カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第19章

 「なんだあのガキは」空を見上げたトーマが怪訝けげんそうに言った。
 戦闘服にマントをまとった小さな子どもが宇宙船の横に浮かんでいる。その姿にバーダックは見覚えがあった。
「ベジータ王子……」
 下級戦士の身では王に拝謁はいえつすることなどめったにかなわないが、半年ほど前だったか、惑星ベジータにいた全戦士の前で、王がげきを飛ばしたことがある。フリーザの手足となって働け、そして全宇宙に強戦士サイヤ人の名を知らしめよと。
 その時、王のかたわらに立っていたのが一粒種の王子だった。

「王子だって!?」
 トーマが聞きとがめて叫んだ。と、上空の王子が胸の前で両手を構えた。白く輝く光球が小さな手の中から生まれる。
 固唾を飲んでバーダックたちが見守る中を、王子の作り出した光球は瞬く間に大きくなった。それは、バーダックたちが満月を造るために空に放ったパワーボールよりも、はるかに巨大なエネルギーボールだった。

「何をする気だ」
「ま、まさか……」
 幼い王子はニヤリと笑うと、地表めがけてボールを叩きつけた。耳をろうするばかりの凄まじい轟音と共に、目を貫くようなまばゆい光の球が地平線の彼方で炸裂する。
「ぐ……あ……あああっ……」
 網膜を焼かれた側近たちが両目を押さえてのたうち回る。王子の放ったエネルギーボールはNK−7星の地下深く突き刺さり、大地殻変動を引き起こした。激しい地震で海は溢れかえり、地面が大きく裂けてゆく。

「星が爆発するぞ! 宇宙船へ急げ!! すぐにこの星から離れるんだ」
 バーダックは声をらして叫んだ。地面の裂け目に足を取られたロタを引っ張り上げ、噴出するマグマを避けて、トーマやセリパと共に彼らをこの星まで運んできた宇宙船向かって飛んだ。
 だが、バーダックたちが辿り着いた時には、既に宇宙船は大地の裂け目に呑み込まれた後だった。

 地表から吹き上げる強風にマントを煽られながら、幼い王子は下界の地獄絵を見下ろして、勝ち誇ったように笑っている。
「畜生……! なんてガキだ……」
 宇宙船からかろうじて逃げ出した戦士たちが右往左往して飛び交う中を、バーダックは仲間の姿を求めて飛び回った。

「パンブーキン! トテッポ! どこだ!!」
「バーダック!!」遠くからトーマが呼んだ。トテッポとパンブーキンの二人を見つけたようだ。上級戦士たちはフリーザ軍兵士の乗った哨戒用ポッドを奪おうと襲い掛かっている。自分たちの宇宙船が失われた今、生き残る道はそれしかないのだ。
「く……っ」

 バーダックは拳を握り締め、上空をにらんだ。力試しをして気が済んだのか、王子は宇宙船に戻るところだった。
「オレについて来い!!」
 バーダックは仲間に向かって叫ぶと、ザーボンの宇宙船に向かって飛んだ。宇宙船は星の爆発に巻き込まれるのを避けて、大気圏から全速力で離脱しようとしていた。
 船内に戻る王子の後に続こうとしたバーダックたちの目前で、無慈悲にもゲートは閉まった。

「くそっ!!」
 今や宇宙船は成層圏に突入していた。零下55度の冷気が鼻から気道を通って肺を凍らせる。
 大気が震え、NK−7星の断末魔が伝わってきた。もはや猶予はない。あと数十秒もすればこの星は宇宙の塵と化すだろう。

 バーダックの目にフリーザ軍兵士の乗ったポッドの最後の一機が格納庫へと入っていくのが見えた。
「あれだ。あそこから飛び込め!!」
 仲間に合図すると、バーダックは閉まりゆく格納庫の扉目がけて飛び込んで行った。


「まあいいではありませんかザーボンさん。戦いに損害はつきものです。ベジータさんのお陰で早く仕事が片付いたと思えば結構なことではありませんか」
 経緯を聞いたフリーザはスクリーンの向こうで鷹揚おうように言うと、くつくつと忍び笑いを漏らした。深くこうべを垂れながら、ザーボンは沸き起こる腹立ちを必死になって押さえつけ、更に低く頭を下げた。

