カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第20章

 フリーザが勢力範囲を拡げてゆくに従い、参謀であるザーボンの仕事も多忙を極めていた。彼は3日間惑星ベジータに滞在し、危急の案件でないものを取りあえずは現状維持する形で指令を出した後、ベジータ王子を王の元に残して慌しく去って行った。

 モンバームの後釜は副司令官のバージルが繰り上がることになった。野心などカケラもない凡庸で小心な男で、バーダックたちに対しても無茶な要求をすることなどなく、上官としてはくみし易い男だった。

「バージルならまず安全ぱいだろう。あいつにモンバームの陰謀を引き継ぐ度胸はあるまい。まあ用心するに越したことはないが」

 ポッド発着場のざわつくロビーの隅で、ポッドの整備が終わるのを待ちながら、バーダックはトーマと二人で声を潜めながら話していた。

「オレは出来る限りモンバームが加担していた陰謀を探ってみる」

「気をつけろよトーマ」

「ああ」

 その横でセリパが軽いストレッチをしながら、かがんでニーパッドをつけているロタに何気なく尋ねた。

「3日間何して過ごしてたんだい」

 ロタが口ごもっていると、トーマがバーダックに向かって言った。

「そういやおまえもずっと部屋にいなかったな。スカウターも切ったままでどこへ行ってた」

「えっ、ああ」

 バーダックは無意識にチラリとロタに目をやった。かがんだままうつむいて床の一点を見つめているロタの顔が見る見るうちに上気していく。

「えっ、まさか……」

 セリパが大きく目を見開いて二人を交互に見た。全部言わないうちにトーマが大声で叫んだ。

「やっちまったのか!? ええ!? おまえらついにやっちまったのか!!」

 出撃に備えてロビーで待機している戦士たちが一斉にこちらを注目した。いたたまれずに真っ赤な顔でロタがその場を飛び出して行った。

「イヤッホー! やったやった! やったなバーダック!! こりゃあめでてえや」

 トーマは大声で奇声を発しながら跳び上がってガッツポーズをしている。バーダックの鉄拳がその顎に飛んだ。

「バカ野郎! いっぺん死んでこい」

 床にひっくり返って、トーマは顎を押さえながらうめいた。

「なんだよ。せっかく祝ってやってるのによぉ」

「ほんとにバカだよあんたは」

 両手を腰に当て、セリパはトーマを見下ろして呆れたように言った。ロタを追おうとするバーダックを制し、彼女はいたずらっぽく目配せした。

「あんたが行けばかえって戻りにくいだろ。あたしが行くよ」

「すまん」

 バーダックはバツが悪そうにセリパから目をそらした。セリパはおかしそうにクスクス笑っている。

「まったくどっぷりイカレちまってざまあないね。あたしの時にもそんな目で追ってきて欲しかったよ」

「お、おい。セリパ。今のは問題発言だぞ」

 恋人が情けない声で抗議するのを背中で聞いて、セリパは笑いながらロビーを出て行った。
 トーマは床に寝そべったまま上半身を起こして、救いを求めるように悪友の顔を見上げた。

「まだおまえに未練があるのかな。オレはどうすればいい」

「知るか」

 バーダックは意味もなく顔を手でこすりながら憮然としてそっぽを向いた。無関心に携帯食料を貪っているトテッポの隣で、ニヤニヤ笑いを噛み殺しているパンブーキンがこちらを見ている。バーダックは慌ててまたあさっての方に顔をそむけた。

 廊下の窓に顔をつけ、上気した頬を冷やしているロタを見つけてセリパが駆け寄った。

「ニ、ニーパッドの具合が変で。代わりを取ってきたの」

 しどろもどろになって弁解するロタにセリパが笑顔で言った。

「恥ずかしがることなんてないよ。って言っても無理か。神経が荒縄で出来てる男たちとあたしたちは違うからね。でもちょっと安心したよ。あんたときたらいつでも冷静で落ち着き払ってて、まるで機械みたいで……そういう欲求なんてないのかと思ってた。
 ねえ、訊いてもいいかな。3日間ずーっと一緒だったのかい」

 ロタは小さくうなずいた。

「食事は?」

「携帯食料……」

 セリパはぶっと噴き出して目を見張った。

「すごいね。ぶっ続けかい」

 戻りかけていたロタの頬の色がまたカーッと赤くなっていく。

「失礼。男たちのこと言えないね。つい……」

 セリパは両手を振り回しながら弁解していたが、うなじや耳まで赤くなっているロタに、目を細めて微笑んだ。

「バーダックのこと頼むよ。あいつはいいやつだ」

「セリパ、あなたも彼を……?」

「昔のことさ」
 セリパは肩をすくめた。
「自分から逃げたんだ。あたしの手に負える男じゃない。でもあんたなら……」

 ロタはセリパをじっと見つめた。痛みをこらえるような表情だった。

「ロタ? あたしの言ったこと気に障ったかい」

 ロタは静かにかぶりを振った。

「私は彼とは一緒に生きられない。……忘れていたわ。いいえ、忘れたかっただけ」

「どういうことだい」

 ロタはいつもの表情に戻って言った。

「行きましょう。仕事よ」

 いくつかの戦いを経て時は過ぎて行った。さしたる問題も起きず、全てが順調に流れてゆく毎日。
 バーダックは時間が許せばロタと過ごすようになり、いつの間にか彼女と一緒にいることがひとりでいることよりも自然になっていた。

