★　フランスで悪党と言えば

現実世界では映画以上の大荒れになってしまったパリですが、この番組が撮影された頃はまだ平和でした。

とは言うもののフランスにはドイツとは比べ物にならないほどマフィアのネットがあり、最近はテロ行為をする若者の世代も育ってしまい、警察は大変な負担を強いられています。この番組は2013年放映です。

映画やテレビの犯罪シリーズでちょくちょく悪党役に採用されるのはバルカン半島、特に旧ユーゴスラビアの各国。大抵はヒットマンや麻薬の密輸方面で登場するか、その地出身の女性が人身売買の被害者として取り上げられます。一時はイタリア人をマフィアにしておけば犯罪映画が成立しましたが、最近ではバルカン半島を挙げておけば視聴者がすぐ納得する仕掛けになっています。安易。

フランスで暗躍する犯罪者はかつてはイタリアのシチリア・マフィアと、フランスのコルシカ・マフィア。今年のファンタには佳作が出ていました。その他にトルコで灰色の狼と呼ばれる団体もフランスではマフィアと同じように恐れられています。この団体は元々犯罪組織としてではなく、政治団体として作られたようなのですが、かなりの武闘派で、フランスではもっぱら犯罪者として知られているようです。時々映画に出て来たりします。

現実の世界では最近中東系欧州人の若者が劇場型効果を狙って派手な犯罪をやらかすようになって来ました。表に出て派手に散るのがたまたま中東系の若者です。この人たちはロギスティックや、必要な物の調達、クリーニングには必ずしも自分たちの仲間を使うのではなく、すでに存在する色々な犯罪世界の小売業者、サービス業者を小額の手数料で利用したのではないかという印象を受けました。台頭して来た期間がそれまでのマフィアと比べ短いため、そんな短期間にきっちりした大きな組織を作る道は選ばなかった、あるいはそれほどのお金をかけなかったのではないかと思いました。無論私はフランスの事情を詳しく追ったことが無いので、憶測に過ぎません。ただ、今回の事件はあまりにも派手で、映画やテレビを軽く追い越したような気がします。

それに対し知性派であったはずのパリ市民の反応がセンチメンタルなので驚きました。あれほどの理性、知性を持った人たちなのだから、早速歴史を100年ほど遡って、対策を考えるのかと思いきや、暴力に負けないぞと花と蝋燭を持ってレストランに繰り出し、ワインを飲んでいました。

政治色があろうが無かろうが、事件は3桁から4桁の数の被害者を出した殺人、傷害、不法侵入、物損事件であると捉えるのが第1歩。生き延びた人も多くは体が傷つき、障害が残るでしょうし、この記憶が精神生活にも長期に渡って影を落とすでしょう。となれば几帳面に現場検証をし、物的証拠を集め、きっちり記録に残し、捜査を積み上げて行くべきでしょう。そうやって容疑者、犯人を捕らえ、それからワインで祝杯を上げるのが順序。政治的意義付けはその後で十分間に合います。

暴力に負けたくないのなら、「私はパリ」などと言っていないで、「暴力はきっちり捜査してやるぞ」、「犯人は捕まえるぞ」という気概を見せ、「ここでこんな事をやったら一生追い掛け回すぞ」という気概を見せるのが知性派と思っていました。リベラルな人は自由を守ることに命をかけ、それを阻害する暴力行為は徹底的に捜査をするものだと思っていました。

理想と現実は違うんですね。最近の知性派はかなりセンチになっているようです。

クロエのストーリーでは今のところ中東系の犯罪者は扱われておらず、それ以前の設定になっています。第4シーズンによく出るようになった悪徳、元アンダーカバー警官のスケラが潜り込んで関わっていた世界が、上に書いたようなロギスティックや必要品調達をするいくつかの業者ではないかという感じです。

