亀井南冥鹿児島客中作　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


鹿兒島客中作

	龜井南冥
誰家絲竹散空明，孤客倚樓夢後情。皎月南溟波不駭，秋高一百二都城。

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鹿兒島客中(かくちゅう)の作　

誰(た)が家の　絲竹( しちく)ぞ　　空明(くうめい)に散じ，
孤客( こかく)　樓に倚(よ)る　　夢後(むご)の情。
皎月(けうげつ)　南溟(なんめい)　　波(なみ) 駭(おどろ)かず，
秋は高し　一百二(いっぴゃくに)都城(とじゃう)。

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◎　私感註釈

※亀井南冥：江戸時代後期の儒者・医者。寛保三年（１７４３年）～文化十一年（１８１４年）。名は魯。字(あざな)は道載。南冥は号。筑前の人。はじめ肥前の僧大潮に学ぶ。後に大坂で医術および徂徠学を永富独嘯庵に受けて帰国。筑前福岡藩に仕えて西学甘棠館の祭主となるが、寛政異学の禁にふれて失脚。後に、甘棠館が焼失したことで甘棠館は廃止となり、やがて失意のうちに死ぬ。

※鹿児島客中作：鹿児島の旅行中での作。＊盛唐・李白の『春夜洛城聞笛』に「誰家玉笛暗飛聲，散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳，何人不起故園情。」とある。　・客中：〔かくちゅう；ke4zhong1●○〕旅にある間。

※誰家糸竹散空明：どこからの（弦楽器や管楽器の）音楽だろうか、澄んだ空に散らばっていき。　・誰家：だれ。どこ。何人(びと)。誰の家。 *「家」字の意味は強くない。前出・李白の『春夜洛城聞笛』に「誰家玉笛暗飛聲，散入春風滿洛城。」とあり、初唐・張若虚の『春江花月夜』に「春江潮水連海平，海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里，何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸，月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛，汀上白沙看不見。江天一色無纖塵，皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月，江月何年初照人。人生代代無窮已，江月年年祗相似。不知江月待何人，但見長江送流水。白雲一片去悠悠，青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子，何處相思明月樓。可憐樓上月裴回，應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去，擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞，願逐月華流照君。雁長飛光不度，魚龍潛躍水成文。昨夜閒潭夢落花，可憐春半不還家。江水流春去欲盡，江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧，碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸，落月搖情滿江樹。」とあり、初唐・劉希夷の『白頭吟（代悲白頭翁）』「洛陽城東桃李花，飛來飛去落誰家。」とあり、白居易の『竹枝』に「江畔誰家唱竹枝，前聲斷咽後聲遲。怪來調苦縁詞苦，多是通州司馬詩。」とあり、晩唐・蜀・韋莊の『思帝郷』に「春日遊，杏花吹滿頭。陌上誰家年少、足風流。妾擬將身嫁與、一生休。縱被無情棄，不能羞。」とあり、両宋・張元幹の『石州慢』「己酉秋呉興舟中作」に「雨急雲飛，瞥然驚散，暮天涼月。誰家疏柳低迷，幾點流螢明滅。夜帆風駛，滿湖煙水蒼茫，菰蒲零亂秋聲咽。夢斷酒醒時，倚危檣淸絶。　　心折，長庚光怒，群盗縱横，逆胡猖獗。欲挽天河，一洗中原膏血。兩宮何處？塞垣只隔長江，唾壺空撃悲歌缺。萬里想龍沙，泣孤臣呉越。」とあり、漢・樂府の『蒿里曲』「蒿里誰家地，聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促，人命不得少踟。」とあり、魏・曹植の『白馬篇』の「白馬飾金羈，連翩西北馳。借問誰家子，幽并遊侠兒。少小去鄕，揚聲沙漠垂。宿昔秉良弓，矢何參差。」とあり、中唐・白居易の『聞夜砧』に「誰家思婦秋擣帛，月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜，千聲萬聲無了時。應到天明頭盡白，一聲添得一莖絲。」とある。　・糸竹：琴の類とふえの類。管弦楽。音楽の総称。「糸」：琴・胡弓などの弦（/絃）楽器の意で、「竹」：笛・笙（/簫）などの管楽器の意。　・空明：澄んだ水中に映る月かげ。また、透き通った明るさ。北宋・蘇軾の『前赤壁賦』に「壬戌之秋，七月既望，蘇子與客泛舟遊於赤壁之下。清風徐來，水波不興。擧酒屬客，誦『明月』之詩，歌『窈窕』之章。少焉，月出於東山之上，徘徊於斗牛之間。白露橫江，水光接天。縱一葦之所如，凌萬頃之茫然。浩浩乎如馮虚御風，而不知其所止；飄飄乎如遺世獨立，羽化而登仙。於是飮酒樂甚，扣舷而歌之。歌曰：「桂櫂兮蘭槳，撃空明兮泝流光。渺渺兮予懷，望美人兮天一方。」客有吹洞簫者，倚歌而和之。其聲鳴鳴然，如怨如慕，如泣如訴；餘音嫋嫋，不絶如縷，舞幽壑之潛蛟，泣孤舟之嫠婦。蘇子愀然，正襟危坐而問客曰：「何爲其然也？」客曰：「『月明星稀，烏鵲南飛，』此非曹孟德之詩乎？西望夏口，東望武昌，山川相繆，鬱乎蒼蒼，此非孟德之困於周郞者乎？方其破荊州，下江陵，順流而東也，舳艫千里，旌旗蔽空，釃酒臨江，橫槊賦詩，固一世之雄也，而今安在哉？況吾與子漁樵於江渚之上，侶魚蝦而友麋鹿，駕一葉之輕舟，擧匏樽以相属；寄蜉蝣於天地，渺滄海之一粟。哀吾生之須臾，羨長江之無窮。挾飛仙以遨遊，抱明月而長終。知不可乎驟得，託遺響於悲風。」蘇子曰：「客亦知夫水與月乎？逝者如斯，而未嘗往也；盈虚者如彼，而卒莫消長也。蓋將自其變者而觀之，則天地曾不能以一瞬；自其不變者而觀之，則物與我皆無盡也。而又何羨乎！且夫天地之間，物各有主，苟非吾之所有，雖一毫而莫取。惟江上之淸風與山間之明月，耳得之而爲聲，目遇之而成色。取之無禁，用之不竭，是造物者之無盡藏也，而吾與子之所共適。」客喜而笑，洗盞更酌。肴核既盡，杯盤狼藉。相與枕藉乎舟中，不知東方之既白。」とある。

