カルナバル
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]
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第15章
戦闘続きの日々がようやく終わり、全戦全勝の戦果を引っさげてバーダックたちは帰還した。惑星ベジータのポッド発着場に着くやいなや、彼らを待っていたのは全員司令官室へ出頭せよとの指示だった。 「全員? リーダーだけじゃなくてか」 「褒美でももらえるのかな」 「だからあんたは甘ちゃんだっていうんだよ、パンブーキン。いよいよ目障りだから全員まとめて抹殺……ってこともあり得るだろ」 「まさか。脅かすなよセリパ」 司令官室への廊下を歩きながら、トーマが声をひそめて言った。 「確かにモンバームは自分とソリが合わない部下を切り捨てることで有名だが、有能な部下を潰して自分の立場を危うくするほど愚かな男じゃない。今のオレたちはやつにとって失うには惜しい逸材のはずだぜ。まあそう心配するな」 セリパは半信半疑といった不安げな表情で口をつぐんだ。 「おい、どうした」 バーダックは最後尾を歩いてくるロタに気づいて立ち止まった。顔面蒼白で今にも倒れそうだ。 「先に行っててくれ」 仲間にそう言い捨てると、バーダックはロタのそばに駆け寄った。 「大丈夫。何でもありません」 やっとのことでロタはそう言ったが、青い顔で呆然と一点を見つめている姿は尋常ではなかった。以前にもたびたびこういうことがあったとバーダックは思い出した。サイヤ人は頑丈なのが取り柄だが、それでもまったく病気と無縁というわけでもない。 「どこか悪いのか」 「疲れが溜まっているだけです。皆が待ってる。行きましょう」 「おい」 気丈に歩き出したロタの細い肩を片手でつかんで、バーダックはハッとした。小刻みに震えている。無理やりこちらへ向かせると、ロタの瞳に揺らめくような光が一瞬よぎって消えた。しかし、それはほんの一瞬で、そのあと落ち着いた動作でバーダックの腕を振りほどいた時には、彼女の顔にはいつもの微笑が浮かんでいた。 何ものをも受け入れない拒絶の微笑……。 トーマたちに追いつき、心配するセリパにちょっと気分が悪くなっただけだと弁解するロタは、もういつも通りの穏やかな顔に戻っていた。 司令官室に通され、モンバームに向き合う。華々しい一連の戦果に対し、もったいぶって労をねぎらった後、褒美としてわずかばかりの金を与えると告げるのがわざわざ全員を呼び出した用向きだった。 「おまえが新しく入った女か。ロタと言ったな」 書類に目を落とし、名前を確認したあと、モンバームはバーダックの後に隠れるように立っているロタを眺め回し、美貌に感嘆したように、「ほう」と目を細めた。顔こそ蒼白だが、ロタは無表情にモンバームを見返している。しかし、その体の内で何か大きな衝動がわき起こり、爆発寸前のそれを彼女が必死で押さえつけているのにバーダックは気づいていた。 「褒美はたったこれだけだとさ。ケチくさいねえ」 解放され、地下12階に向かうエレベーターの中で、セリパが封筒の中を覗いて言った。 「それでも下級戦士には異例のことだ。オレは食堂で思う存分食って食って食いまくるぜ。一度やってみたかったんだ」 「はは。しみったれた夢だな」 食堂で空腹を満たしたあと、彼らは例のごとく“穴倉”で祝杯をあげた。 ロタの顔に目をやるたびに、バーダックはどうしても司令官室でのことを考えないわけにはいかなかった。 (ロタは会ったことのないはずのモンバームを知っていた。なぜだ? モンバームの方はロタを知らないようだった――しらばっくれているのでなければの話だが。 それに、ロタが必死で押し殺していたあの衝動。トーマたちは緊張していて気づかなかったようだが、あれは――――) 「おい、そういうやるせない目で見つめてないで、さっさと思いを遂げたらどうだ」すっかり出来上がったトーマが酒くさい息を吐きながらバーダックの肩に腕を回してきた。「おまえときたら肝心な時にはてんでダメなやつなんだからなあ」 「やかましい。人の気も知らねえで。―――おい、やめろ」 トーマは無理やりカウンターからバーダックを引きずり降ろして、ボックス席でセリパと一緒に飲んでいるロタの隣に座らせた。 「わははは。絵に描いたようなカップルの一丁上がりだ。……あっ、いでっ、でででで」 反対側からセリパがぎりぎりとトーマの耳を引っ張っていた。 「調子に乗ってお節介焼いてるんじゃないよ。おいで」 セリパに引っ張られてゆくトーマを苦々しげに見送ってバーダックは溜息をついた。 「酔っ払いめ」 くすくすとロタが笑った。目の縁がほんのり赤い。 「珍しいな。飲んでるのか」 「たまには」 酔っ払いがくだを巻き、あちこちから談笑の声が漏れ聞こえてくる。