 通信を切ると、ザーボンは王子に向き直った。
「いい気になるなよベジータ。今回はフリーザさまのお許しが出たが、この次勝手な真似をすればこのわたしが許さん。王子だか何だか知らんが、きさまたちサイヤ人はフリーザさまの部下であり、わたしの部下であることを忘れるな」
 王子は黙ったまま神妙に頭を下げて見せた。が、その瞳は鋭いまでに冷たく光っていた。

 王子が下がると、ザーボンはコンソールを操作してNK−7星の侵略データをまとめ始めた。生き残ったサイヤ人戦士は6名。先ほど格納庫に飛び込んできたやつらだ。メンバーの一覧表を無関心な一べつでやり過ごそうとした彼の手が止まった。
「ほう……」
 チームの詳細な戦歴にポインタを重ねる。そこにはメンバーの驚異的な戦闘力の伸びがグラフで示されていた。
「期待以上だな。まさしく……期待以上だ」
 ザーボンは誰に言うともなくつぶやいた。


 天国と地獄の綱渡りをした後は、誰もが高揚した気分になる。バーダックたちは無事帰還を果たすと、夜をあげて“穴倉”でハメを外した。
 彼らの懸案の元であったモンバームは去った。そして、彼らは最難関のNK−7星を制覇した褒美として、少しばかりの金と3日間の休暇を与えられていた。これ以上望むことはなかった。

「モンバームがあんたの仇だなんて知らなかったよ。水臭いじゃないか。知っていたらあたしだって力を貸せたかもしれないのに」
 ロタとモンバームとの関係を、詳細を省いてだがバーダックから聞いたセリパは、ロタの肩に手を置いて言った。
 トーマも上機嫌で笑っている。「ともあれ、あいつは死んだ。暗雲が晴れた思いだな。これでオレたちも気兼ねなく闘うことができる」

 はしゃいでいるトーマたちをよそに、カウンターでひとり杯を傾けているバーダックの元にロタはやってきた。
「何もかもあなたのお陰だわ。ありがとう」
「オレは何もしてない」
 ロタは首を振った。
「あなたが機転を利かせてくれなかったら、あの場で私はモンバームの側近に殺されていた。上官殺しのとがを負って」ロタはじっとバーダックを見つめた。「あなたのお陰よ」
 バーダックは笑いながら首を振った。その手にそっと彼女の手が重ねられる。
 二人の視線が絡み合った。

 ロタの部屋はこの前訪れた時と同様に小奇麗に片付いていた。枕元の小さな灯りだけをつけた薄暗い部屋でバーダックはロタと向かい合って立っていた。
 見つめ合いながら彼女の肩に手を置き、もう片方の手でそっと顎に触れて唇に口づける。
 彼女のプロテクターを外し、自身のプロテクターも無造作に脱ぎ捨てる。彼はいつもアンダーウェアを着けないので、すぐに素肌が現れた。逞しい胸の筋肉に沿って、ロタがためらいがちにそっと手を触れる。

 バーダックは彼女を抱き上げてベッドに横たえた。感触を楽しむように唇を合わせながら、片方の手で胸をまさぐり、もう片方の手で器用に彼女のニーパッドとブーツを取り去る。
 ロタは震えていた。体にまだ力が入っている。
「どうした。気が進まないならやめておくぜ」
「違うの」彼女はかすれた声で囁いた。「続けて……バーダック」

 残っていた衣類を脱ぎ捨て、互いの肌と肌を密着させると、ロタの口から深い溜息が漏れた。細い手が愛おしむようにバーダックの背中や肩を這い、撫でさする。
 愛撫に敏感に反応しながら、だんだんとロタの体が熱を帯びてほぐれてくる。両手で彼女の体を開くと、バーダックは深く腰を沈めた。耐え切れず、ロタの唇から歓喜の叫びが漏れる。
 激しく、時には波がうねるようにゆっくりと、バーダックはロタの中で動いた。

