カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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プロローグ

 エイジ736――――
 風が黄砂を吹き上げる。故郷の2倍の重力と大小2つの太陽が作り出す炎熱地獄によって、体力のあらかたを搾り取られながら、彼らは惑星の首都を目指していた。
 逆V字隊形で飛ぶ彼らの眼下には、ほんの3日前までこの星の住民たちが生活していた石造りの家々が、今はむくろと成り果てた主を抱いたまま破壊し尽くされ、広大な墓標となって横たわっていた。

 下士官を通し、フリーザからこの星を占領せよとの命を受けたのは10日前だ。目的は豊富な天然資源。奴隷に適さない非力な住民は一人残らず抹殺する。4日かけて宇宙ポッドで到達するや、彼らは忠実に職務を遂行した。無辜むこの民を殺戮することに何らの躊躇も感慨もなく。

 百戦錬磨の彼らにとっては、取り立てて困難な仕事ではなかった。だが、鉛のように体全体にのしかかる重力と耐え難い暑さ、それに、わずかに生き延びた残党が意外なしぶとさで休息の間を与えぬほどの反撃を仕掛けてきて、彼らの神経をすり減らせていた。

「油断するな。このあたりにも潜んでいやがるはずだ」
 先頭を飛ぶ、眼光鋭く逆立った髪の男が仲間に注意を促した。あたりに目を配りながら、左耳にかけたスカウターと呼ばれる戦力測定器を調節する。装置から伸びて左眼を覆う緑のレンズからは、潅木と痩せこけた岩山が単調に続く風景が見えるだけだ。
 すぐ左を飛んでいる短髪の長身の男が、遅れをとらぬようスピードを上げながら応じた。

「いやにはやってるな、バーダック。今夜は満月だぜ。夜を待って事を起こしゃあ、こんな暑さの中を飛び回らずにすんだのによ。物好きなこった」
 緑のレンズ越しに、男の目が僚友を一瞥する。
「それじゃあ帰還が明日になっちまう。早いこと片付けて、こんなチンケな星系とはおさらばするのさ」

 長身の男の向こうから、彼らのチームでただひとりの女が、顔を打つ熱風に目を細め、短髪をなびかせながら茶化すように口を挟んだ。
「バーダックは惑星ベジータにいいひとを待たせてるのさ。そうだろ、バーダック」
「またかよ」長身の男が呆れ顔で嘆息すると、後ろを飛んでいた丸顔の太った男が吹き出した。その脇を巨体を持て余すように飛んでいる男は、我関せずといった風で、口に含んだ携帯用食料を一心に噛み砕いている。

「へっ」バーダックと呼ばれた男は、答える代わりに片頬だけで笑ってみせた。と、同時に彼のスカウターが敵を捕捉し、警告音を鳴らす。
 岩山の洞窟に出入りする人影が肉眼で見えた。向こうもこっちに気づいたようだ。数十人はいるだろう、固い甲羅に全身を覆われたこの星の住民たちが、大声で仲間を呼び集め、洞窟の中から引きずり出してきた対空ミサイルの照準を慌ててこちらにセットしている。
「行くぜ」バーダックは不敵な笑みを浮かべて言った。「祭りの始まりだ」


 暗黒の宇宙空間を一隻の宇宙船が行く。
 前方のスクリーンには、辺境であることを示すようにまばらな星々の姿が映っていた。あと2回のワープで惑星ベジータの近くまで帰り着く。フリーザさまの命令とはいえ、遠方の占領地の視察は骨が折れることだ。

 紫色の肌をした長身の男は、端麗な顔にやや疲れの色を浮かべ、スクリーンを見上げた。ドアの開く音に振り向くと、一礼して部屋に入るなり素早く足元にひざまずいた部下が、拝顔するのさえ畏れ多いとでも言うように、うつむいたままでうやうやしく一冊のファイルを差し出した。

「ザーボンさま、我が軍は順調に南方の星系に進出しつつあります」
 男は受け取った書類を走り読みし、ある一点で目を留めた。薄い耳朶じだに下がった耳飾りがかすかに揺れる。
「予定より半月早いようだな」
「はっ、サイヤ人の登用が功を奏したようであります」
 床に目を当てたまま答える部下に下がってよいと命じると、男は改めて書類に目を落とし、やがて顔を上げてつぶやいた。
「サイヤ人……か」
 スクリーンに転じた目には、恒星のような光が一瞬またたいて消えた。


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