★　スケラ、遂に自爆

そのスケラ、このシーズンに何度かクロエにアプローチを試みたのですが、そして私は毎回「だめよ、だめだめ」と思っていたのですが、遂に悪事がばれて自爆。

★　何度アプローチしても断わられるスケラ

スケラは自分の方から積極的にクロエにアプローチしていますし、最近はリリーの養子の件で挫折したクロエの方から憂さ晴らしに飲みに誘ったりもしていました。

そこにチャンスを見出し、さらに迫ったスケラでしたが、近づけたのはクロエが泥酔して後先分からなくなった時ぐらい。正気のクロエはスケラを遠ざけています。

クロエはスケラのアプローチをむげに断わるわけではなく、言われた事を聞いて、ちょっと考えて、「やっぱりあなたは私に合わない」ということで断わっています。トマなど周囲の忠告を聞いて断わっているのではなく、スケラを自分の性格に照らし合わせて毎回考えた結果断わっていました。ガン無視されたわけではないのでスケラもクロエに対して無茶はできません。かなり強引ではありますが。

★　クロエが必要だったスケラ　−　スケラが必要ではなかったクロエ

☆　クロエ

父親が一応犯罪者精神病院で生きているので、天涯孤独ではありませんが、ティーンの頃家庭が崩壊してしまったクロエは非常に孤独で、それがリリーを養子にしようという気持ちにさせています。こういう理由で子供を引き取るのが子供ためにいいかは疑問ですが、母親を失い、父親が重病のリリーはクロエになついています。

実父、リリー、クロエの三者はリリーがクロエの養子になることに賛成なのですが、役所が反対。その理由も納得が行きます。もし両親が揃った家庭があれば、そちらに引き取られる方がいいと役所が考えるのが普通の成り行き。もしその家にすでに同じぐらいの年の子供がいればもっと子供のためにはいい環境です。そしてクロエの職業に危険が伴うのも役所がノーと言った理由でした。

リリーの養子の話を役所から却下され、絶望の淵に立ったクロエではありますが、彼女は原則的には孤独でも生きていけるようになっています。グレゴワが彼女がきちんと学校に行き、卒業するまで見張っていましたし、大学で職を得るまでになっています。さらにグレゴワは自分の近くでクロエが働けるように、警察の相談役の仕事を回します。 クロエはそれほど心を開いて受け入れていませんが、署のティームはクロエを受け入れています。なので家族っぽく彼女を気遣う人もいます。

ティーンの頃最悪の状態だった人物としては30歳を過ぎた今、かなり失われた人生を取り戻していると言えます。

☆　スケラ

スケラは一見一匹狼。警察の命を受けて犯罪者の社会に忍び込み、中でいっぱしのやくざとして動いていました。時々報告のために警察の人間とコンタクトを取り、その他は犯罪者の世界に身を置いています。必要な訓練は受けており、四六時中警戒をしています。

ところが第4シーズンを見ていると、スケラは捜査に必要の無い所で人を殺しています。後で分かるのですが、囮警官としての役を逸脱して自分の裁量で人を殺し始めていました。

最初は視聴者には誰を何のために殺しているのかがよく分かりませんが、10話目に麻薬関係の仕事に手を染めた人間を誘拐、監禁し、やがて殺します。犠牲者はすでに10人に近いです。

スケラにはスケラなりの理屈があって確信犯ではありますが、自分のやっている事が100％と言えるほど正しくないことを自覚しています。麻薬を作り、売り、客に使わせるという形で大勢の人間を不幸にする犯罪なので、ロビン・フッドを気取って関係者を消して回ることに良心の呵責は無いようですが、人を殺しまわる生活をいつまで続けるべきなのかという点で迷いが生じています。

クロエに興味を持ち始めたのは恐らく精神のバランスを保つためだったのでしょう。胸を張って自分の正当性を大声で言う事ができないスケラはクロエに恋をしたのではなく、自分が人を殺すたびにクロエに「あなたは正しい事をしたのよ」と言ってもらいたかったのでしょう。

このシーズンの脚本はやややっつけ仕事の傾向がありますが、それでもクロエのキャラクターとスケラのキャラクターはきちんと描かれています。クロエは迷いに迷ったとしても人を殺さない、犯罪に加担しない側を歩く人。スケラは元々は確信を持って悪を撲滅する仕事を始めたとしても、悪の世界にとどまる人。なので2人が交わるチャンスはありません。

