早發深川 | ||
平野金華 |
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月落人煙曙色分, 長橋一半限星文。 連天忽下深川水, 直向總州爲白雲。 |
月 落ちて人煙 曙色分 かれ,
長橋 一半 星文 を限る。
天に連りて忽 ち下 る 深川の水 ,
直 ちに總州 に向かひて 白雲と爲 る。
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◎ 私感註釈
※平野金華:江戸時代中期の儒学者。元禄元年(1688年)〜享保十七年(1732年)。名は玄中、字は子和、通称は源右衛門。陸奥三春(現・福島県)の人。江戸に出て荻生徂徠に学び、古文辞を修めた。常陸の守山藩の儒官となった。
※早発深川:朝に深川を発(た)って。 *隅田川の情景を詠う。 ・早発-:≒「朝發-」。朝に…を出発する。北魏の『木蘭詩』に「旦辭爺孃去,暮宿黄河邊。不聞爺孃喚女聲,但聞黄河流水鳴濺濺。旦辭黄河去,暮至K山頭。不聞爺孃喚女聲,但聞燕山胡騎鳴啾啾。」とあり、梁詩・『隴頭歌辭』に「朝發欣城,暮宿隴頭。寒不能語,舌卷入喉。」とあり、盛唐・李白の『早發白帝城』「朝辭白帝彩雲間,千里江陵一日還。兩岸猿聲啼不住,輕舟已過萬重山。」や、『峨眉山月歌』「峨眉山月半輪秋,影入平羌江水流。夜發清溪向三峽,思君不見下渝州。」とある。 ・早:時間帯上、はやいこと。時期的に、はやいこと。 ・深川:木材の集散地である木場(きば:材木を蓄えておく所で、材木商が多く集まり住んでいる所)として、また、門前町として繁栄したところ。現・東京都江東区北西部。
※月落人煙曙色分:月が西空に沈んで、人家の竈(かまど)に煙が立って、明け方になって、周りのものの色や形等の様子がはっきりとしてきて。 ・月落:月が西空に沈む。中唐・張繼の『楓橋夜泊』に「月落烏啼霜滿天,江楓漁火對愁眠。姑蘇城外寒山寺,夜半鐘聲到客船。」とあり、北宋・孫覿の『過楓橋寺』に「白首重來一夢中,山不改舊時容。烏啼月落橋邊寺,欹枕猶聞半夜鐘。」とある。 ・人煙:人家のけむり。人家の竈(かまど)に立つ煙。転じて、人の住んでいる気配。盛唐・岑參の『碩中作』に「走馬西來欲到天,辭家見月兩囘圓。今夜不知何處宿,平沙萬里絶人烟。」とあり、盛唐・劉長卿の『尋盛禪師蘭若』に「秋草黄花覆古阡,隔林何處起人煙。山僧獨在山中老,唯有寒松見少年。」とある。 ・曙色分:曙(あけぼの)になって、周りのものの色や形等の様子がはっきりとしてきたことを謂う。
※長橋一半限星文:(下から見上げると)長い橋(永代橋)が、星空の星の模様を二つに分け隔てている。 ・長橋:長い橋。ここでは、当時の永代橋を指す。また、宮中の廊下。 ・一半:半分。なかば。中唐・白居易の『春題湖上』に「湖上春來似畫圖,亂峯圍繞水平舖。松排山面千重翠,月點波心一顆珠。碧毯線頭抽早稻,青羅裙帶展新蒲。未能抛得杭州去,一半勾留是此湖。」とあり、南宋・居簡の『柳絮』に「輕輕漠漠又斜斜,去作萍漾水涯。院落晩風閑意緒,合分一半與梨花。」とある。 ・限:かぎる。限度・範囲を決める。へだて。境界。かぎり。 ・星文:星座の文様。盛唐・王維の『贈裴旻將軍』に「腰間寶劍七星文,臂上琱弓百戰勳。見説雲中擒黠虜,始知天上有將軍。」とあり、盛唐・李白の『侍從遊宿温泉宮作』に「羽林十二將,羅列應星文。霜仗懸秋月,霓旌卷夜雲。 嚴更千戸肅,清樂九天聞。日出瞻佳氣,蔥蔥繞聖君。」とある。
※連天忽下深川水:空に連なっている深川の川の流れを下って行くと。 ・連天:(水平線の彼方で)空に連なっている。晩唐・趙嘏の『江樓書感』に「獨上江樓思渺然,月光如水水連天。同來翫月人何處,風景依稀似去年。」とあり、両宋・李C照『點絳唇』「寂寞深閨,柔腸一寸愁千縷。惜春春去,幾點催花雨。 倚遍欄干,只是無情緒。人何處,連天衰草,望斷歸來路。」とある。 ・忽:〔こつ;hu1●〕副詞:たちまち(に)。にわか(に)。すみやか(に)。動詞:滅びる。なくなる。ここは、前者の意。 ・水:川の流れ。
※直向総州為白雲:(深川の水が)ただちに総州(千葉県)に向かっていくと、白い雲となっている。 ・直:ただちに。 ・総州:旧国名の上総(かずさ)国・下総(しもうさ)国の総称。現・千葉県中央部と千葉県北部から茨城県の南西部に及ぶ地域。 ・為: ・白雲:白い雲。道教や仏教の趣があり、俗世間を超越したことを暗示する語でもある。唐の王維の『送別』「下馬飮君酒,問君何所之。君言不得意,歸臥南山陲。但去莫復問,白雲無盡時。」や、唐・杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」、また、崔(さいかう:Cui1Hao4)の七律『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡州。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」、漢の武帝・劉徹の樂府『秋風辭』「秋風起兮白雲飛,草木黄落兮雁南歸。蘭有秀兮菊有芳,懷佳人兮不能忘。汎樓船兮濟汾河,中流兮揚素波。簫鼓鳴兮發櫂歌,歡樂極兮哀情多。少壯幾時兮奈老何。」。「白雲」の語ではなく、「雲」だけになるが、晉・陶淵明の『歸去來兮辭』の「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三逕就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒盈樽。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲,審容膝之易安。園日渉以成趣,門雖設而常關。策扶老以流憩,時矯首而游觀。雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。ス親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」や唐の賈島『尋隱者不遇』「松下問童子,言師採藥去。只在此山中,雲深不知處。」がある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は、「分文雲」。平水韻上平十二文。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○。(韻)
○○●●●○○。
○○●●○○●,
●●●○○●○。
平成27.1.27 |
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