軍港・要塞として整備された。そのため、日露戦争の陸上戦では、旅順攻囲戦、とりわけ二百三高地をめぐる攻防が大きな位置を占めた。歴史的に見れば、１８７８年に北洋艦隊の要塞が築かれてから軍港として発展した街。日清戦争で我が国が占領したものの三国干渉に因り清に返還。後、ロシアが清より租借して軍港・要塞として築き上げた。乃木希典は『爾靈山（２０３）』で「爾靈山嶮豈攀難，男子功名期克艱。鐵血覆山山形改，萬人齊仰爾靈山。」と詠う。　・巨礮：大砲。　・礮：〔はう；pao4●〕＝砲。旅順攻囲戦では、二十八糎（サンチ（センチ）の榴弾砲が使われた。　・千雷：極めて多くの雷鳴。

※骨碎肉飛血雨腥：骨が砕け、肉が飛び散り、血の雨が降り、血なまぐさいものであった。　・骨碎肉飛：骨が砕け、肉が飛び散るような（凄まじいさま）。　*互文表現では「あたかも…の如く」といった形容の表現に多く使われる。この「骨碎肉飛」「S1+V1，S2+V2」という互文の互文表現を止めて、「骨肉碎飛」とすれば、事実を述べることになる。方向詞、対義語、反義語からできている主語＋述語構造のとき、その形容のための表現として、互文表現がされる。　・腥：〔せい；xing1○〕なまぐさい。蛇足になるが、豪放詩詞によく出る「羶」「膻」は、「（羊などの獣肉が）なまぐさい」意で、西方異民族を指す。ここは乃木希典の『金州城外作』「山川草木轉荒涼，十里風腥新戦場。征馬不前人不語，金州城外立斜陽。」の「血なまぐさい」意に拠ろう。南宋末・汪元量の『題王導像』に「秦淮浪白蒋山靑，西望神州草木腥。江左夷吾甘半壁，只縁無涙灑新亭。」とある。

※二萬子弟爲吾死：二万名にのぼる（民衆の父兄から預かった）子弟兵は、わたしの（指揮/命令の）ために死んでしまい。　・二萬子弟：旅順攻囲戦の中、二百三高地攻略のための日本側の戦死者数。２００００人（動員された兵力：六万。中（うち）戦死：二万）。　・爲吾死：わたしの（指揮/命令の）ために死んだ。乃木希典は、日露戦争では旅順攻囲軍である第三軍の指揮官。

※吾何面目見父兄：（戦死した兵士の）父と兄に対して、どんな顔を合わせられようか。　*吾何面目見父兄：乃木希典の『凱旋』に「皇師百萬征強虜，野戰攻城屍作山。愧我何顏看父老，凱歌今日幾人還。」とある。その元は『史記・項羽本紀』に「於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長?船待，謂項王曰：『江東雖小，地方千里，衆數十萬人，亦足王也。願大王急渡。今獨臣有船，漢軍至，無以渡。』項王笑曰：『天之亡我，我何渡爲！且籍與江東子弟八千人渡江而西，今無一人還，縦江東父兄憐而王（「王」字は動詞）我，我何面目見之？縦彼不言，籍（項籍＝項羽のこと）獨不愧於心乎？』」とある。明治初期・山崎泰輔は、その日記で『西鄕隆盛』「肥水豐山路已窮，墓田歸去覇圖空。半生功罪兩般跡，地底何顏對照公。」と、西南の役での西郷を詠んだ。　・吾：わたし（は）。主格に使うことが多い。○。　・何：どんな。　・面目：〔めんぼく；mian4mu4●●〕体面。世人に対する顔。人に合わせる顔。　・見：顔を合わせて会う。まみえる。　・父兄：父と兄。君主と同姓の臣。おとなや年寄り達。前出・『史記・項羽本紀』にある。

※靑山馳道連朱闕：青山通りの天子の通られる道は、朱（あか）く塗られた宮城の城門から続いており。　・靑山：青山通り。大喪儀の葬場殿の儀は青山練兵場（跡、後の明治神宮外苑）で挙行された。　・馳道：〔ちだう；chi2dao4○●〕天子の通る道。お成り道。輦（れん）道。　・朱闕：朱（あか）く塗られた宮城の城門。