※孤客倚楼夢後情：一人旅の者（＝作者）が高殿（たかどの）（の窓辺）に寄りかかって（遠くを眺めて物思い（＝ホームシック）に耽って）いるのは、夢より覚めた後に（故郷を）思い起こしている（のだ）。　・孤客：一人旅の人。作者自身のこと。中唐・劉禹錫の『秋風引』に「何處秋風至，蕭蕭送雁群。朝來入庭樹，孤客最先聞。」とあり、劉長卿の『送舍弟之陽居』に「陽寄家處，自別掩柴扉。故里人何在，滄波孤客稀。湖山春草遍，雲木夕陽微。南去逢迴雁，應憐相背飛。」とある。　・倚楼：高殿（たかどの）（の窓辺）に寄りかかる意。遠くを眺めて物思いに耽るさま。≒「依欄干」（手すりに寄りかかる）。詩詞での物思いに耽る常套表現で、ホームシックのさま。中唐・白居易の『長相思』に「汴水流，泗水流，流到瓜州古渡頭。呉山點點愁。　　　思悠悠，恨悠悠。恨到歸時方始休。月明人倚樓。」とあり、晩唐・唐彦謙の『金陵懷古』に「碧樹涼生宿雨收，荷花荷葉滿汀洲。登高有酒渾忘醉，慨古無言獨倚樓。宮殿六朝遺古跡，衣冠千古漫荒丘。太平時節殊風景，山自靑靑水自流。」とあり、中唐・劉禹錫の『同樂天登棲靈寺塔』に「歩歩相攜不覺難，九層雲外倚闌干。忽然笑語半天上，無限遊人舉眼看」とあり、唐末～蜀・韋荘の『浣溪沙』に「夜夜相思更漏殘。傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。　　　咫尺畫堂深似海，憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。」とある。　・情：なさけ。おもい。こころ。前出・李白『春夜洛城聞笛』でいえば「故園情」。

