カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第24章

 下に降りると、既にロタは呼び寄せたポッドの中にセリパを入れ、生命維持装置をつけようとしているところだった。
「どいてくれ。オレがやる」
 ロタが横に退くと、バーダックはセリパの口に呼吸器をあてがい、血の気の失せた頬を指の背でそっと撫でた。倒れている姿を見た時は、岩石人間の電撃弾の不意打ちを食らったものだと思っていたが、彼女もまたトーマたちと同じ敵にやられたのだ。傷口を改めるまでもなかった。
(オレは……オレは大馬鹿野郎だ……)

 バーダックは搾り出すように声を洩らした。
「セリパも……トーマも……パンブーキンもトテッポも……みんなやられた。やられちまった」ポッドのハッチを拳で叩きながら彼はうめいた。「畜生……畜生……畜生!!」

 ロタは悲しみとも苦しみともつかない表情で無言のまま立ちつくしている。荒々しくその細い体を引き寄せると、バーダックは力をこめて彼女を抱きしめた。
 長い髪に顔を埋め、幾度となく嗅いだ甘やかなその匂いを鼻腔いっぱいに吸い込む。うなじに唇を押し当てながら、苦痛に耐えるように彼は固く目を閉じた。
「ロタ、オレたちの任務は完了した。……終わったんだ。これから惑星ベジータに帰還する」

 仲間たちのポッドをバーダックは自らの手で次々と打ち上げた。そして、ロタが出発するのを見届けると、彼は最後にポッドに乗り込み、LB13Tを後にした。
 惑星ベジータに帰り着くと、フリーザ軍の兵士に手伝わせて負傷した仲間をメディカルルームへと運んだ。 立てた医師は眉を寄せ、彼らが助かるかどうかは時の運だと告げた。

 バーダックは廊下でロタを待たせて、医師と看護兵としばらく話し込んでいた。それからバージル新司令官に報告を済ませ、その後、ロタの誘いを断って自室に戻った。
 ベッドに疲れた体を投げ出し、両手で顔を覆う。
 確かめなければならないことがあった。ひとつのピースを見つけたことで、謎めいたパズルは全体の形を現し始めている。彼はこれまでのことをひとつずつ頭の中で検証していった。

 小一時間ほど経ってから、彼はのろのろと起き上がった。部屋の真ん中で顔を伏せたまま、しばらくじっと立ちつくしていたが、やがて振り切るように正面を見ると、スカウターで短く交信して部屋を出た。
 ポッド発着場まで上がり、隣のメディカルルームを覗いたあと、彼はそこから惑星ベジータの地表へと出た。

 ひっそりと静まりかえった赤錆色の大地の上を、時おり強い風が砂塵を巻き上げてゆく。太陽は西に傾き、岩肌が剥き出しになった低い山の向こうへ隠れようとしている。一日のうち今ごろは、比較的砂嵐が少ない時間帯だった。
 見渡す限りでこぼこした岩石やクレーターに覆われた、動くものとてない不毛の大地。それでも地にへばりつくようにして、まばらに草が生えている。

 自分の故郷をこんな形でしみじみ見ることになろうとは……。バーダックは皮肉な思いではるか地平線に目をやった。
 その時、背後に砂を踏みしめる音がした。バーダックはゆっくりとそちらを振り返った。

「どうしたの。こんなところに呼び出したりして」
 女はややとまどった様子で、胸を抱くようにして右手で左の二の腕を掴んでいる。サイヤ人にしてはしなやかな長い髪を、もてあそぶように風がなびかせて行く。
 バーダックは正面に顔を戻して静かな声で訊いた。「オレがゆうべ話したことを覚えているか」
 ロタは彼の横顔が見えるところまで回って来ると、ゆっくりとうなずいた。

「謎を解く糸口が見つかった」
「え……?」
 バーダックはロタの方へ向き直った。
「おまえが初めてオレたちの任務に加わった時、木の上にいたトテッポは後ろから攻撃されて瀕死の重傷を負った。
 ――あの時、やつを殺そうとしたのは、ロタ、おまえだな?」