 NK−7星での戦いから2ヶ月を過ぎた頃、珍しく自室に戻っていたバーダックをトーマが訪れた。手にはスカウターを持っている。

「よう」

 自分の部屋のような顔で入り込んで来ると、トーマはベッドの上に腰掛けてぐるりと部屋の中を見渡した。バーダックはわずかな私物をまとめていた。

「ロタと夫婦になるんだってな」

「申請は出した。この部屋は殆ど使ってない。ロタと二人部屋に移った方が合理的だ」

「合理的ねえ」

 トーマは苦笑を浮かべて首を振った。

「ひとりの女にこんなに執着するのは初めてじゃないか? おまえがそこまで変わるとはな」

「そんなことを言いにわざわざ来たのか」

 トーマの顔が改まった。

「調査結果報告だ」

「何かわかったのか」

「苦労したぜ。何せオレたち下級戦士は余計なことなど知らずにいてくれてた方が都合がいいと上層部は考えているからな。端末に近づこうとしただけで追い払われる。コンピュータ室が無人の隙に軍のコンピュータをちょっといじってきた。これだ」

 トーマはテーブルの上にあったバーダックのスカウターに自分のスカウターを近づけて送信すると、左耳に自分のスカウターを装着し、バーダックに彼のスカウターを渡してかけるよう促した。

「LA10BKポイントでの戦いを覚えているか」

 バーダックはスカウターを左耳にかけながら答えた。
「ロタがおまえのピンチヒッターで初めて加わった時の任務だな」

「そうだ。モンバームのことを探る中で、オレはLA10BKポイントのことも調べた。何かの罠が仕掛けられていなかったかどうか。そしてわかった。トテッポやロタを襲ったのはおまえたちが見たあの敵じゃない」

「なんだと!?」

「あの星のデータを検索したんだ。最後におまえたちが倒したのはこいつだな」

 トーマが送ってきたデータをスカウターのスクリーンに表示させると、LA10BKで出会った生物の写真が鮮明に映し出された。確かにあの8本のあしと先に鉤爪かぎづめのついた長い尾を持つ怪物だった。その下に戦闘力100というデータが読める。

「バカな。こいつにトテッポとロタはやられたんだぞ。少なくとも3000はあるはずだ」

「不思議だと思うだろう。もっと不思議なのは、こいつの鉤爪は敵を襲うためじゃねえ、泥地の中の硬い土を切り崩し、その中の虫を喰うためにあるってことだ。つまり、こいつは人を襲ったりしねえんだ」

「ちょっと待て。確かにこいつはオレを襲おうとしたぞ。ロタは瀕死の体でオレを救うためにエネルギー弾を撃ったんだ。セリパもパンブーキンも見ている」

 トーマは頭を振った。「ロタには災難だったが、放っておいても危害を加えられることはなかった。いや、一番災難だったのはこいつの方だな。えさ獲りを襲撃と勘違いされて殺されたんだから」

 混乱した頭を抱え、バーダックは考え込んだ。

「しかし、確かにトテッポとロタを襲ったやつがいる。こいつじゃないとしたら一体……」

「他に敵が潜んでいたとしか考えられん」

「そいつが二人を殺そうとしたというのか」

「そういうことだな」

 トーマはベッドから腰を上げて言った。

「これ以上の情報は探れなかった。そうコンピュータ室に潜り込める機会はない。思っていたより警備が厳重だ。そこでおまえに頼みなんだが、あのサイヤ人ハーフの女に何とかモンバームの過去を洗ってもらえないか」

「ロエリに!?」

「そうだ。やつが1年前、辺境惑星でどんな手柄を立て、惑星ベジータへ司令官として凱旋することが出来たのか。そこからずっと調べていけば、やつが加担していた陰謀や、やつの死後、バージル新司令官がそれを引き継いだかどうかも明らかにすることが出来る」

「しかし、軍の機密事項だぞ。いくらロエリが上級戦士の間を渡り歩いている女だといっても、あの女自身は下級戦士だ。コンピュータにアクセスする権限はない。見つかればあの女の命も危なくなる」

 トーマは厳しい顔で言った。

「バーダック、関わり合いになった女に対して非情になり切れないのはわかるが、オレたちの運命がかかってるんだ。色仕掛けでも何でもいい。あの女に言うことを聞かせろ。そして探らせるんだ。いいな」

 トーマが出て行ったドアをバーダックはしばらくの間じっと見つめながら、彼が言ったことを頭の中で反芻はんすうしていた。

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