※皎月南溟波不駭：明るく冴えた月が南の海の波の穏やかな（さまを照らしだして）。　・皎月：〔けうげつ（現代仮名遣い：きょうげつ）jiao3yue4●●〕明るい月。さえた月。＝皓月〔かうげつ（現：こうげつ）；hao4yue4〕。　・南溟：南海。作者の号でもある。「南冥」の号は初期は「南溟」とした。　・駭：〔がい（かい）；hai4●〕驚く。びっくりする。驚いて立つ。

※秋高一百二都城：秋の大気が澄んで空が高く感じられる（ところに）多くの堅固な城（しろ）がある。　・秋高：秋に大気が澄んで空が高く感じられるさま。（万里の長城の外側では、）秋空は澄み渡り（、匈奴の軍馬も肥え太って、中原進出の絶好の機会となった）。杜審言に「雲静妖星落，秋高塞馬肥」とある。清末・秋瑾の『秋風曲』に「秋風起兮百草黄，秋風之性勁且剛，能使羣花皆縮首，助他秋菊傲秋霜。秋菊枝枝本黄種，重樓疊瓣風雲湧。秋月如鏡照江明，一派淸波敢搖動？昨夜風風雨雨秋，秋霜秋露盡含愁。靑靑有葉畏搖落，胡鳥悲鳴繞樹頭。自是秋來最蕭瑟，漢塞唐關秋思發。塞外秋高馬正肥，將軍怒索黄金甲。金甲披來戰胡狗，胡奴百萬囘頭走。將軍大笑呼漢兒，痛飮黄龍自由酒。」とある。　・百二：（本来の義は：）二人で護れば、百人に敵することができる堅固な地勢、要害の意。「百二」は割合・比率を謂い、二人で、百人に対し得る、二万人で百万人に対抗しうる状勢。（秦の地の）堅固な要害。「百二關河」「百二山河」のことで、『史記・高祖本紀第八』（三八二頁　中華書局版１０１ページ）六年十二月に「陛下得韓信，又治秦中。秦，形勝之國，帶河山之險，縣隔千里，持戟百萬，秦得百二焉。地執便利，…」に基づく。その場合の「百二」は、その後に続く「齊…地方二千里，持戟百萬，縣隔千里之外，齊得十二焉。」とともに割合、比率をいう。二人で護れば、百人に敵することができる堅固な地勢。その読み方については、『史記・高祖本紀』の古註に詳しい。「一人當關萬夫莫（開）」ということ。我が国の唱歌「箱根の山は天下の険，函谷関もものならず。…一夫関に当たれば万夫も開くなし」の意に同じ。もっとも、後世、胡曾の「日照荒城芳草新，相如曾此挫強秦，能令百二山河主，便作樽前撃缶人。」のように、実数かの如きものになった。また、百分の二。百の二倍。百万人が二百万人の強さになる状勢。両宋・胡世將の『江月』秋夕興元使院作，用東坡赤壁韻に「神州沈陸，問誰是、一范一韓人物。北望長安應不見，抛卻關西半壁。塞馬晨嘶，胡笳夕引，得頭如雪。三秦往事，只數漢家三傑。試看百二山河，奈君門萬里，六師不發。外何人迴首處，鐵騎千群都滅。拜將臺欹，懷賢閣杳，空指衝冠髮。欄干拍遍，獨對中天明月。」とあり、金・元好問の『岐陽』に「百二關河草不橫，十年戎馬暗秦京。岐陽西望無來信，隴水東流聞哭聲。野蔓有情戰骨，殘陽何意照空城。從誰細向蒼蒼問，爭遣蚩尤作五兵。」とある。ただし、ここでの用法は、ただ単に「多くの」の意で使う。　・都城：城郭に囲まれた都市。周囲に城壁をめぐらした都市。城市。また、城郭。城塞。ここは､後者の意で使われる｡

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「明情城」で、平水韻下平八庚。この作品の平仄は、次の通り。

○○○●●○○，（韻）
○●●○●●○。（韻）
●●○○○●●，
○○●●●○○。（韻）