クロエは人間の行動の裏も表も見たベテラン警官のスケラから見ればおっちょこちょいのおバカさん。《自分が守ってやらなければ彼女はやって行けない》風のイメージを抱いたのでしょう。それがあの強引なアプローチに繋がったのだと思います。

クロエは机上ではありますが、悲惨な、残酷な犯罪を分析するのが仕事。子供っぽい表情を崩さず、酷い様の死体写真などに目を通します。その上で冷静に犯人の行動を分析。その仕事ぶりはティーム内では知られていますが、部署の違うスケラはよく知らないようです。なのでクロエの神経がタフなことを知らないのでしょう。

マシューやトマと最初は揉め、間もなく仲良しになるのは、クロエを子供っぽい物を知らない身勝手な若い女性という目で見ていた2人が、仕事ぶりを見て職業的に信頼するようになったためと言えます。スケラはその場にいないので、クロエに対する見方が違います。

他方、闇の世界を熟知しているので、違法であってもクロエが必要としている情報はあっという間に揃えることができるのがスケラ。赤子の手をひねるようにクロエを手懐けることができると信じています。

クロエやティームのメンバーが持っている強さは「犯罪は悪だ」という確信。スケラはその一線を越えてしまっています。そこまで来てしまったスケラはまだ《まともな世界》に未練があり、クロエを側に置くことで、《自分にはまだまともな部分が残っているのだ》とでも思いたかったのでしょう。

なのでこの回のショーダウンの少し前、クロエを説得して、自分とリリーと3人で逃亡し、外国で新しい生活を始めようと試みます。しかしクロエはリリーを絶対にそういう世界に引き込みたくないため、ノーと言います。

★　スケラがやっと捜査線上に

やや話は前後しますが、この回はスタッフの背景の事情と表の事件が交差するエピソードです。

冒頭若い女性の死体が発見されます。化学で博士号を目指していた学生で、博士号を取るまで大学で研究をするポストはライバルの男子学生に取られてしまいます。そのためか彼女はマフィアの料理人（麻薬を製造する人、スパンのミッキー・ロークのような職業）になっていました。

捜査線上に浮かぶ人物がおり、その1人のラクタリーは自白をして拘留。加えて麻薬カルテルのボスが1人殺されます。その男を殺したと思われるもう1人は家に踏み込んでみると殺されていました。殺され方は闇の世界の処刑。そしてこの世界に潜入しているもう1人の囮警官バロンがここ半年ほど行方不明です。

視聴者はバロンが何週間か前にスケラに射殺されているシーンを見ています。殺人の動機がよく分からないのですが、共通点は麻薬。一連の手口を見ていると、なぜ死体が上がったのかが分かりません。この世界では死体ごときれいに消してしまうことも可能だからです。クロエは「殺されたことを世間に知らせたかったのではないか」と疑い始めます。そして復讐が目的だろうとあたりをつけます。しかも警察関係者ではないかと。

クロエはちょうど捜査に首を突っ込んでいたスケラに惹かれたふりをして近づき、彼のポケットから事務所の鍵を失敬。図々しくも彼の部屋に入り、ファイルを物色。何枚もの死体写真がありました。過去2年間に17件の麻薬に絡む殺人事件があり、内8件がわざとらしい殺し方。この8件が今回の事件と同じ犯人ではと疑われます。

囮警官バロンが家を空けて6ヶ月。妻は夫が借金だけを自分に残し、新しい恋人とトンズラしたと思い込んでいましたが、実はバロンは6ヶ月前に殺されていました。ティームと仲のいい検死医が報告書を作ったのですが、前回までにスケラがそれを横取りして燃やしてしまっていました。ようやく今になって最近見つかった腐乱死体がバロンだと判明。その報告書が消えたので情報が結びついていませんでした。

バロンの身元が判明し、妻にそれを知らせたクロエはイポリットを呼び出し、バロンのラップトップを調べさせます。そこで浮かんだのが金のやり取りとスケラの名前。スケラに不信感を抱いていたクロエは事件の全貌を知ります。

お尻に火がついたことを悟ったスケラは、拘置されているラクタリーを消し、リリーを連れてクロエと3人で逃亡する計画を実行に移します。この日を想定してお金、偽のパスポートなどを準備してありました。あとはクロエが「ウィ」と言って、2人でリリーを学校から連れ出すだけ。

