カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第25章

 ロタの語った事実は驚くべきものだった。

 フリーザ軍極北基地のある惑星ソレル。そこには、上級戦士と下級戦士合わせて30人のサイヤ人と100人のフリーザ軍兵士が駐留していた。彼らはそこを基点として更に北へ宇宙征服の手を拡げるよう、フリーザに命令されていたのだ。

 ロタの父コーレンは惑星ソレルのサイヤ人を統率する司令官で、最も強く人望の厚い男だった。母は早くに亡くなり、一人娘のロタは上級戦士のチームに所属していた。そして、副官としてコーレンの傍に仕えていたのがモンバームだったのである。

 ある時、ロタはコーレンの居室に呼ばれ、モンバームがロタを妻に望んでいることを知る。
「そんなこと、たとえ世界の終わりが来たって考えられないわ」と、ロタは叫んだ。会うたびにいつも好色な視線を自分に絡みつかせてくる男のことを、彼女は心底嫌悪していたのだ。父の片腕だと思えばこそ、傍に寄られるのも我慢しているのに……。

 それになによりも、自分には恋人がいる。所属するチームのリーダーだ。それは父も知っているはずで、そう言うと父はソファに寄りかかり、表情を和らげた。
「承知しているよ。あれはいい男だ。わたしに異存はない。ただ一応はおまえの意向を確かめておこうと思ってな」
「二度とそんな必要はないわ、父さん。私の気持ちは絶対に変わらないから」

 父は苦笑して、わかったと言った。ロタは唇を噛んだ。父はモンバームの本当の姿を知らない。知ろうとはしない。

 モンバームにはいやな噂があった。自分にたてつく目障りな人間のいるチームを激戦の地へ送り込んでは敵と相討ちにさせる。そして、あとから精鋭チームを送り込んで、生き残った敵を一気に全滅に追い込む。先に送っておいたチームにより、敵にある程度のダメージを与えてあるので―――それを彼は“地ならし”と呼んでいるという―――精鋭チームの被害は最小ですみ、同時に邪魔者も始末できて一石二鳥だ。そううそぶいているというのである。

 その話をしても父は真に受けなかった。モンバームが巧妙に立ち振る舞い、尻尾をつかませないからである。強いものに取り入ることにかけては、非凡な才能を発揮する男だった。

 気分を変えるように、コーレンはロタに興味深いことを教えてくれた。
 先ごろサイヤ人とソレル人との間に赤ん坊が4人生まれたが、本国で検査したところ、どの子も驚くほど戦闘力が高かったというのである。

 サイヤ人の子どもはどこで生まれても、一旦は惑星ベジータへ送られ、戦闘力などの検査を受ける。その結果により処遇が決まるのだが、惑星ソレルで生まれたソレル人とのハーフたちは、全員が上級戦士として取り立てられることになった。
 彼らの親は一人を除けば下級戦士ばかりだ。親よりも戦闘力の高い子どもが生まれる確率は一般的に言って高くはない。これは極めて珍しい現象だった。

「私たちサイヤ人とソレル人の相性はいいってこと?」
 父のカップにアオジールのおかわりを注ぎながらロタは訊いた。異星人とのハーフの中には戦闘力がお話にならないくらい低い者だっているのだ。
「そうだ」と、コーレンは答えた。「彼らの遺伝子の中には我々の戦闘力を押し上げる要素が秘められているんだろう」

 この惑星のもともとの住民であるソレル人は侵略時にほとんどが殺され、今は科学者を中心に十数人が残っているに過ぎない。彼らはずば抜けた科学力をフリーザ軍に提供することで、この星に留まることを許されているのだった。
 銀髪に透き通るような白い肌、体つきはサイヤ人より華奢で、感情によって変化する七色の瞳は神秘的な光をたたえている。なるほど彼らなら特殊な力を秘めていても不思議ではない。

