カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

プロローグ101112131415
161718192021222324252627282930

第6章

 止血したロタの傷口から新たな血がにじみ出してきた。
「急げ! ただちにこの星を離脱する」
 ロタをポッドに乗せて生命維持装置を作動させ、バーダックはパンブーキンの機を調べた。彼の荒っぽい「目覚めのキス」のお陰で損傷は激しかったが、手動で操縦すれば何とか帰り着けそうだった。

 と、その時、彼の耳に不審な音がかすかに聞こえてきた。ガスの漏れるような音だ。
 バーダックは今調べたばかりのパンブーキンのポッドの中をくまなく調べ直した。
「お、おい、どうかしたのか、バーダック」
「何かおかしなことでもあるのかい」
 口々に問うパンブーキンとセリパに、彼はやがてポッド内のある箇所を示して見せた。座席の後ろ、生命維持装置や酸素供給機といった、乗組員の生命維持に関する機械が集中する箇所だった。

「見ろ、このチューブのところを」
 取り付け部のバルブがわずかに緩んでいた。そこからごくかすかにシューシューと気体の漏れる音がする。
「コールドスリープ・エアー」と、セリパが取り付け部に刻まれた文字を読んだ。長期航行の際、乗組員を低体温状態に維持して生命活動を低下させ、食糧や酸素の消費を抑えるために使われるものだった。

「ほらごらんよ、バーダック。あんたがあんなメチャクチャなことするから。――気づいてよかったよ。またきの二の舞になるところだった」
「違う。これはオレがぶつけた時に緩んだんじゃねえ」バルブを締めなおしながら、バーダックは険しい表情で言った。「最初から緩んでやがった。それでパンブーキンは目覚めなかったんだ。むしろ、オレが機体をぶつけたせいでエアーの漏出が止まった。今また漏れ出したのは、さっきオレが機内を調べるために触ったからだ」

 パンブーキンとセリパは黙り込んだ。暗黒の宇宙空間――わずかずつ漏れ出すコールドスリープ・エアー。体温の低下と共に徐々に眠気が襲ってくる。やがて冬眠状態となった乗組員を乗せ、狂った航行コンピュータは仲間の機から外れて、目的地とは違った方向へポッドを運んでゆく――ゆっくり――ゆっくりと。燃料が尽きるまで。

 パンブーキンが引きつった顔で笑った。「さ、最高の安楽死じゃねえか」
「航行コンピュータの故障にコールドスリープ・エアー装置の整備不良か。おまえは今日はよっぽどついてるらしいぜ、パンブーキン。戻ったら“穴倉”で賭けでもするんだな」
「ちくしょう。いい加減なことばっかしやがって。あたしたちの命を何だと思ってるんだい」セリパが唇を噛んだ。
「下級戦士の命だと思ってやがるのさ――見てろ、このままじゃ済まさねえ」
 バーダックの瞳が暗く底光りした。

 数時間後、出動する戦士や帰還した戦士でごった返す惑星ベジータのポッド発着場に帰り着くやいなや、バーダックたちはトテッポとロタをポッドから降ろした。幸い二人ともまだ息がある。
 隣のメディカルルームへ運ぶべく、二人を抱えたまま雑踏をかき分けて外の廊下へ出ると、フリーザ軍の兵士が銃を構えて前に立ちふさがった。
「待て、報告が先だ。NW−37星域担当司令官がお待ちかねだ」
「へっ、それがどうした。茶でもすすって待ってやがれと伝えとけ!」
「きさまっ」

 気色ばんで銃を向ける兵士を無視してメディカルルームに飛び込むと、パンブーキンはトテッポを担いで男性用のメディカルマシーン室へ、バーダックはロタを抱いて女性用のメディカルマシーン室へと分かれた。
 女性用メディカルマシーン室では、治療を終えてマシーンから出てきたばかりの全裸の女性戦士が、ぎょっとしたように闖入者ちんにゅうしゃを見た。

「悪いね。一刻を争うのさ」
 全裸の戦士と順番待ちをしていた軽傷の戦士に、後から入って来たセリパが声をかける。その間にバーダックはロタのプロテクターを外し、アンダーウェアを引き裂いた。現れた白い裸体にはあちこちに古傷が走っていた。恐らく瀕死の重傷であったろう大きな傷から、うっすらと残った小さな傷までさまざまだった。

 ロタをメディカルマシーンに入れた時、ちょうど医師が看護兵を従えて入って来た。医師の指示でただちに看護兵がロタの体にメディカルチューブを繋ぐ。チューブをつけ終わると、マシーンの中に濃厚な代謝増幅液が満たされていった。
「助かるか」
「大丈夫でしょう。適切な応急処置でしたな」
「どれくらいかかる」
「30分もあれば」

 バーダックは男性用の方を顎でしゃくった。「あっちはどうだ」
「難しいですな。かなりの深手で」医師は白い髭をもぞもぞと動かして言った。「まあやるだけのことはやってみますが」
「必ず助けろ」
 マシーンの中をゴポゴポと小さな泡が無数に昇っていく。死んだように固くまぶたを閉じたロタの白い顔の周りに長い黒髪が広がり、ゆらゆらとたゆたっていた。

第5章へ 第7章へ

DB小説目次へ 

HOMEへ