カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第3章

 酒場や食堂といった下級戦士専用の厚生施設のある地下12階から、バーダックたちはエレベーターで一気にポッド発着場を擁する地表へと上がった。砂嵐の舞う赤錆色の大地には、管制塔と宇宙船発着場が見えるのみで、地下に建設されたサイヤ人の居住区はここからは窺い知ることができない。

 居住区の住み分けは階級によって厳密に定められている。地表に近いところに王と貴族たち、その下の層が上級戦士、一番底が下級戦士の層だ。
 先住民族ツフル人は、もともと不毛の地であったこの惑星を、卓越した科学力で緑あふれるユートピアへと作り変えていた。だが、サイヤ人は彼らを滅ぼすついでに、気象制御タワーや全土を覆う灌漑用パイプを吹き飛ばしてしまったのだ。

 緑したたる大地はまた以前のような何ものも受け入れない痩せこけた土地に戻り、その上を砂嵐が絶え間なく吹き荒れた。それは、快適な住環境を作り出す科学力を持たないサイヤ人にとって、大きな誤算だった。彼らに出来ることはただ、住みにくい地表から逃れ、地下へ地下へと潜ることだけだった。

 ポッド発着場で顔を合わせたパンブーキンとトテッポに、バーダックはロタを紹介した。パンブーキンは女の美貌にちょっと目を見張り、嬉しそうな素振りを隠せずにいたが、スナック菓子を大事そうに握りしめたトテッポの方は、新入りに無関心な一瞥を投げるなり、夜食の続きに没頭しだした。

「緊急指令だとよ」整備員がポッドから離れるや、バーダックはそれに乗り込みながら言った。「目的地はNW−37星域。レベルCか――楽勝だな。ようし、まずは仮眠で疲れをとって、詳細はそれからだ。行くぜ」
 次々に戦士たちの乗ったポッドが暗黒の空へ飛び出した。宇宙空間へ出ると、アルコールの力も手伝って、たちまちバーダックはうつらうつらし始めた。

 突然、けたたましい警告音で束の間の安寧あんねいから引き戻される。二、三度瞬きしただけで、大量のアドレナリンと共に脳が送った警戒信号が全身に行き渡り、バーダックの戦士の体は完全に覚醒した。目の前の自動航行装置のランプが赤く点滅し、甲高い電子アラームが鳴り続けている。ポッドが予定された航路から外れたことを示す警告だった。

 アラームを切り、現在位置を確認する。彼自身のポッドは正しく運行していた。
「バーダック、パンブーキンが」
 セリパの慌てた声がスカウターに響く。スクリーンを見ると、バーダックたちのポッドを示す四つの光点から離れて、一つの点が弧を描きながらあさっての方向へ遠ざかってゆくのが見えた。パンブーキンのポッドだ。
「パンブーキン、何してる。戻れ」
 返事の代わりに大きないびきが聞こえてきた。
「起きなよ、パンブーキン。起きなったら」
「パンブーキン!」

 バーダックとセリパが何度呼びかけても返事はない。よほど熟睡しているらしい。こうしている間にもパンブーキンのポッドはどんどん航路を外れてゆく。
 バーダックは舌打ちした。「世話の焼ける野郎だぜ」
 自動航行装置のスイッチを切り、手動に切り換える。方向を転換してパンブーキンの後を追おうとすると、ロタの落ち着き払った声がした。
「どうするつもりです。彼のポッドが航路を外れたのは、おそらくは座標を計算するコンピュータのトラブルか、航行装置そのものの故障か――いずれにせよ、連れ戻すのは不可能です」

 セリパの声が割り込んだ。「仲間を見殺しにするわけにはいかないよ。それに、コンピュータの故障ってだけなら、自動から手動に切り換えて操縦すれば何とかなるじゃないか」
「どうやって切り換えるんです。彼は目覚めそうにありませんが」
「あのバカ……!」パンブーキンの寝起きの悪さを思い出し、セリパは絶望的に呟いた。
「どっちにしたってこのまま見過ごせば、やつの任務放棄でオレたちまで厳罰に処される」
「私たちに罪累ざいるいの及ばない方法がひとつだけあります」
「どういうことだ」
「彼のポッドを破壊しましょう。私たちの手で」
「バカ言うんじゃないよ!」と、セリパが非難の声をあげた。
「それしかありません」
 しばらく考え込んでいたバーダックは、やがて口を開いた。「まるっきり手立てがないってわけじゃない」
「え?」
「眠り姫を起こしに行くのさ。まあ見てろ」

 バーダックはそこから離脱し、パンブーキンの真後ろまで近づいた。慎重に狙いを定め、一気に加速して自身のポッドを追突させる。激しい衝撃がバーダックの全身を貫いた。
 セリパの悲鳴があがる。
「バーダック! 無茶だよ」
 すべての計器がメチャメチャな数値を示している。エンジン、燃料タンク、酸素循環装置、気圧維持装置――それらの装置のうち、ひとつでも傷ついたら一巻の終わりだ。この狭いポッドがそのまま彼の棺桶になるだろう。

「起きやがれ、パンブーキン! オレはきさまと心中なんてごめんだぜ」
 二度、三度と激突させるうち、船体の一部が剥がれ落ちたらしい。今度は別のアラームが鳴り出した。バーダックは舌打ちして呟いた。
「これならあの女の言う通り、やつにレーザービームでもぶちこんでやった方がまだマシだったかな」

 その時、アラームの音に混じり、寝ぼけたような声が聞こえてきた。
「パンブーキン!」
「……んあ……?」
「んあ? ――じゃねえぜ。まったく。てめえのおかげでオレの愛機はガタガタだ。シャキッと目を覚ませ。いいか、オレたちは決められた航路を大きく外れてる。このまま飛びつづけると、フリーザ軍の哨戒機に見つかって脱走兵として撃墜されるぞ」
 寝起きの頭にようやく事態の深刻さが浸透したのか、パンブーキンはにわかに慌てふためきだした。

「どっ、どっ、どうして――オ、オレは何にも――たっ、助けてくれよ、バーダック」
「情けねえ野郎だな。落ち着いて調べてみろ。どこかに故障はねえか?」
 パンブーキンは言われた通りポッド内の装置を調べ、コンピュータが現在位置を示さないが後は問題ない、と報告した。
「なるほどな。推進装置は生きてるか。上出来だ。帰ったら思う存分整備員を締め上げてやるさ。――おい、牽引ワイヤを伸ばせ。オレのポッドのフックに引っ掛けろ」

 バーダックの機がパンブーキンの機を引き連れて戻ってくると、セリパが安堵した声を吐き出した。
「ああよかったよ。あんたがパンブーキンのポッドにぶつかって行った時は、気でも狂ったのかと思ったけど」
「眠り姫を起こすのは王子の口づけと相場が決まってる。もっともあれは口づけって言うより――」
 そのあとに続くかなり下品なジョークを、聞かされてたまるものかとばかりにセリパは音高く通信機を切った。

「機体の損傷は」ロタが問いかけた。
「かなりガタがきちまったが、航行には支障ねえだろ。――どうだった、オレの腕前は」
「無謀すぎます」
 バーダックは見えない相手に向って肩をすくめてみせた。
「さあて、思わぬことで遅れをとっちまったが、全員揃ったところで行くとするか。――おい、トテッポ、さっきからえらく静かじゃねえか。無事ご帰還を果たした僚友に何か言うことはねえのか」
 返事の代わりに聞こえてきたのはかすかないびきだった。
「人の気も知らねえで、天下泰平だな」
 バーダックは苦笑混じりにまた肩をすくめてみせた。

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