※萬國衣冠儼成列：あらゆる国からの貴顕が、おごそかに整列していた。　・萬國：あらゆる国。よろずの国。地球上のすべての国。　・衣冠：〔いくゎん；yi1guan1○○〕貴顕。権門富貴。貴族。また、身なり。正式な服装。ここは、前者の意。蛇足になるが、冠：〔くゎん；guan4●〕では動詞で、「かんむりをつける」意。盛唐・李白の『登金陵鳳凰臺』に「鳳凰臺上鳳凰遊，鳳去臺空江自流。呉宮花草埋幽徑，晉代衣冠成古丘。三山半落靑天外，二水中分白鷺洲。總爲浮雲能蔽日，長安不見使人愁。」とある。　・儼：〔げん；yan3●〕いかめしい。おごそか。うやうやしい。　・成列：列を作る。整列する。

※靈輿肅肅牛歩遲：（明治天皇の）柩（ひつぎ）をのせた輿（こし）は、厳（おごそ）かで静かにゆるゆると進んだ。　・靈輿：〔れいよ；ling2yu2○◎〕柩（ひつぎ）をのせた輿（こし）。庶民で謂えば霊柩（れいきゅう）車。　・肅肅：〔しゅくしゅく；su4su4●●〕静かなさま。慎むさま。厳かなさま。うやうやしく。慎み深く。迅速に。また、鳥の羽音の形容。ここは、前者の意。江戸時代・頼山陽の『題不識庵撃機山圖』に「鞭聲肅肅夜過河，曉見千兵擁大牙。遺恨十年磨一劍，流星光底逸長蛇。」とある。なお、後者の意に『詩經』唐風『鴇羽』「肅肅鴇羽，集于苞栩。王事靡盬，不能蓺稷黍。父母何怙。悠悠蒼天，曷其有所。　　肅肅鴇翼，集于苞棘。王事靡盬，不能蓺黍稷。父母何食。悠悠蒼天，曷其有極。　　肅肅鴇行，集于苞桑。王事靡盬，不能蓺稻粱。父母何嘗。悠悠蒼天，曷其有常。」がある。　・牛歩：牛のあゆみ。転じて、遅い歩き方。　・遲：のろのろとしておそい。ぐずぐずとしておそい。スピードが遅いことを謂う。蛇足になるが、「晩」は時期的・時間的に後になっていることを謂う。

※金輪徐輾聲如咽：黄金の飾りをつけた車輪は、ゆっくりときしみ、むせぶかのような音であった。　・金輪：〔きんりん；jin1lun2○○〕黄金の飾りをつけた車輪。また〔こんりん；jin1lun2○○〕で、仏教用語もあるが、ここは、前者の意。　・徐：ゆっくりと。おもむろに。　・輾：〔でん；nian3●〕きしる。すれあう。また、〔てん；zhan3●〕まわる。めぐる。半転する。　・咽：〔えつ；ye4●〕むせぶ。むせる。声がつまる。動詞。また、〔えん（いん）；yan4●〕のむ。のみくだす。動詞。　また、〔えん（いん）；yan1○〕のど。名詞。ここは、前者の意。

※弔砲一響臣事終：弔意を表す砲が響きわたって、臣下として仕えることは終わった（と感じ）。　・弔砲：皇族や軍人などの葬儀で、弔意を表すために儀仗隊により撃たれる空砲。　・一響：ひとたび響き渡る。大葬では相当数の空砲が撃たれるので、「一」は回数ではない。　・事：つかえる。　・臣事終：臣下として仕えることは終わった。前出・佐原盛純の『白虎隊』に「宗社亡兮我事畢，十有六人屠腹僵。」とある。

※刺腹絶喉何從容：（将軍は）腹に（刀を）突き刺して喉（のど）を断ち切った。　・絶喉：のどを断ち切る。　・何：なんと。なんたる。感嘆を表す。　・從容：〔しょうよう；cong2rong2○○〕悠々としているさま。ゆったりと落ち着いているさま。余裕があり、あせらないさま。

※旁有蛾眉端坐伏：傍（かたわ）らには麗しい女性がいて、正しく坐（すわ）ったまま伏しており。　*実際の自刃は、静子夫人⇒乃木将軍の順らしい。　・旁：かたわら＝傍。　・蛾眉：〔がび；e2mei2○○〕美しく曲がった眉をひいた女性。転じて、美女。ここでは､静子夫人を指す。　・端坐：正しく坐（すわ）る。正坐（せいざ）する。蛇足になるが、このような意で使われる「端坐」を、「端座」と表すのは（「書き換え」の表記法によるのだが、その本来の意味から謂って、（はしっこの座席の意と使うのでなければ）適切でない。