下戸のトテッポは早々に引き上げ、パンブーキンはあちらの隅で酔いつぶれて寝ている。深夜に向かって“穴倉”はこれからが書き入れ時だった。隣の男がほろ酔い気分で席を立ち、声の届く範囲に誰もいなくなったのを機にバーダックはズバリと切り込んだ。 「モンバームとはどういう関係だ」 ぎくりとロタの顔がこわばった。震える手がグラスの氷をカチカチ鳴らしている。ようやくそれに気づいて彼女は手を引っ込めた。 「何を言って――」 「知らばっくれるな。おまえが今にも倒れそうな青い顔をしていたのは、モンバームに会わなきゃいけないと聞いたからだ。あいつとの間に何があった。さっきオレははっきり感じた。おまえがモンバームに向けた衝動――――あれは、殺意だった」 目を大きく見開いたロタの顔から血の気が引いていった。 「なぜおまえがあの男に殺意を抱く」 やがて、ロタは席を立つと言った。 「すべて話します。私の部屋へ来て」 ロタの部屋はセリパとは別の区画にあった。小さな部屋だが、きれいに片付けられており、ベッドに腰を降ろすと、柔らかく甘いロタの体臭がほのかにバーダックを包んだ。 ロタはバーダックに温かい 「1年前のことです。モンバームは辺境のある星域で下級戦士と上級戦士の混合チームを束ねる役職についていました。地位は今よりはるか下の部隊長です。あなたも知っての通り、戦士を部品のように使い捨てにし、反骨精神が旺盛で扱いにくい戦士は理由をつけて潰しにかかるのがあの男のやり口でした。私のいたチームのリーダーもあなたと同じでモンバームに目をつけられていた。彼は私の……恋人でした」 ロタは言葉を切って、両手で包んだカップから立ち上る白い湯気を眺めた。 「おまえを残してチームは全滅したと言ったな」 「あの男の陰謀です。地ならしと称してレベルの違いすぎる戦地へ邪魔なチームを送り込んで捨石にし、同時に敵にもダメージを与える。そして、その後から精鋭のチームを送り込んで侵略を成功させる。私たちのチームはその捨石として使われたんです」 「おまえはどうして助かった」 ロタの顔が苦渋に歪んだ。 「あの男が私のチームに目をつけたのは、ひとつには恋人から私を奪うことが目的でした。戦地へ送り込まれたあと、私ひとりが密かに拉致され、あの男の元に送り届けられて……そして……」 プロテクターを脱ぎ捨て、ロタは漆黒のアンダーウェアを首のところで引き裂いた。胸の中央にバーダックにも見覚えのある白い大きな傷跡があった。 「この傷はあの男に抵抗した時に負わされたものです。気を失った私をあの男は死んだと思い込んで部下に始末させようとした。息を吹き返した私は部下を事故に見せかけて殺し、ポッドを奪ってあの星から逃げ出しました。そして、軍のコンピュータを操作して素性を偽り、辺境の星を転々としながらこうして本星に辿り着いたんです。まさか……まさか、あの男が惑星ベジータに司令官としているなんて……」 「あいつはおまえに気づかなかった」 「まさか私が生きているとは思わなかったのでしょう。あの男にとって、ひとつのチームを滅ぼしたことも、ひとりの女を殺したことも、忘れてしまえるほどたいしたことではなかったんです……」 そこまで言うと、ロタは激情を すっかりぬるくなったアオジールを飲み干して、バーダックは尋ねた。 「それで、おまえはこれからどうするつもりだ」 ロタは顔を上げると穏やかな声で言った。 「心配しないで。復讐なんて考えてません。今でも殺してやりたいと思うけど。でも……」 それがバーダックを安心させるための嘘であることを彼は見抜いていた。ロタは死ぬつもりなのだ。相手は司令官にまで上り詰めた男だ。うかつに近づくことすらかなわず、たとえチャンスがあったとて、力の差は歴然だった。首尾よく相手を殺すことが出来たとしても、上官を手にかけたロタを待っているのは制裁としての死しかない。それでも、ロタはいずれモンバームと刺し違えてでもやつを殺すつもりなのだ。 気がつくといつの間にかロタが目の前に ロタは立ち上がってバーダックの首に両腕を回すと、かすかな声で囁いた。 「帰らないで」 バーダックはロタの背中に腕を回し、ピンと伸びた女の尻尾を握った。 「ああ……」 ロタが背をのけぞらせる。甘い濃厚な匂いが漂ってきた。サイヤの女が心を許すと尻尾の付け根から分泌液が 「抱いて……バーダック」 バーダックは両手でロタの肩をつかんで体を引き離すと、ドアに向かって歩きながら振り向いて言った。 「悪いな。オレは下心のある女とは寝ないことにしているんだ」 「下心?」 「口止めのつもりだろうがそれは無用だ。おまえとモンバームのことは誰にも口外しないから安心しろ。おまえが復讐したいなら止めはしない。やつはそれだけのことをやった」 ドアを開け、出て行きながら彼はニッと笑って言った。 「オレの助けがいる時はいつでも言え。こうみえてもリーダーだからな」 |