「モンバームの手から逃げる時に軍のコンピュータを操作して素性を偽ったと言ったな」荒い息の下でバーダックは言った。「おまえの本当の名は?」
 ロタはあえぎながら答えた。「なぜそんなことを?」
「知りたいだけだ」
「私はロタよ。昔の私は死んだ。本当の名なんて忘れたわ」
 バーダックはロタをひっくり返し、尻尾を持って引き寄せると、荒々しく後ろから押し入った。
「あ……バー……ダック……!」
 ロタが頭をのけぞらせ、きつく締めつけてくる。バーダックは彼女の白い肩に歯を立ててこらえた。

 貪るように3日3晩ロタを抱き、最後の日の深夜、うとうととまどろみの中へ落ちてゆこうとするバーダックの耳が、小さな着信音を捉えた。隣で寝ていたロタが起き上がる気配がする。女がバーダックの方をうかがった時、彼は咄嗟とっさに眠ったふりをした。

 ロタはベッドから降りて薄い上着を羽織ると、小さなテーブルの上に置いた彼女のスカウターを手に取った。そこに示されたメッセージを読んだあと、スカウターを握りしめたまま、長い間バーダックの方を見つめていた。
 やがて彼女は素早く戦闘服に身を包み、スカウターをつけると、そっと部屋を出て行った。

 ドアが閉まるとすぐ、バーダックは起き上がってアンダーウェアを履いた。プロテクターを着けている余裕はなかった。距離を置いてロタの気配を全身で感じ取りながら彼女の後を追う。
 我ながら自分がなぜこんな行動を取っているのかわからなかった。ロタの行き先はわかっている。上級戦士の区画だ。ロエリが言ったように、彼女には男がいるのだ。
 だが、それがどうしたというのだ? 自分と過ごした後で彼女が他の男に呼ばれて行ったとして、どうしてそれを自分が責められよう。

 バーダックは独占欲の強い男ではなかった。関係を持った女がその日のうちに他の男に抱かれたとしても、気にするようなことはなかった。彼が関心があるのはその女と過ごす一瞬一瞬であって、自分の元から離れた後の女の行動まで詮索したいとは思わなかった。
 だが、今こうして自分はここにいる。わかりきった結果を確かめるだけのために、出て行った女の後を追いかけて。
 一体オレはどうしてしまったのだ? ――自嘲の念にさいなまれながら、バーダックは足を止めることが出来なかった。

 思った通りロタは上級戦士の区画へ入って行った。彼はそこで引き返すべきだった。だが、警備兵の注意がロタにそれた瞬間、彼の体はするりと中へ滑り込んでいた。
 廊下を歩く人影は他にはない。ロタは通い慣れた道を歩くようにどんどん先へ進んでゆく。宿舎のどの部屋にも立ち止まらず、更に奥の区画へと入って行った。

「どこへ行く」
 いきなり後ろからがっしりとした手で肩を掴まれた。追跡に神経を集中していて気付かなかったが、バーダックの後ろには、彼よりも一回りも体の厚みのあるナマズひげの男が立っていた。その顔に見覚えがないということは、上級戦士の中でもトップクラスのエリートなのだろう。

「きさま、下級戦士だな。こんなところまで何の用だ」
 男は胡散うさん臭そうに顔をしかめると、バーダックを上から下までじろじろと眺め回した。
「別に。ちょっとした散歩だ」
「散歩だとぉ? ふざけやがって」
 男はいきなりバーダックの鳩尾みぞおちに拳を叩き込んだ。動きすら見えないほど速く、しかも重い攻撃だ。窒息し、気が遠くなるのをかろうじてバーダックは踏ん張った。

 男は容赦なく拳を繰り出してくる。今度はバーダックはそのどれをも避け、最後の回し蹴りは両腕を交差させて受け止めた。腕が肩までジンとしびれ、大きなダメージに、すぐには動かせそうもない。
 男はいたぶるように笑っている。
「ふふん。やるじゃねえか。そうこなくっちゃ遊び甲斐がねえ」

 その時、男のスカウターに通信が入った。
「ちっ、邪魔しやがって」スイッチを入れた途端、男の態度が改まった。「はい……えっ、ザーボンさまが? わかりましたベジータ王子」
(ベジータ王子? ――あのガキか)
 バーダックの頭にNK−7星の上空で笑っていた子どもの姿が浮かんだ。
「お遊びは終わりだ。命拾いしたな」
 言い捨てると、男はロタが入って行ったと同じ区画へと消えた。

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