※白刃三刺繊手紅：白刃は、三たび刺して、か細いては、朱（あけ）に染まっていた。　・三刺：三たび突き刺す。静子夫人の自刃は、一度で死にきれず、三度胸を刺したことを謂う。　・繊手：か細い女性の手。似たものに「紅酥手」というのがあるが、これはピンク色に染まった柔らかい手の意で、内容は大きく異なる。晩唐・杜牧の『獨柳』に「含煙一株柳，拂地搖風久。佳人不忍折，悵望回纖手。」とある。

※遺書固封墨痕濕：遺書は固く封をされていたが、筆で書かかれたあとは（まだ）湿っており。　・墨痕：筆で書かいたあと。墨の跡。墨蹤。　・濕：（毛筆の文字が書きたてのため）湿っている。

※責躬誡世情尤急：（遺書では、）我が身を責めて、世の中の状態を戒める思いは、とりわけきびしいものがあった。　・躬：〔きゅう；gong1○〕み。からだ。身体。　・誡：〔かい；jie4●〕いましめる。人の缺点を注意する。≒戒。　・尤：〔いう；you2○〕とりわけ。はなはだしい。もっとも。　・急：あわただしい。きびしい。はげしい。

※言言都自熱腸迸：どのことばも、すべて、煮えかえるような悲痛な思いの腸（はらわた）から勢いよく流れ出たもので。　・言言：どのことばも、どのことばも。　・都：すべて。　・自：…より。　・熱腸：はらわたが煮えかえるような悲痛な思いをする。物事を熱心に思いつめること。熱烈なまごころ。怒りや悲しみで一杯になった心中。　・迸：〔はう；beng4●〕ほとばしる。ちらす。とばす。ちる。勢いよく流れ出る。湧き出る。

※鬼哭神恫天亦泣：亡霊は声をあげて啼き、神はいたみ、天もまた涙を流していた。　・鬼哭：亡霊が声をあげて啼く。盛唐・王翰に『古長城吟』（『飮馬長城窟行』）で「歸來飲馬長城窟，長城道傍多白骨。問之耆老何代人，云事秦王築城卒。黄昏塞北無人煙，鬼哭啾啾聲沸天。無罪見誅功不賞，孤魂落魄此城邊。」とあり、盛唐・杜甫の『兵車行』に「車轔轔，馬蕭蕭，行人弓箭各在腰。耶孃妻子走相送，塵埃不見咸陽橋。牽衣頓足闌道哭，哭聲直上干雲霄。道旁過者問行人，行人但云點行頻。或從十五北防河，便至四十西營田。去時里正與裹頭，歸來頭白還戍邊。邊庭流血成海水，武皇開邊意未已。君不聞漢家山東二百州，千邨萬落生荊杞。縱有健婦把鋤犁，禾生隴畝無東西。況復秦兵耐苦戰，被驅不異犬與鷄。長者雖有問，役夫敢申恨。且如今年冬，未休關西卒。縣官急索租，租税從何出。信知生男惡，反是生女好。生女猶得嫁比鄰，生男埋沒隨百草。君不見青海頭，古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭，天陰雨濕聲啾啾。」とあり、昭和時代・土屋竹雨の『原爆行』で「胡軍更襲崎陽津。二都荒涼鷄犬盡，壞墻墜瓦不見人。如是殘虐天所怒，驕暴更過狼虎秦。君不聞啾啾鬼哭夜達旦，殘郭雨暗飛靑燐。」と使われた。　・恫：〔とう（どう）；tong1○〕いたむ。うめく。〔どう（とう）；dong4●〕おどす。おどかす。まどう。ここは、前者の意。　・天亦泣：天もまた涙を流している。李賀に『金銅仙人辭漢歌』「衰蘭送客咸陽道，天若有情天亦老。攜盤獨出月荒涼，渭城已遠波聲小。」がある。清末民国・黄興の『輓徐錫麟』に「登百尺樓，看大好河山，天若有情，應識四方思猛士；　　留一抔土，以爭光日月，人誰不死，獨將千古讓先生。」とある。蛇足になるが毛沢東もこの句を使って『人民解放軍領南京』「鍾山風雨起蒼黄，百萬雄師過大江。虎踞龍盤今勝昔，天翻地覆慨而慷。宜將剩勇追窮寇，不可沽名學覇王。天若有情天亦老，人間正道是滄桑。」がある。