しかし番狂わせが起きます。拘置されている人を外に連れ出す書類に必要なサインが無いことに気づいたトマが拘置所に来てしまいます。そこでスケラと撃ち合いになり、ラクタリーは死亡。トマは肩を撃たれて追跡不能。スケラはお腹を撃たれて逃亡。

クロエはスケラに呼び出され、リリーの学校に来ます。苦しみながらもリリーを犯罪に巻き込んでは行けないという自覚があり、「ノン」と言います。スケラは恐らくは心の底でクロエが断わると察していたでしょう。正しい事をするクロエに間違った事をするスケラが惹かれていたのですから。なのでクロエから離れて橋に向かうスケラは満足そうな微笑を浮かべています。

警官隊に囲まれ、橋の欄干に立ったスケラはそのまま川に飛び込み行方不明。直前にスケラはクロエに「犯行は自分1人ではできなかった。君のためにやった」と言います。そんな事を言われても、クロエはスケラのやった事を知らなかったですし、ここで急に自分のためになどと言われても困るだけ。このショーダウンですとスケラはもう1度別な回に登場するのではないかと思います。

★　安っぽい終わり方

この回は本来なら武蔵坊弁慶の最後のような大悲劇になるはずでした。スケラを演じている役者は大根ではないですし、脚本はクロエのキャラクターも丹念に積み上げてあったので、ここで2人の進む道が違い、大悲劇で盛り上がるように作られています。

スケラの動機は兄の死でした。小学校ぐらいの年の頃ティーンの兄が麻薬で死んだのです。それがスケラに警官になって悪と戦おうという気持ちを起こさせ、実際囮警官になって麻薬犯罪者の間に忍び込むことにも成功したのです。

ところが警察の無力さ、法律の無力さに何度も接しているうちに我慢ができなくなり一線を越えてしまったと言うのです。

わりといい役者を揃え、スケラ1人に何週間もかけているのに（第4シーズンはスケラのシーズンとも言えます）、説得力が希薄。

どうしてもここで思い出してしまうのはボストンの処刑人。続編はパッとしませんでしたが、1作目は力強い出来で、町の健康な若者が復讐者となって町にはびこるマフィアを殺して回るところを痛快に描いていました。

スケラが純粋に兄の死をきっかけに麻薬犯罪者を憎んだだけなのなら、復讐はどんどんやり、町から麻薬犯罪者が次々に消えて行けばいいと思います。何も死体をわざわざ警察に見える所に放り出さなくても、実質的に麻薬犯罪者が減ればいいのです。闇から闇へ消える死体・・・。後から警察が変だなあと思ってもあっちの方を見て知らん顔をしていればいいのです。

パリから主だった麻薬犯罪のボスが消えて行き、気がついたら誰もいなくなっていた・・・としたらどうでしょう。まず結構長い期間警察には気づかれないでしょうからスケラは捜査の対象にならない。死体が無ければ警察はほとんど動きませんし、一般人でないので家族が警察にやって来て捜索願を出すことは無いでしょう。マフィア内で気づかれる日はいずれ来るでしょうが、スケラなら組同士の抗争のように仕組むことも可能。まずアルバニア系のボスを殺し、暫くしてマルセイユの誰かを殺し・・・てな具合に時々場所を変えるのも追っ手の目を逸らすのにいいですし。

しかしスケラはロビン・フッドを気取る道を選びました。誰かにほめてもらいたかったのでしょう。そこでスケラは勝手にクロエにほめてもらおうと決めてしまったのです。

スケラは家庭内の悲劇、法律の無力さ、クロエへの恋心などを表わすべき役なのですが、兄の死は刑事たちの台詞で短く触れられるだけ、法律の無力さはいよいよ追い詰められたスケラが冷静さを失い、叫ぶように短く語るだけ、クロエへの恋心はスケラの冷酷さが際立っているため嘘臭くなってしまいました。俳優の責任ではありません。設定のバランスの悪さと、脚本の時間配分の悪さが祟っています。

ノーと言えるクロエちゃん、ノーと言ってよかった。