カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第2章

「どういうことだい。子どもも産まないうちからあたしを外そうってのかい」
「いや、オレは聞いてない」
 息巻くセリパにとまどって答えると、バーダックは目の前の女と女が持ってきた辞令書とを見比べた。女の言う通り、フリーザ軍の規定の用紙にロタという女を今日付けでバーダックのチームに配属するという趣旨の素っ気ない文字が打ち出され、ちゃんと軍務省の承認スタンプまで押してある。

「負傷したメンバーに後遺症が出たそうです。完治するまでの間、私が代わりに」
「後遺症!? トーマが?」
 青ざめたセリパに向ってうなずくと、女は淡々と告げた。
「宿舎に戻ったあと発作を起こしたんです。毒が中枢神経を侵し、麻痺がしばらく残るとのことです」
 メディカルマシーンとて万能ではない。治ったと思っても時たまこういうことがある。

 どこまでも事務的な女の口調に苛立ってセリパは噛みついた。「で、あんたがしゃしゃり出てきたってわけかい。軍も手回しのいいこった」
「緊急指令です」女はなおも表情を変えずに言った。「NW−37星域に向けてただちに出動せよ。目的地はLA10BKポイント。座標はポッドに入力済みです」
「おいおい、オレたちは今日帰ってきたところなんだぜ」
「仮眠はポッドの中で取るようにと」

 鼻白んでいるバーダックとセリパに構わず、「命令です。行きましょう」と女は促して、そのまま背を向けようとした。
「ちょっと待て。ロタとか言ったな。見かけねえ顔だが、昨日までの所属は?」
 女はゆっくりと振り向いた。聡明そうな額の下にきらめく、冬の星座を思わせる瞳をまっすぐこちらに向け、ゆるく唇を結んでいる。

 バーダックの問いに女は聞きなれない星域の名を挙げた。ここ数年惑星ベジータには戻ったことがなかったという。辺境に飛ばされたままというのはよほど低い戦闘力の持ち主か。
 バーダックはカウンターに置いたスカウターを取り上げ、戦闘力カウンターのスイッチを入れた。
「2500」
 セリパの眉が跳ね上がった。無理もない。ロタというこの女の方が彼女より1000も高い。
「結構な数字じゃないか。ええ? トーマが復帰してもあたしの代わりにこの女を入れればチーム全体のレベルが上がって万万歳ってとこかい」
「おまえは仲間だ。トーマの女でもある」セリパを外さないことを暗に含めてバーダックは言った。

 怪我や病気で戦闘力が落ちたり、もっと高い戦闘力のメンバーと入れ替えられたりしてチームをはじき出されたサイヤ人の末路は惨めなものだった。屈強なサイヤ人でさえ尻込みするような過酷な環境の星へ飛ばされ、そこでボロきれのように使い捨てられるのだ。
「出動命令が出たと言ったな」バーダックは女に向き直った。「ちょうどいい。腕前を見せてもらおうか」
 女は黙って彼を見つめ返した。

 勘定を済ませたバーダックがロタを従え、その後に少し遅れてセリパが続き、“穴倉”を出ようとしたときだった。トイレからふらつく足で出てきた大男とすれ違った直後、セリパが悲鳴を上げた。振り向くと、男がセリパに抱きつき、剛毛の生えた手で彼女の体を撫で回している。
「何すんのさ! 放せよエロオヤジ!!」
 男は屈強で、セリパがもがいてもびくともしない。酒臭い息を彼女の顔に吐きかけながら、男はせせら笑った。
「気取んなよ、ねえちゃん。戦闘力の低い女はオレたち男のお荷物なんだぜ。オレたちが働いてるから、おまえさんもおまんまにありつけるんだ。これくらいさせてくれたってバチは当たらないぜ、なあ」
「ふざけん……」
 セリパが言い終わらないうちに、男の体が後にすっ飛んだ。弾みで横に飛ばされ、よろめいたセリパが体勢を立て直して振り向くと、床にひっくり返った男を見下ろすようにしてバーダックが立っていた。
「何しやがんだ、てめえ」
 男は上体を起こしながら、割れ鐘のような声でわめき散らした。
「女が抱きたきゃ商売女を探すんだな。おまえのようなカス野郎でも金さえ払えばやらせてくれるぜ」
「なんだと……」
 殴られた顎を片手でさすりながら、男は口を歪めて笑いを浮かべている。次の瞬間、男の足がバーダックの両足を大きく払った。
「女の前だからってかっこつけてんじゃねえ!!」
 後にひっくり返ったバーダック目がけて、男が飛びかかる。と、待ち構えたようにバーダックは男の急所に蹴りを入れた。

 呻き声すら出せずにのたうちまわっている男をまたぎ越すと、バーダックはセリパとロタのところへ行き、何事もなかったかのように「行くぜ」と二人を促した。

「助かったよ。だけどあいつ、確かあんたより2000も戦闘力の高いやつだよ。おまけに蛇みたいに執念深いって有名だ。酔っ払ってたから今回はたまたま勝てたけど、どうすんのさ」セリパが気づかわしげに言った。
「そいつは大変だ」
 他人事のように言うバーダックにロタの目が興味深げに見開かれた。

「トテッポとパンブーキンは?」廊下をポッド発着場に向いながら彼はセリパに訊いた。
「宿舎だよ。この時間ならよいこのトテッポはおネンネで、パンブーキンのやつは深夜テレビでも見てるんだろ」
「寂しいやつらだな。ひとり寝は体に毒だと言ってやれ」
 バーダックはスカウターの通信スイッチを入れた。

「おい、起きやがれ、トテッポ。聞いてるか、パンブーキン。出撃だとよ。――――文句を垂れるな。いいことを教えてやるぜ。トーマのやつが性転換した。すこぶるつきの美女に変身だ。今すぐポッド乗り場に来い。以上だ」
 途中でセリパに後ろから頭を張り飛ばされたので、後の半分は声がブレた。
「もうちょっと上品なことが言えないのかい、あんたは」
 セリパの小言を伴奏にバーダックは笑い声を響かせながら大股で歩いてゆく。その後ろにロタが続いた。

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