「それともう一つ、面白い事実を教えてやろう」コーレンはアオジールを一口飲み、カップをソーサーに戻しながら言った。「多くのサイヤ人が星から星へ渡り歩く生活をしているのに比べ、我々はこの星に来て既に何年にもなる。ここから領土拡張の手を拡げては、またここへ戻ってくる。いわばここが我々にとっての惑星ベジータのようなものだ。本星を離れてこんなに長い間異星で暮らしているサイヤ人は我々くらいしかいない。おまえは環境の変化がサイヤ人の気質に与える影響を考えたことがあるか?」

 ロタはかぶりを振った。突拍子もない質問だった。
 コーレンはある下級戦士の名を挙げた。親しくはないがロタも知っている。仲間のサイヤ人とはソリが合わず、始終ソレル人のところにばかり入り浸っている変わり者だ。そういえばこの頃影が薄いようだけど……と、名前が出て初めてロタはその男のことを思い出した。

 その男の気質が変化したのだとコーレンは言った。荒々しいサイヤ人気質から穏やかなソレル人気質に傾いている、と。男には基地建設当時から情を通じていた長いつきあいのソレルの女がおり、そのせいなのか、普段からソレル人たちに混じって暮らしていたせいなのかはわからないという。

「ただ言えることは、我々サイヤ人の血は実に柔軟性と可塑性に富むのだということだ。環境の変化を敏感に感じ取り、自らをそれに合わせて自在に変化させようとする力。それはどんな環境の中でも生き抜いてゆける生存能力の高さに他ならない。
 なかなか死なないタフさや死の淵から蘇るたびに驚異的に上昇する戦闘力もまた、我々の恐るべき生存能力のなせる業なのだ」

 サイヤ人の真の強さ―――それはこの生存能力の高さにこそ秘められているのだ、とコーレンは熱のこもった声で言った。
「我々サイヤ人は底知れぬ可能性を秘めた民族なのだよ」

 続いてコーレンは居室の書棚の裏に隠された扉を開け、娘をその中へといざなった。そこは何かの実験室になっており、ひとりのソレル人科学者が熱心な眼差しを顕微鏡のルーペに注いでいた。
 科学者と研究の進捗状況について二言三言交わしたあと、大まかな内容を娘に説明してやってくれとコーレンは命じた。

 科学者はやや緊張して話し始めた。
「わたしはソレル人の遺伝子の中にサイヤ人の戦闘力増大に影響する遺伝子があることをつきとめました。その遺伝子をある化学物質に結合させ、被験者となったサイヤ人から取り出した骨髄幹細胞に導入してまた体内に戻します。

 いわゆる遺伝子治療の技術を利用して、戦闘力の増強を図るわけです。被験者の戦闘力は実験から2ヶ月経った今、狙い通り著しい伸長を見せています。ですがまだ超サイヤ人にはほど遠く、更なる実験と経過観察が必要です」

「超サイヤ人!?」ロタは思わず声を大きくして父を振り返った。「父さんは超サイヤ人を作り出そうとしているの?」
 コーレンはゆっくりとうなずいた。


「超サイヤ人だと?」ロタが言葉を切ると、バーダックはつぶやいた。「千年に一度現れるとかいう、とんでもない戦闘力を持ったサイヤ人のことか。あんなのはただの伝説だ。くだらねえ夢だ」
「そのくだらない夢を実現しようと父は考えた。ソレル人科学者に密かに命じ、遺伝子操作によって超サイヤ人を生み出す研究を始めていたのよ。
 もし全てのサイヤ人を超サイヤ人に変えることが出来たら、サイヤ人は宇宙最強の民族になれる。強い者に媚びへつらい、手足のように使われる必要なんてなくなるわ。これが何を意味するかわかる?」

 フリーザからの独立――つまりはフリーザへの反逆!!

 いかずちに打たれるがごとく、その言葉がバーダックの頭に閃いた。

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