 一瞬の沈黙の後、ロタは笑い出した。
「何を言うのバーダック。私だってあの時一緒に攻撃されて死にかけたのよ」
「そうだ。おまえも死にかけた。だがおまえを攻撃したのは敵じゃない。トテッポだったんだ」
 ロタは笑った口元をそのまま凍りつかせて動かなくなった。
「おまえはトーマに毒を盛って代替要員としてチームに潜り込み、まず手始めにパンブーキンのポッドに細工してやつを葬り去ろうとした。
 ――この二人を殺し損ねたのは誤算だったな。おかげでオレたちに警戒心を植え付ける結果になっちまった。
 パンブーキンの抹殺に失敗すると、その次におまえはトテッポを後ろから襲って殺そうとした。背中を撃たれたトテッポは、木から落ちてゆきながら最後の力を振り絞って反撃した。一瞬の油断を突かれ、おまえはやつの攻撃をまともに左肩に受けた。
 尾に鉤爪のあるあの怪物をおまえが殺したのは、自分たちを襲った敵に仕立て上げる必要があったからだ。同時にオレを助けることでチームの一員として認められる効果も考えたんだろう。その効果は抜群だったってわけだ。
 惑星ベジータに戻って治療を終えた後、おまえはトテッポのメディカルマシーンに細工して、やつを今度こそ殺そうとした。顔を見られた可能性があるからな。
 しかし、そこへオレたちが現れたため断念せざるを得なかった。
 やつが意識を取り戻すまで、おまえは気が気じゃなかっただろう。だが、おまえにとって幸運なことに、やつは反撃と同時に気を失い、自分を撃った相手の顔を見ていなかった」

「奇抜な推理ね。でもなぜ私がそんなことをする必要があるの」
 ロタは静かに訊いた。
「おまえがフリーザ軍に雇われた殺し屋だからだ」バーダックは言った。「そう考えれば説明がつく」

 言葉の意味が全身にしみとおるのを待つようにロタは沈黙した。やがて彼女はゆっくりと口を開いた。
「証拠は……?」
 バーダックはスカウターの照準をロタに合わせた。数字は5700を指したところで止まった。
「LB13Tでオレを襲ったやつがいる。岩石人間じゃない。戦闘力7000のやつだった。トーマたちをやったのもそいつだ。
 帰還する時、オレは上空から敵の生き残りを探していて、たまたまポッドにセリパを収容するおまえを見た。
 ……オレは目を疑った。おまえの戦闘力は7000を指していた」
 鋭い目が緑のレンズ越しにロタを見据えた。
「本当の力を見せたらどうだ」

 女の顔から表情が消えた。代わりに冷たい仮面のような顔が現れ、その瞳はバーダックを通り越して、どこか遠い彼方に向けられていた。
 同時にスカウターの中で、ロタの戦闘力の表示が5700から徐々に上がり始めた。やがてそれは急激に跳ね上がり、7000を表示して止まった。
迂闊うかつだったわ。最後の敵と闘う時に力を解放したまま元に戻すのを忘れていたのね」
 自嘲の笑みを片頬にかすかに浮かべて彼女は言った。
「そうよ。全てあなたが考えた通り。私は戦闘力をコントロールできる。暗殺者として生きていく上で身につけた技術よ。
 元々は上級戦士の私が下級戦士のチームに潜り込むには力をセーブしなければならなかった。首尾よくチームの一員になったあとは、隙を見て全員を抹殺する。それが私の任務よ。もちろん本来の惑星攻略の任務は最優先でね。
 難しかったわ。至難の業だった。特にあなたたちは今まで倒したどのチームよりも隙がなくて手強かった」

「お褒めにあずかり光栄だぜ」バーダックは冷たく言った。「『私ごと撃って』か。オレの動揺を誘って敵と相討ちにでもさせるつもりだったか。見事な演技だったな。すっかり騙されちまったぜ」
 ロタのまぶたがかすかに震えた。何かを鎮めるように胸を波打たせて呼吸すると彼女は言った。
「これでわかったわ。帰還する時、あなたが私に仲間のポッドを触らせようとしなかったわけが。リーダーとしての自責の念がそうさせているのだと思った。あの時から私は疑われていたのね」

 ロタの表情が厳しくなった。こちらへ向けた射るような視線は既に敵のものだった。
 共に過ごした日々のさまざまな女の表情が声が、バーダックの脳裏に浮かんでくる。あれは全て演技だったというのか。今、目の前にいる冷たい無表情な顔がおまえの本当の顔だというのか……。

「答えろ。きさまに命令を下しているのは誰だ。モンバームの野郎はどこまで関わっていた。きさまがやつを殺したのはなぜだ。仲間割れか」
「あの男と仲間だなんて言わないで。汚らわしい!」
 ロタは嫌悪をあらわにして吐き捨てた。
「教えてあげるわ。惑星ソレルで起こったことを。フリーザ軍は何を隠そうとしているのか。そして、あなたたちを殺そうとしたのはなぜなのかを」

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