伊藤博文京都作日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


京都作

	伊藤博文
老來豪氣易銷磨，五十星霜夢裏過。欲向東山尋往事，荒墳累累故人多。

『いい色輝き』より
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京都の作

老い來(きた)りて　豪氣　　銷磨(せうま )し易(やす)く，
五十の星霜(せいさう)　　夢裏(むり)に過ぐ。
東山(ひがしやま)に向(む)かひて　　往事(わうじ )を尋(たづ)ねんと欲(ほっ)すれば，
荒墳(くゎうふん)　累累(るゐるゐ)として　　故人多し。

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◎　私感註釈

※伊藤博文：政治家。天保十二年（１８４１年）～明治四十二年（１９０９年）長州藩出身。幼名利助。後、俊輔。号は春畝。松下村塾に学び、木戸孝允に従い、尊王攘夷運動に参加。後、討幕運動に従って、維新政府樹立に貢献した。欧州よりの帰国後、華族制度、内閣制度の創設、大日本帝国憲法・皇室典範制定、枢密院設置など、天皇制確立のために努力。明治十八年（１８８５年）、初代総理大臣・枢密院議長となる。日露戦争後、初代韓国統監となり、併合強化への一歩を踏み出した。明治四十二年（１９０９年）、満洲視察と日露関係調整のため、渡満の際、ハルビン駅頭で韓国人・安重根に暗殺された。詩集に『藤公詩存』（明治四十三年博文館）がある。

※京都：京都市。「明治二十三年庚寅秋西游中之作」とある。 *京都市東部にある東山の勤皇の志士の墓地を訪れて、旧友の墓前にお詣りした時の詩。

※老来豪気易銷磨：歳をってからは、盛んな意気もすり減りがちである。　・老来：年（を）とってから。　・豪気：盛んな意気。大胆な気質。　・易：…しがちである。やすい。たやすい。　・銷磨：〔せうま；xiao1mo2○○〕すり減らす。＝消滅。

※五十星霜夢裏過：五十（年）の歳月は、夢の中（でのよう）に過ぎて（しまった）。　・五十星霜：五十（年）の歳月。明治二十三年（１８９０年）の秋の作品で、天保十二年（１８４１年）生まれの作者にとっては、数え年５０歳（満４９歳）の時のもの。　・星霜：歳月。　・夢裏：夢の中。「夢中」としないで、「夢裏」としたのは平仄の関係のため。この句は「●●○○●●○」とすべきところで、「夢中」では●○となり（○○または●○のところで使い）、「夢裏」では●●となり（●●または○●のところで使う）。そのため、ここでは、「夢裏」とした。盛唐・王昌齡の『送別魏三』に「醉別江樓橘柚香，江風引雨入船涼。憶君遙在湘山月，愁聽清猿夢裏長。」とあり、晩唐・陳陶の『隴西行』に「誓掃匈奴不顧身，五千貂錦喪胡塵。可憐無定河邊骨，猶是春閨夢裏人。」とあり、南唐後主・李煜の『浪淘沙』に「簾外雨潺潺，春意闌珊。羅衾不耐五更寒。夢裏不知身是客，一餉貪歡。　　　獨自莫憑欄，無限江山。別時容易見時難。流水落花春去也，天上人間。」とあり、南宋・陳與義の『雨過』に「水堂長日淨鴎沙，便覺京塵隔鬢華。夢裏不知涼是水，卷簾微濕在荷花。」とある。中唐・白居易の『逢舊』に「久別偶相逢，倶疑是夢中。即今歡樂事，放盞又成空。」とあり、中唐・韋應物の『與村老對飮』に「鬢眉雪色猶嗜酒，言辭淳朴古人風。鄕村年少生離亂，見話先朝如夢中。」とある。

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※欲向東山尋往事：東山にある区に（勤皇の志士の招魂社）に向かい、昔の事がらをたずねようとした。　・欲向：向かおうとする意。　・東山：京都市の東山。京都市東山区に維新前に斃れた勤皇の志士を祀る招魂社（現・京都霊山（りょうぜん）護国神社）がある。（明治元年創建）。坂本龍馬、木戸孝允、中岡慎太郎、頼三樹三郎、梅田雲浜、吉村寅太郎、平野国臣、久坂玄瑞、高杉晋作、宮部鼎蔵らが祀られている。　・往事：過ぎ去った事がら。むかしのこと。

※荒墳累累故人多：荒れ果てて、雑草が地を覆う墓が、重なり連なり合って続き、（その墓には）古くからの友人が多い。　・荒墳：荒れ果てて、雑草が地を覆う墓。　・累累：〔るゐるゐ；lei3lei3●●（lei2lei2）〕物が重なり合っているさま。連なり続くさま。幕末・大橋訥庵の『所懷』に「刑屍累累鬼火靑，枕頭時覺北風腥。婆心憂世夜難睡，起向窗端見大星。」とある。　・故人：古くからの知人。古くからの友人。昔の友達。旧友。故知。また、死んだ人。ここは、前者の意。中唐・張謂の『同王徴君湘中有懷』に「八月洞庭秋，瀟湘水北流。還家萬里夢，爲客五更愁。不用開書帙，偏宜上酒樓。故人京洛滿，何日復同遊。」とあり、盛唐・王維の『送元二使安西』に「渭城朝雨浥輕塵，客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒，西出陽關無故人。」があり、盛唐・孟浩然の『過故人莊』「故人具鷄黍，邀我至田家。綠樹村邊合，青山郭外斜。開筵面場圃，把酒話桑麻。待到重陽日，還來就菊花。」や盛唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓，煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡，惟見長江天際流。」とあり、中唐・劉長卿の『贈崔九載華』に「憐君一見一悲歌，歳歳無如老去何。白屋漸看秋草沒，靑雲莫道故人多。」とあり、中唐・張謂の『送盧舉使河源』に「故人行役向邊州，匹馬今朝不少留。長路關山何日盡，滿堂絲竹爲君愁。」とある。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「磨過多」で、平水韻下平五歌。この作品の平仄は、次の通り。

●○○●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
●●○○○●●，
○○●●●○○。（韻）