※嗚呼以身殉君臣節堅：ああ、身を以て、（将軍が）主君に殉じたのは臣下としての節義のかたいからで。　・嗚呼：〔をこ；wu1hu1○○〕ああ。感歎、歎息の時出す声。　・臣節：臣下として守るべき節義。　・堅：（金属や石のように中まで詰まって）かたい。

※舎生從夫婦道全：（夫人が）生を捨てて、夫（おっと）に従ったのは、女の守るべき道を全（まっと）うしたからである。　・舎生：生を捨てる。舎＝捨。幕末・近藤勇の『辭世』に「靡他今日復何言，取義捨生吾所尊。快受電光三尺劍，只將一死報君恩。」とある。　・從夫：夫（おっと）にしたがう。　・婦道：女の守るべき道。　・全：まっとうする。

※忠魂貞靈長不散：（将軍の）忠義のたましいと、（夫人の）貞節な女性の霊魂は、とこしえに散り失せることはなく。　・忠魂：忠義のたましい。天皇の崩御に際してあとを追った乃木希典将軍の魂のこと。　・貞靈：貞節な女性の霊魂。夫（おっと）の殉死にしたがった静子夫人の霊魂のこと。　・長：とこしえに。

※千秋萬古侍桃山：いつまでも、いつまでも、桃山御陵でお仕えしている。　・千秋萬古：永遠に。とわに。永久に。　・千秋：千年。　・萬古：遠い昔。大昔から今に至るまで。永久。初唐・劉希夷（劉廷芝）の『公子行』に「天津橋下陽春水，天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外，人影搖動綠波裏。綠波蕩漾玉爲砂，青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹，可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女，此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香，飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映，娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蛺蝶，池邊顧歩兩鴛鴦。傾國傾城漢武帝，爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨，況復今日遙相見。願作輕羅著細腰，願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親，與君雙棲共一身。願作貞松千歳古，誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日，千秋萬古北邙塵。」とある。明治・廣瀨武夫の『正氣歌』に「死生有命不足論，鞠躬唯應酬至尊。奮躍赴難不辭死，慷慨就義日本魂。一世義烈赤穗里，三代忠勇楠氏門。憂憤投身薩摩海，從容就死小塚原。或爲芳野廟前壁，遺烈千載見鏃痕。或爲菅家筑紫月，詞存忠愛不知冤。可見正氣滿乾坤，一氣磅礴萬古存。嗚呼正氣畢竟在誠字，呶呶何必要多言。誠哉誠哉斃不已，七生人閒報國恩。」とある。　・侍：お側につかえている。はべる。　・桃山：明治天皇の御陵（伏見桃山陵（ふしみのももやまのみささぎ））のこと。また、その所在地である京都市伏見区桃山町。この「桃山」は陵墓の名称であり、その意味では前出・劉希夷（劉廷芝）の『公子行』での「北邙」も、河南省洛陽市の北にある墓地の山の名称で、用法としては同じと謂える。

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◎　構成について

韻式は、「ａａａＢＢＢｃｃｃＤＤＤｅｅｅＦＦＦ」。韻脚は「壞敗大　轟腥兄　闕列咽　終容紅　濕急泣　堅全山」で、平水韻去声十卦（壞敗）、九泰（大）。下平八庚（轟兄）、九青（腥）。入声九屑（（闕）列咽）。上平二冬（終容）、一東（紅）。入声韻（いろいろ混じる）（濕急泣）。下平一先（堅全）、上平十五刪（山）。この作品の平仄は、次の通り。

○○●○○●●，（ａ韻）
●●●●●○●。（ａ韻）
○●○○○●●，
○○●●○●●。（ａ韻）
●●●●○○○，（Ｂ韻）
●●●○●●○。（Ｂ韻）
●●●●●○●，
○○●●●●○。（Ｂ韻）
○○○●○○●，（ｃ韻）
●●○○●○●。（ｃ韻）
○◎●●○●○，
○○○●○○●。（ｃ韻）
●●●●○●○，（D韻）
●●●○○○○。（D韻）
○●○○○●●，
●●○●○●○。（D韻）
○○●○●○●，（e韻）
●○●●○○●。（ｅ韻）
○○○●●○●，
●●○○○●●。（ｅ韻）
○○●○●○○●○，（Ｆ韻）
●○◎○●●○。（Ｆ韻）
○○●○○●●，
○○●●●○○。（Ｆ韻）